三十九話 真相告白
一騎打ちが終わり、勝者が対価を受け取る場面となった。
「さあ話してください。フッテーロ兄上が、ロッチャ国で無体を働いたということが真か否か。その真実をです!」
俺が勝者の権利を叫ぶと、ロッチャ国の兵士が全員で睨んできた。
一騎打ちの勝敗など知ったことかと、その目が語っている。
そんな動きを、ドゥルバは手首から先がない包帯を巻いた手を上げて、押し止めた。
「自分は一騎打ちに負けたのだ。ここで更なる恥をかかせないで欲しい」
「将軍……」
兵士たちの意気は消沈し、ドゥルバは俺に向き直った。
「一騎打ちの勝者の権利だ。自分が知る限り、フッテーロ王子の身に起きた、ロッチャ国での出来事を話そう――」
そうして語られたのは、ロッチャ国の陰謀だった。
詳しい内情を抜きにすれば、俺が予想していた通り、ロッチャ国がノネッテ国に攻め入るために偽の罪をでっち上げたもの。
やはりフッテーロの人柄の通りに、完全な濡れ衣だったな。
ある面において、ロッチャ国が犯した罪の告白を終えたドゥルバは、語り終わった後で質問をしてきた。
「――これが真相なのだが、どうしてこんな話を聞きたかったのだ。知ったところで、我が軍は止まらぬのだぞ」
ドゥルバが告げた通りに、俺とアレクテムが真実を知ったところで、ロッチャ国が侵攻を止めるはずもない。
なにせノネッテ国側は、終始一貫して、フッテーロは無実で濡れ衣を着せられたと訴えていた。ここでさらに俺たちが、真相はこうだと言ったところで、誰も信じてはくれないだろう。
ただしそれは、この場にノネッテ国とロッチャ国以外の第三者が存在しない場合に限るのだけどね。
俺は周囲を見回してから、神聖術で喉と肺機能を強化して、大声を放った。
「僕の名前はミリモス・ノネッテ! 神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルに関係する方! この戦いを覗き見ているのでしょう! 話があるので出てきてはもらえませんか!」
俺が確信を持った堂々とした声で告げる。
それから、何事もなく数分が経った。
すでに俺が失態を演じたという空気が、アレクテムとロッチャ国の兵士たちが発っせられている。
しかし俺は、堂々とした態度を崩さず――内心では大焦りしながら、同じ言葉を告げようとした。
「神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルに関係する方! この戦いを――」
「二度言わなくていい。聞こえていた」
発言と共に、近くの木の裏から、ヌッと黒い全身鎧を着た人物が現れた。
唐突に現れたように見えて、ロッチャ国の兵士たちがギョッとしている。
俺も驚きかけたけど、外面だけは保った。
「あなたは、神聖騎士国家ムドウ・ベニオルナタルの兵士さんですか?」
背にマントがないのでそう尋ねたのだけど、黒鎧の人物は首を横に振る。
「騎士国の名もなき亡霊と、覚えてくれていればいい」
なんか意味深なことをいう亡霊さんだけど、こちらの用件は一つだけだ。
「先ほど、あちらのドゥルバさんが語った内容、聞いていましたか?」
「聞こえていた。それで?」
素っ気ない返しに、ちょっとだけ俺の自信が揺らぐ。
「えーっと、騎士王様にこの真相をお伝えしては、くれますよね?」
「無論。もとより、この戦いの理由がどちらが正しいのか、ご興味がおありだった」
「よかった。それならいいんです」
よしっ! これで、ロッチャ国との戦いを終結できる。
そう内心で喜んでいると、黒鎧の人がぽつりと呟いた。
「どうしてだ?」
兜のスリットがこちらを向いているので、俺への質問のようだ。
「えーっと、どうしてとは、なにに対してですか?」
「全て。どうして騎士国の人間が、この戦場にいると知っていた。どうして一騎打ちの代価に、真相を告げることを求めた。どうして、この場に呼び寄せた」
言葉が素っ気ない割に、意外と知りたがりだな。
けど、筋道を立てて理由を話すのは嫌じゃない。
「まず、騎士国の人が見ているだろうと『予想』したのは、この戦いが『正しい行い』をする方と『悪いこと』をしている方の戦争だからです」
「続きを」
「ノネッテ国はフッテーロ兄上が無体を働いたというのは偽りと主張し、ロッチャ国はノネッテ国は犯罪者を匿う悪い国だと主張しました。これ、嘘をついている方が、騎士国が掲げる『正しい行い』に反しているんですよ」
仮にフッテーロが本当に無体を働いていたら、ノネッテ国は犯罪者を匿う悪の国。
仮にロッチャ国の主張が嘘なら、国家ぐるみで他国の王子を不当に貶めた悪の国となる。
つまり、真実がどちらにあれど、悪の国が確実に存在してしまっているわけだ。
「そんな悪の国を懲らしめるのが、騎士国の国是です。ならば騎士国の関係者が観戦していないのは、逆に変でしょう?」
「理解した。では、次の疑問を答えて欲しい」
「一騎打ちの代価ですね。これは簡単。先ほどの予想に従って、騎士国の関係者に真実を知ってもらうためです。もちろん、僕自身も本当のところを知りたいって気持ちがありましたけど」
「こちらが知ったところで、どうなる」
「それは聞かれた三つ目の質問にも繋がるんですが。第三者にロッチャ国の嘘がバレたことで、侵攻する理由が消滅します。それでもノネッテ国への侵攻を止めないとあれば、それは大義名分のない侵略です。バレた相手が小国だったのなら、ノネッテ国が攻め落とされるまで、援軍の期待はできません。でもそれが、騎士国や帝国の人だったら?」
ロッチャ国が軍勢を引き上げなければ、騎士国なら悪の国をただすために、帝国なら同格国のノネッテ国を支援という名目で領地拡大を狙い、ロッチャ国を攻める理由が生まれるわけだ。
「この戦いが大義名分のない侵略戦争であることは、その第三者が既に知っています。ここでロッチャ国軍が無茶を押し通そうとしたところで――それこノネッテ国をいますぐに攻め滅ぼしても、ロッチャ国が次の戦争の餌食になることは明らかです。それも理由なき戦いで滅んだノネッテ国の弔い合戦という、大義名分を掲げてです」
そんなことにならないためには、いますぐロッチャ国軍は引き返さなければいけない。
いまらならまだ、ロッチャ国のトップが企てたことで、国民や兵士たちは騙されていたという形を取れば、逆侵攻されない目は残っているのだから。
そんな長々とした説明を終えると、黒鎧の亡霊さんは一回頷いた。
「理解した。噂の王子様は、抜け目ない。そこに好感が持てる」
顔は兜で覆われているし、口調でもわかりにくいけど、どうやら褒めてくれたようだ。
「けど、噂の王子さまって、どういうことです?」
俺が疑問を告げると、黒鎧の人はスラスラと答え始めた。
「騎士王家の紋章入りの短剣を所持する小国の王子。その小国の元帥であり、帝国と同等に交渉した者。パルベラ姫様の――」
黒鎧の人は意味深に言葉を切ると、首を横に振る。
「――その噂に、一騎打ちが巧みであることが加わる。抜け目ないことも」
「えっと。評価してくださって、ありがとうございます?」
上手く理解できずに、つい疑問口調でお礼を言ってしまった。
けど、黒鎧の人は気にした様子はなかった。
「用件は済んだな?」
「はい。登場してくれたことと、僕の説明をまた聞きして、ロッチャ国側はいまの立場を理解したと思いますし」
俺が視線をロッチャ国側に向けると、もう戦う気はないと知らせるように、肩をすくませてみせてくる。兵士たち、ほぼ全員がだ。
黒鎧の人は、この場にいる全員を見渡しながら言葉を掛ける。
「ロッチャ国が引き上げるのなら、歓迎する。こちらを謀って侵攻を続けるというのであれば、神聖騎士国の名に懸けて容赦しない」
それだけ言い放つと、景色に溶け消えるようにして、姿が見えなくなった。いまそこにいたにもかかわらずだ。
これは、隠れ身の神聖術だ! 外から見ると、こう見えるなんて! けどたぶん、あの黒鎧の人は、姿が見えないだけで、この近くにまだいるはず。どうやったら姿を見れるんだろうか!
内心興奮している俺とは反対に、ロッチャ国側は恐怖に包まれていた。
「消えた。あれが騎士国の兵士か」
「いや。本人が名乗った通り、本当に亡霊なんじゃねえかな」
「気付いたら殺されてそうで、見えない相手とは戦えねえよ」
怖々と話す兵士たち。
その輪から外れて、兜を脱いだ状態のドゥルバがこちらに近寄ってきた。その両腕には、俺が斬りおとした両手の先が抱え込まれている。
「この戦いは、審判が間に入っての引き分けといったところか。ミリモス王子はどう思う?」
「反則による減点で、そちらの判定負けって線もありますよ?」
「ふふっ。そうか、そうだな。とにもかくにも、争いの舞台は再び外交に戻ることになるだろう。騎士国の審判が見張る中、この戦いの反則失点分、そちらが有利な状態で開始だろう」
「外交なら、兄のフッテーロの出番ですよ。僕の出る幕は軍事だけです」
本気半分、軽口半分で告げると、ドゥルバが残念そうな顔をした。
「ミリモス王子がロッチャ国に訪れた際には、行きつけの酒場に連れていこうと思ったのだが」
「その手を斬りおとした相手を、行きつけにですか?」
リンチを警戒して問い返すと、笑顔が返ってきた。
「この手を斬りおとしたのが、こんな子供なのだと、酒の肴にするためだよ。それ以外の意味はない」
「……機会があれば、そのときは案内をお願いします」
「任された。では、さらばだ」
ドゥルバは微笑んだまま、ロッチャ国の兵士たちの元に戻った。そしてノネッテの王城がある方向とは逆――ロッチャ国へ通じる道がある方へと、全軍で引き返していく。
その姿を、森の木々の向こうに消えるまで見送ってから、俺はアレクテムに耳打ちする。
「連中が返っていく道。足跡を辿れる兵士に追わせて」
「了解ですぞ。そのためには、早く王城に戻らねばなりませんな」
「それはその通りだけど――ノネッテの王城で決戦だって息巻いているであろう人たちに、ロッチャ国軍は帰っていきましたと告げなきゃいけないんだよなぁ」
「確実に、ミリモス様の頭がおかしくなったと思われるでしょうな。もしくはロッチャ国に買収されたと考えるかですぞ」
「うわぁ。説明する前から、面倒くささが確定しているよ」
嫌だ嫌だと気落ちしつつも、帰らないわけにはいかないので、俺はアレクテムと共にノネッテの王城へ向けて歩き出したのだった。