四百三十六話 熟練と新兵
俺一人でノネッテの兵士十人を相手にする。
この状況の文字面を見るだけなら、俺が圧倒的に不利に思える。
けど、もっと詳しく状況を標すと、印象が変わってくる。
神聖術の最高の使い手である騎士王と互角に戦えたことがある俺一人と、ロクに実戦経験もなさそうな新兵十人の戦い。
こう考えると、確かに人数差はあるけれど、その差が確定的に有利に働くというかというと、それは疑わしくなってくる。
「それだけで、相手を侮ったりはしないけどね」
俺は独り言を呟きつつ、敵である新兵十人の立ち姿を見る。
一騎討――いや一対多の形式だから、決闘の前だというのに、既に言葉でなく目配せで連携を確認し、静かに立ち位置の調整までしている。
ノネッテの兵士は、俺がルーナッド州の領主になった以降は、戦争を経験する経験はなかったはず。
それにも関わらず、新兵だというのに部隊戦術を見に付けているようだ。
センティスは俺が新兵だった頃の教官。そのセンティスが元帥になってから育てた新兵たちだから、俺が新兵だった頃と同じぐらいの力量は身に付いていると考えていいだろうな。
しかし新兵十人が連携を取れるとしても、俺としては、それがどうしたという思いが強い。
こちとら、日頃からファミリスに訓練を受け、何度も戦場で剣を振るってきている。
いまさら新兵十人を相手に戦うことに、大した感慨を抱く気にすらならない。
これは手っ取り早く終わらせようかなと考えていると、ふとセンティスの姿が目に入った。
センティスはなぜかニヤニヤと笑って、こっちを見てきている。
一瞬、俺を負かせる手立てを新兵に伝えて、その手立てが通じるか楽しみにしているのかと疑った。
しかし、センティスの生格から考えるに、それはないと判断する。
もしも手立てを講じているのなら、俺に悟らせないようにしかめっ面を保っているはずだ。そして俺がその手立てにハマって醜態をさらしたときに、ゲラゲラと大声で笑う。
センティスとは、そういうやつだ。
では、なぜニヤニヤと俺が気付くように笑っているかと考えると、自ずと理由が思い至った。
センティスは、新兵十人が俺にコテンパンにやられる様を見たがっているんだ。
どうしてそんな悪趣味な真似をしたいかの理由はてんで分からないけど、センティスとの関わり合った経験から、俺は直感的にそう悟った。
「センティスの思惑通りにするのは嫌だけど、この状況になった段階で拒むのは難しいか――それで、そっちの用意はできたの?」
独り言の後で、俺は新兵十人に声をかける。
すると俺が声をかけてくるとは思ってなかったのか、新兵たちは一様に驚きで肩を跳ね上げていた。
「あ、ああ、もう十分だ」
「いつ始めて貰っても良いぜ」
返答を受けて、俺は視線をファミリスへ向ける。
ファミリスは、この決闘の審判役だ。元騎士国の騎士だから、公平に審判するに適した人物だと、満場一致で任せることになった。
「では、ミリモス一人、ノネッテの兵士十人による、決闘を行います。両者、構えて」
俺が愛用している剣を抜くと、兵士たちもそれぞれの得物を構える。剣持ちが三人、盾が二人、槍が三人、弓と杖が一人ずつ。
俺は兵士たちの装備を見て、おやっと疑問を抱く。
ノネッテの地では、製鉄技術が乏しいため、青銅の技術が主流である。少なくとも、俺が元帥位であった頃は、そうだった。
それにも関わらず、新兵たちの手にある武器は、全てが鉄製だと分かる鈍い光沢を放っている。
俺が彼らの装備に対する違和感を抱いている間に、ファミリスが号令の続きを口にしてしまう。
「それでは――決闘開始!」
ファミリスの声が上がった瞬間、盾と槍の合計五人が前に走り出てくる。少し遅れて剣の三人が続き、弓と杖はさらに後方へと下がっていく。
教科書通りの動きだけど、中々に様になっている。
どうやら自惚れるに足りる程度の実力は、ちゃんと持ち合わせているらしい。
しかしその実力は、あくまで新兵を基準に考えたらの話。
熟練兵と比べれば、新兵十人の動きは直線的だし、仲間へのフォローも十全とは言い難い。
なにせ、長尺で扱いが難しい槍持ちと、装備が重たい盾持ちとが、歩調を合わせられていない。
本来なら盾持ちがより前に、槍持ちがやや後ろに位置することが望ましい。
しかし、いま俺の目の前に広がる光景はというと、盾持ちよりも前に槍持ちの兵士が出てしまっている。
攻撃を受けることに恐れを抱く盾持ちの進みが遅くなり、遠間から攻撃しようと気が逸った槍持ちの歩みが早くなった結果だ。
こうした隊列の乱れを見逃してあげるほど、俺は優しい性格をしていない。
「頑張って踏ん張りな――よ!」
俺は神聖術を全開で発揮すると、一直線かつ一瞬で盾持ちの一人の前まで移動し、その盾目掛けて横蹴りを放った。
蹴りつけた瞬間に『ぐわんっ』と盾が鳴り、それと同時に蹴られた新兵が後ろへと吹っ飛ぶ。
そして飛んでいった兵士は、後続にいた剣持ちの一人を巻き込んで地面に転がった。
最初の一手で二人を転ばせられたのは、意外といい成果だ。
俺が結果に満足しながら顔を巡らすと、予想外の自体に呆然自失といった感じの新兵の顔が近くにあった。槍持ちの一人だ。
「しっえぃ!」
俺は近場の新兵一人の向う脛を蹴り上げる。
新兵は弁慶の泣き所を蹴られた痛みから、蹲ろうとするように頭を下げた。
ここまで殴りやすい位置に頭を盛ってこられたら、殴らない方が失礼だろう。
俺は容赦なく剣の柄尻で、新兵の頭を横殴りにした。
青銅製と思わしき材質の兜をかぶっていたけど、俺は攻撃の衝撃を兜を貫通させて新兵の脳を揺らす。
結果、新兵は白目を向いて失神した。
かなり強く殴ったから、この決闘が終わるまで起きてはこないだろう。
これで最前線にいる兵士は、槍二人と盾一人。無事な剣持ち二人が近づききるまで、およそ三秒の猶予がある。
この剣持ちの歩みの遅さは、これが訓練だったのなら、責められるものじゃない。
槍と盾で相手の動き封じ、剣は場所を回り込んで攻撃することが、教科書通りの戦術だからね。だからこそ、剣持ちの動きは規定通りだと褒められこそすれ、なんで動きが遅いんだと詰られるいわれはないはずだ。
しかし戦闘では教科書通りに物事が進まないのが常であり、教科書通りではない状況に対応できなかった者こそが間抜けの烙印を押されてしまう。
だから俺は、間抜けの猶予を有意義に使って、さらに一人の槍持ちの顎を殴りつけて失神させた。
これで厄介な長尺持ちが一人きりになった。
武器として厄介そうな相手は、遠距離用の弓と魔法を使うための杖。
俺は、近寄り終わった剣持ちの攻撃してくるのを避けつつ、近場の盾持ちに接近する。そして盾持ちの鎧を片手で掴むと、思いっきり振り回した。
「ぐわわわわわ~~~!?」
俺を中心に円を描くようにグルグルと振り回られて、盾持ちの新兵が狼狽えながら悲鳴を上げる。
勢い良く振られる仲間を怖がって、剣持ちたちは攻めあぐねる。
その間に、俺は盾持ちを振り回す勢いを強め、十二分に加速したところで目標へ向かって射出することにした。
「そーれ、飛んでけ!」
「ぐわわわわ~~~!?」
全く同じ悲鳴を上げながら、盾持ちは空中を飛んでいった。飛んでいく先には、杖持ちと弓持ちがいる。
魔法を使える者に護衛を宛がうこと自体は定石ではあるけど、せっかく遠距離攻撃ができる存在が一ヶ所に居るのは頂けないな。
事実、吹っ飛んできた盾持ちに押しつぶされるように、杖と弓持ち二人が地面に倒れ込んでしまっている。
あれでは、遠距離から前線の援護なんて出来ない。
そして遠距離からの援護がないとなると、前線への負担は増大する。
なにせ攻撃を受ける側からすると、遠距離からの攻撃は察知することが難しい。だから意識の何割かを、遠距離からの攻撃に対する警戒に割く必要がでてくる。
しかし遠距離攻撃がないと分かれば、意識の全てを目の前の相手に注ぐことが出来る。
この意識の差は、如実に戦闘能力に直結する。
「はい、一人、二人――」
俺は剣持ち三人に意識を集中させて、まず一人目の剣を弾き飛ばしてから回し蹴りで頭を蹴り飛ばして失神させ、回し蹴りの回転を生かした斬りつけで二人目の剣を打ち払ってから殴って仕留める。
さあ三人目と意気込んだところで、剣持ち新兵の剣が薄く光だす。どうやら魔導剣だったらしい。
よくよく見てみれば、剣持ちの剣の意匠は帝国のもの。ということは、帝国製の魔導剣だったようだ。
となると、新兵たちの持っている剣も槍も盾も弓も杖も、恐らくすべてが帝国製の魔導の武器と考える方が自然だろう。
恐らくこの武器は、帝国人が支配下に置いたノネッテの地に持ち込み、帝国が敗北してノネッテの地を去った際に残して行ったものだろう。
魔法を使う素養がないと使えない帝国の武器を使えていることを考えると、この新兵たちは新兵の中でもエリートの部類だったんだろうな。少なくとも、ノネッテの地が帝国の領土となっていた頃はね。
「――まあ、いまさら魔導剣を持っているから、どうしたって感じだけど」
「いやああああああああ!」
剣持ち最後の一人が気合を込めて斬りかかってくる。しかし、切羽詰まった状況で我を見失っているのか、力任せかつ大上段からの大振りだ。
こんな攻撃、見切って避けてくれと言っているようなものじゃないか。
では望み撮りにと、俺は紙一重で攻撃を避けると、避けられたことに愕然としている兵士の頭を掴み寄せ、自身の膝を相手の顎に叩き込んで失神させた。
さて後は、吹っ飛んだ仲間に巻き込まれて倒れ、今まさに起き上がり終わったばかりという新兵たちだ。
剣と盾の組みは、お互いをカバーするように構えている。
弓と杖の組みは、振り回されて目を回している仲間の下から這い出したばかり。
この状況ならと、俺は剣と盾の組みに向かって走り出す。
「俺がやる! 頑張って止めてくれ!」
「任せろ! 魔法を起動してでも止める!」
勇ましい事をいう新兵二人に対して、俺は少しだけ申し訳なく思った。
何せ俺は、この二人を踏み台にする気でいるからだ。
「せい!」
俺が声を上げて剣を振ると、盾持ちが前に出てきて盾を身構える。俺が狙ったのが新兵の顔だったから、盾の位置も高い場所に置かれている。
金属同士が打ち合って奏でる軽い音を聞きながら、俺は地面を飛び上がり、高い位置にある盾に蹴りつけるようにして足を付けた。
「せえ、のッ!」
盾を踏んでいる足に力を込め、気合を入れながら跳び上がる。
最初に俺に蹴られて後ろに飛ばされたことが負い目に思っていたんだろうか、今回の盾持ちは不必要なまでに踏ん張って堪えてくれた。
そのため俺は、予想以上の大ジャンプで空中へ。向かう先は、後方にいる弓と杖持ちの二人だ。
空中を飛んで近づいてくる俺の姿を、弓持ちがいち早く発見し弓矢を番える。
「弓を相手に、空中を飛んで来るなんて!」
弓持ちが何かを言いながら矢を放ってきた。一直線に俺に飛来してくる、良い矢だ。
しかし一直線に来るからこそ、剣で防御するのは楽だったりする。
俺は剣の腹を掲げ、その腹を飛んできた矢の鏃に当てることで狙いを逸らす。
「なっ――このッ!」
弓持ちは矢を防がれた事に驚きつつも、急いで二矢目を番えた。
その引いて構える間にも、俺は空中を飛んで近づいている。
この二矢目が外れたら、弓持ちに三度矢を番える余裕はなくなる。
そんな状況の焦りからか、弓持ちは狙いが十分についていないのに矢を手放してしまった。
矢は俺の左目を目掛けて飛んできたが、勢いが弱すぎた。顔を傾けるだけで、楽に避けることが出来たほどだ。
ここで俺は一度地面に着地するが、跳んだ勢いを殺すことなく前へ駆けだし、弓と杖持ちの二人に接近する。
「くっ。呪文の完成までは!」
「――させ給え。エルフロ・アダ」
弓持ちが腰から短剣を抜いて、俺の正面に立ちはだかる。その後ろでは、杖持ちが一生懸命の早口で魔法の呪文を完成させようと頑張っていた。
呪文の文言から推察するに、あと一言二言で呪文は完成するだろう。
しかし魔法が完成したところで、こんな至近距離で俺を狙って魔法をぶっ放したら、俺だけじゃなく、この場の全員に被害が出ると思うんだけど、いいのだろうか。
まあ、緊急的な状況で視野狭窄を起こして、魔法を使った結果どうなるかまで想像が及んでいないんだろうな。
俺はそう冷静に予想しつつ、立ちはだかってきた弓持ちに前蹴りを叩き込んだ。
多少は踏ん張ろうと頑張ったようだけど、神聖術で増した脚力で蹴られたら、大男だって吹っ飛ぶものだから、無駄な抵抗だった。
弓持ちは後ろへと吹っ飛び、呪文を唱え終えようとしていた杖持ちと衝突した。
「ごめっ――ぐぁッ!」
「フルフロ――のあッ!?」
吹っ飛んできた弓持ちの後頭部と、杖持ちの前頭部が衝突し、大きな音が鳴った。
硬い骨同士が奏でた『ごっちん』という音に、自分の頭から鳴ったわけじゃないのに、俺は思わず首をすくめてしまう。
この行動は、俺の足元に転がっている、俺が前に投げ飛ばした盾持ちも立ち上がるのを止めてまでやっていた。
俺が視線を下に向けると、盾持ちと目が合った。愛想笑いしてきたので、サッカーボールキックで顔面を蹴って返事してやった。
「弓と杖は――頭を打ち付け合って、目を回して失神しているや」
さて、これで残るは、先ほど俺が踏みつけにした盾持ちと、その傍にいる剣持ちの二人だけ。
あの二人を倒せば終わりだなと顔を向けると、その二人は真っ青な顔色で盾と剣を手放して、両手を上げてきた。
「こ、降参する。勝てる気がしない」
「十人がかりで勝てないのに、二人っきりで勝てるはずがない」
二人の宣言に、俺は溜息を吐きたくなった。
「なとも意気地がないことだね。君らの先輩なら、二人だけだろうと、刺し違えてもと向かってきただろうに」
少なくとも、俺が知るノネッテの兵士とは、自軍の何倍もの相手にも怯まずに籠城戦を行い、決死の覚悟で損害を出しながらも敵を跳ねのけ続ける存在だからね。
とはいえ、降参してくれるのなら、それに越したことはない。
俺は視線をファミリスに向けると、ファミリスは決闘の終結を悟ったようだった。
「戦意喪失とみなします。この決闘、ミリモスの側の勝利とします」