四百三十四話 包囲封鎖中
ノネッテ真国への道は、ノネッテ合衆国の軍勢で塞いだ。
これでノネッテ真国からの人々が、国の外へ出ることは出来なくなった。
「といっても、あの地の人たちは、あまり国外に出たりはしないのだけど」
だから国土封鎖をしたところで、あまり意味はない。
けど『あまり』意味がないだけで、『決して』意味がないわけじゃない。
その証拠に、封鎖を始めて直ぐに、成果が現れた。
サルカジモの妻――スピスク・ノメラツペイク夫人と子供三人を捕らえることに成功したのだ。
「長年振りですね、スピスク義姉上」
俺は笑顔で声をかけたのだけど、スピスクは睨みつけてきた。そして子供たちは、始めて会う叔父の俺にビクビクと怯えている。
スピスクは子供たちを抱き寄せながら、より一層強い目つきを向けてくる。
「どうするつもりですか」
「さて、どうしましょうか」
「捕まえておいて、そんな戯言を」
「いえ。本当にどうしようかなと思ってますよ。正直言って、貴方たちを捕まえておく旨味なんて、あまりないんですよね」
俺の言葉が意外だったのか、スピスクの目が丸く見開かれている。
そんなに予想外のことかなと思いながら、俺は現状を説明することにした。
「ノネッテ合州国の軍勢は、余裕でノネッテ真国を打ち負かすだけの兵力を持っています。ノネッテ真国を包囲しているのは、いたずらにノネッテ真国の国土を荒らさないためです。なにせ、あの地は俺の生まれ故郷です。そしてノネッテ王族の中で、俺が一番あそこに住む人たちと仲が良かったですからね。だから圧倒的な武力を見せるように包囲して、ノネッテ真国の指導者の心が折れるのを待つ気でいたんですよ」
俺としては戦争する気はないというスタンスを示したので、次にスピスクの身柄について話していく。
「しかしここで、予想外にスピスク義姉上という手札が入ってきた。上手く使えば、おそらく一撃でノネッテ真国を下すことができるでしょう。しかし少し扱いを間違えたら、サルカジモ兄上が逆上して、徹底抗戦を叫びかねません。一撃勝利か、血で血を洗う戦争が開始かになるなんて、正直言って使いづらい手札でしかないですね」
状況を説明している中で、俺はあることを思いついた。
「捕まえなかったことにするので、ノネッテ真国に戻ってはくれませんか?」
俺の唐突な提案に、スピスクの表情に驚愕が現れた。
「見逃すから戻れというのでしたら、帝国まで――旧帝国の領土まで逃がしてくれても」
「それは出来ません。包囲を通り抜ける例外を出しちゃったら、包囲で圧力をかけることができないので」
包囲とは、誰も彼もが通り抜けられないからこそ意味がある。
包囲の外に出られないというストレスに晒されると、人々はそんな状況に陥った指導者を責めるようになる。
その状況に持って行くことこそが、俺の狙い。
だから『包囲されているが、通り抜けた者がいる』という事実が出てしまうと、とても都合が悪いわけだ。
「さあ、戻ってください。なんなら護衛も付けますし、手ぶらで帰りたくないのならサルカジモ兄上への手紙も持たせますけど?」
「……分かりました。引き返します」
スピスクは子供を連れて乗ってきた馬車に入り、来た道を引き返していった。
彼女には手紙を渡した。内容は、スピスクがサルカジモに責められないようにと配慮して書いてある。
使いづらい手札を捨てての現状確保と、あの手紙一つが何らかの切っ掛けぐらいにはなるだろうという思惑があっての行動だ。
しかし俺の考えとは裏腹に、ノネッテ真国の動きが全く無くなってしまった。
別段、包囲を続けるための物資に不足はないのだけど、長々と時間だけ経過するのを待つだけなのは不経済でもある。
仕方がないので、包囲の幅を狭めることにした。
今まではノネッテ真国の外にある道を封鎖するだけだったけど、これからはノネッテ真国の内側に入り込んで包囲することにしよう。
ノネッテ真国の土地は山間にある。
だからノネッテ真国に入り込もうとすると、どうしても細くて険しい山道を通るしかなくなる。
そしてそんな山道では、大軍の有利が働きづらくなる。
だからノネッテ真国の兵士たちが、ノネッテ合州国の軍勢を叩こうと思うのなら、この山道に布陣することが最も効果的だ。
そして、そんな理屈をノネッテ国の元帥位だった俺が知らないはずもない。
山道の先頭を進むのは、魔導鎧の兵士たち。
人の何倍もの膂力を誇る魔導鎧の兵士たちならば、仮に数的劣勢に立たされても、各個の力で突破することができる。
とはいえ、魔導鎧の兵士たちを無用な危険に晒す気はない。
俺を始めとして神聖術が使える者たちで部隊を編成し、山道での奇襲に使えそうな地点を虱潰しにしていく。
神聖術の熟練者ならば、断崖絶壁だって緩やかな坂と同じもの。ひょいひょいっと、楽に地点確認することができる。
そうして何か所か見てきたところで、ノネッテ真国の兵士と出くわした。
どうやら罠を仕掛けている最中だったようで、突然現れたこちらに驚きの目を向けている。
その兵士たちの顔を見ると、中々に懐かしい顔ぶれだった。
「やあ、久しぶり。メンダシウム国の軍に夜襲に行った時に動向した人たちだよね」
俺が朗らかに挨拶すると、兵士たちが苦笑いを返してきた。
「ミリモス様、久しぶり。そして相変わらずのようで」
「相変わらずって?」
「ミリモス様は、ノネッテ合州国の首領でしょうに。なのに偵察の先頭にいるだなんて」
「ああ、そういうこと。まあ、大軍を動かすだけなら、俺じゃなくてもできるからね。なら俺は別の出来そうなことをやった方が良いでしょ」
「そういうとこが、相変わらずなんでしょうに」
俺と兵士が朗らかに話している間に、神聖術の使い手たちは兵士たちを包囲する。
兵士たちは逃げられないと悟り、罠作りを中断して両手を上げる。
「投降は許してくださるんで?」
「うーん、どうしようかなー」
「許してくださらないので?」
「捕まえてもいいんだけどさ、捕虜を連れて山道を歩くのは、あまりやりたくないかなって」
捕虜が決死の覚悟を決めれば、一人が一人を道ずれに谷底へ落ちることは可能だ。
いまさらノネッテ合州国の軍勢の兵士が一人二人死んだところで、大勢に影響は欠片もない。
けど、減らせる損害なら減らす方が賢明だしね。
「そうだな。開放するから、ノネッテ合州国の軍勢には反抗するだけ無駄だって、言い触れ回ってくれない?」
「……構いませんが、サルカジモのヤツは聞き入れないでしょうね」
サルカジモは『ヤツ』って呼ばれているのか。どうやら兵士たちからの人気はないようだ。
「そこは仕方がない。聞き分けがよかったら、国の独立宣言をするはずがないんだし」
「そりゃそうでした」
「言い触れ回る相手は、ノネッテの兵士たちにだよ。戦うのが無駄だと分かれば、戦闘放棄する人もでてくるでしょ」
「それも確かに。事実、我々はもう、この任務に出ようとは思わないでしょう。今日は見逃されたとしても、明日も同じとは限りませんし。特に、ミリモス様以外の人たちは、問答無用な雰囲気があるので」
「嫌だな、問答無用で殺したりはしないよ。でも、ここに居る多くの人は、神聖騎士国の騎士や兵士だった人たちだから、そう感じるんだろうね」
「騎士国の。なるほど、それは恐ろしい」
兵士たちが真に恐れを抱いている様子を見るに、どうやら騎士国の名前は未だに効力絶大のようだ。
「ともあれ、俺たちノネッテ合州国の軍勢は、このまま国境の砦まで進むよ。できれば、戦わないで通してくれると助かるかな」
「……約束できない。砦の責任者は、元帥になったセンティスだからな」
「センティスが責任者なのか。それは、ちょっと困ったな」
センティスは賭け事好きの面がある。
だから有利不利の判断の中に、賭け要素を入れ込んで考える悪癖を持っている。
要するに、面白そうだからと突拍子もないことをしでかす可能性があるのだ。
でもセンティスが元帥で責任者であろうと、兵士たちがついて来ないのなら、どうしようもできなくなるはずだ。
「情報ありがとう。じゃあ、見逃してあげるから、見返りはちゃんと果たしてよ」
「言われずとも、ミリモス様の軍勢と戦うのは無謀だって、兵士仲間に伝えますとも」
懐かしい顔ぶれの兵士たちは、一礼してノネッテ真国の砦がある方向へと去っていった。
さて、これで山道での襲撃を抑制出来たはずだ。
でも念のために、この場所から砦までの、奇襲に適した場所も調べて潰しておくとしよう。