閑話 ノネッテ地方からノネッテ真国へ
予約投降の日付がズレていました。
遅まきながら投稿しなおします。
帝国がミリモスに負けた。
この報せが大陸中を駆け巡った直後、ノネッテの土地にて騒動が起こった。
騒動の大本は、この土地の運営を帝国より任じられた、サルカジモの発言だった。
「帝国が負けたからには、このノネッテの地が独立し、ノネッテ国として――いや『ノネッテ真国』として立ち戻る時だ!」
サルカジモの、この世迷言と誰もが受け止める発言を、側近として侍っていたガットとカネィは聞いて首を傾げた。
「えーっと、サルカジモ様。帝国はノネッテ合州国に負けて、ノネッテ合州国の一部になるんですよね」
「なら、このノネッテの地もノネッテ合州国に再編入されるんですよね」
「「なのにどうして、独立する必要が?」」
ガットとカネィの異口同音の問いに、サルカジモは目に怒りを浮かべる。
「分かっていない。分かっていないぞ!」
ガットとカネィが、なにを分かっていないのだろうと首を傾げる。
サルカジモは声を更に荒げて続きを放った。
「この地は、ノネッテ合州国の一部だった頃はノネッテ本国としてノネッテ合州国の首都だった。しかし今は、帝国の一部でしかないんだ。この状況で再びノネッテ合州国の一部に戻ってみろ! ノネッテ合州国の首都はミリモスの州に奪われたまま、ノネッテの地は一地方という形に堕してしまうだろうが!」
「そういうもんですか?」
「そういうものなんだ!」
サルカジモの断言に、ガットとカネィは一先ず納得することにした。
「じゃあ、サルカジモ様が『ノネッテ真国』を旗揚げするって理由は」
「ノネッテの地をノネッテ合州国の首都に戻すための方策ってことですか?」
「そうだ。そして俺がこのまま、この地の首領で居続けるためでもある」
後半部部が本音だろうなと、ガットとカネィは悟った。
「まあ、ノネッテ合衆国のいまの国主は、あのミリモスのことだからな」
「サルカジモ様をここに置きっぱにしない可能性が高いよな」
ガットとカネィの認識では、ミリモスはサルカジモと仲が悪いとなっている。
それはサルカジモがミリモスに対して敵愾心を抱いているという理由が強い。
ミリモスからしてみれば、あまり思い出しもしないサルカジモのことなど、家族の一人以外の印象はないにもかかわらずだ。
ともあれ、サルカジモは『ノネッテ真国』を必ず立ち上げる気でいることを、ガットとカネィは真に理解した。
「しかし、独立宣言なんてして大丈夫なんですか?」
「ミリモスが怒って、大軍をここに差し向けてくるんじゃ?」
ガットとカネィの弱腰の反論を、サルカジモは鼻で笑い飛ばす。
「ハッ。ミリモスのヤツはな、このノネッテの地を大事に思っているのさ。そうじゃなきゃ、こんな小さな土地をノネッテ合州国の首都として置き続けていたはずがない」
真っ当に考えれば、サルカジモの指摘は当たっていただろう。
普通ならば、ノネッテ国が大陸中央部の土地を手中に収めたあたりで、首都の遷都をルーナッド州に行って然るべき。
その方が新たに手にした土地の平定に有利であり、以後に版図を広げるためにも利点が多い。
そんな利点の多さにも関わらず、ミリモスがノネッテ国を『ノネッテ本国』として首都に置いたままだったのは、ノネッテ国を特別視しているからの他に理由が思い浮かばない。
それがサルカジモの見解だった。
「そりゃあ、まあそうでしょうね」
「ミリモスのヤツも、この地が生まれ故郷なわけですし」
ガットとカネィも、サルカジモの理論に賛同する。
仮に自分たちがミリモスの立場なら、生まれ故郷を多少なりとも優遇したいと考えるに違いないと思って。
もっとも、当時のミリモスは「いまは各地を平定させて発展させることに忙しいし、遷都なんて手間も費用も掛かるから面倒臭い」と、愛着ではなく手間の少なさでノネッテ国を首都にしたまま置いていたので、三人の見解は大間違いだったりする。
そう知らない三人は、間違った見解のまま話を進めていく。
「ミリモスがこの地を特別だと考えているのなら、ノネッテ真国を立ち上げての交渉は十二分に勝ち目がある。なにせミリモスが望むことでもあるからな」
「ノネッテ真国をノネッテ合衆国に取り込む際に、改めてノネッテの地を首都に置き直すことができる」
「……でも、サルカジモ様が領主に残れますかね?」
カネィが口にした疑問に、ガットはハッとした顔になる。
「そうだよな。むしろノネッテの地が首都に返り咲くとなったら、そんな場所をミリモスがサルカジモ様に任せるはずが……」
ガットは言葉を途中で止めて、サルカジモの様子を見やる。
サルカジモは『そんな懸念は分かっている』と言いたげな、ふくれっ面をしていた。
「この地を首都にした上で、実権はミリモスに握らせたままにすればいい。そうすれば、首都とは名ばかりの土地の領主が誰だろうと、ミリモスは気にもしないだろうさ」
「ノネッテの地は山間の狭い土地だし、一応サルカジモ様はミリモスの兄貴だし。見知らぬ誰かよりも、親族が領主に治まってくれた方が良いはずだ」
「でもサルカジモ様、良いんですか。それじゃあサルカジモ様はミリモスの下に入るってことになりますけど?」
「……仕方がないだろう。帝国が膝を屈した相手だぞ。俺がまともな方法を取っていたら、あいつの目に入ることすらできんだろう」
ガットとカネィはここで『国の独立がまともな方法じゃないという自覚はあったんだ』と、それぞれが同じことを思っていた。
サルカジモの音頭で、ノネッテ真国は独立国として出発した。
ノネッテ合衆国一部になることを逃れるための独立は、意外なことに、ノネッテ真国の民に受け入れられていた。
「まあ、我らの祖先も国の一部から独立して国を立ち上げたしな」
「サルカジモ様とミリモス様はご兄弟で、この地で生まれ育ったお方たちだ。あまり悪い事にはならんだろうさ」
そんな呑気な理由で受け入れる者たちばっかりだったが、もちろん独立宣言に異を唱える人物も居た。
その代表が、過日から元帥位に押し込まれて現在までそのままな、センティスだった。
「サルカジモのボケ! 国の独立なんていう、ミリ坊に戦争する口実を与えやがって! どうする気だ!」
執務室に押しかけてくるなりの大声に、サルカジモと同席しているガットとカネィも眉を寄せる。
「あー、センティス元帥。声量を落としてくれ。耳が物理的に痛い」
「落としていられるか! オレはノネッテ兵を束ねる頭だぞ! そのノネッテ兵のためにも、馬鹿な真似は止めるよう進言する使命があるってんだ!」
センティスの怒声が落ち着かないのを見て、サルカジモは声量を下げさせることを諦めた。
「この地の独立とミリモスが取るであろう対応については、こちらにも考えがあってのことだ。心配はいらない」
「アホぬかせ! 帝国から来た奴らは、とっくに国元に帰った! 残っているのは、生え抜きのノネッテ兵と、帝国の奴らが捨てていった魔導の武器だけだ! それでどうやって、帝国を下したミリ坊と戦えってんだ! 戦いに成ったら半日だって持ちやしねえぞ!」
「だから、戦いにはならないと考えているんだ」
センティスはサルカジモの見解を聞いて、少しだけ落ち着いた。
「戦いにはならない――ってことは、この独立はミリ坊も知っての事で、この状況は口裏を合わせての芝居ってことか?」
「いや、ミリモスとは一言も話していない。だが戦争は起きないと約束しよう」
サルカジモの反論は、センティスが少し待ってみたが、これ以上の言葉は出てこなかった。
「……はぁ!? ミリ坊と話を付けてないで、勝手な独立宣言をしたってのに、戦争にならねえってどういう頭で考えてんだ、おい!」
「はぁ。分かった、聞かせてやろう」
サルカジモは、ミリモスがノネッテの地を特別に思っているであろうことと、その特別な土地を戦火で焼くことはしないだろうという見解を話して聞かせた。
センティスは最後まで静かに聞いていたが、説明が終わった途端に怒り出した。
「そりゃあ全部、お前の想像じゃねえか! なんの確証もない! ただの妄想で! ノネッテの民を危険に晒しているってのか!」
「落ち着け、センティス」
「お・ち・つ・け、だとぅ?! テメエ、この状況で難しいことを言いやがりやがって!!」
「いいか、センティス。思い返せ。お前の知るミリモスは、この生まれ故郷の土地を焼いて気にも病まない卑劣漢か? 違うだろ?」
「そりゃあ……まあ、ミモ坊はなんだかんだ言って、この地を嫌ってはいないだろうなとは思うけどよ」
「なら、戦争にはならないと、そう思わないか?」
「そこまでは思わねえな。ミモ坊は、必要と思ったことを必ずやり遂げる強さがある。口じゃあ『面倒だ』『大変だ』って言いながらな」
「じゃあミリモスは、必要だからと戦争をすると? この地を火にかけると?」
「それは…………」
センティスは口ごもる。ミリモスが戦争だからという理由で、ノネッテの地を蹂躙する想像が思い浮かばなくて。
「……チッ。サルカジモの考えは分かったよ。だがな、オレは元帥としてやるべきことをやる。せっかく帝国の金で国境の砦を再建したんだ。せいぜい使わせてもらうとするぜ」
「おい、分かっていると思うが、兵を国の外に出すなよ」
「砦に閉じ籠るだけだにする気だよ。打って出たりしたら、兵力差がありすて負ける未来しか見えねえよ」
センティスは言うべきことは終えたとばかりに、執務室から大きな足音を立てて去っていった。その足音の大きさは、言い切れなかった不満を床にぶつけているかのようだった。