四百三十二話 戦後のあれこれ
戦争の結果により帝国がノネッテ合州国の一部となり、これでノネッテ合州国が大陸統一を果たすことになった。
そう思っていたのだけど、ここでフンセロイアから忠告が入った。
「ミリモス殿。ご兄弟のことは、どうなさるので?」
「兄弟? どうって、なんのこと?」
「帝国が『保護』していたフッテーロ殿と、ノネッテ本国を占有しているサルカジモ殿のことですよ」
そういえば、二人のことを気にしなきゃいけなかったっけ。
「サルカジモ兄上のことは後で片付けるとして、フッテーロ兄上がどこにいるか知っていますか?」
「はい。この城の一室で暮らして頂いていますよ。お会いになりますか?」
「そうだね。これから先のノネッテ合州国のことについて、話し合いが必要になるだろうから」
俺はフンセロイアの案内のもと、フッテーロが居るという部屋へと向かった。
フッテーロの部屋は、城内にある離れの建物にあるという。
「普通、城内の離れっていったら、王の妻を入れる離宮のような?」
「その離宮が余っているのですよ。過去の帝王様の中には、繫殖欲が高い人がいらっしゃったらしいので」」
「他の人間らしい欲が抱けない分、そっちの欲求が高まっちゃったってことかな」
「しかし現在の帝王様は、その欲もあまり無いようで、配偶者が一人いらっしゃるだけなので、使われていない建物は貴人への客間として使われています」
「俺があった帝王様も、なにかの欲が強かったりしていたり?」
「食欲――美食を好んでいると聞きますが、量は食べないらしいので、財務関係は助かっているらしいですよ」
離宮を建てて美姫を飾り立てる費用を考えたら、三食美味しい物を食べさせる方が安上がりなのは違いないな。
そんな会話をしている内に、離宮の一つにやってきた。
この建物も黒く塗られているものの、艶のある気品に満ちた黒色をしている。流石は過去の帝王の妃が暮らしていた建物だけあるなと、そんな印象を抱かせる色だ。
その建物の中に入ると、お仕着せを着た使用人が待っていた。
「ご案内いたします」
使用人に連れられて、建物内のある部屋の前へ。
ノックの後、返事があってから部屋の扉を開けると、そこにはフッテーロがいた。
部屋着らしい綿のシャツとズボン姿で椅子に腰を掛けて、本を手に持っている。五年も会っていなかったから、記憶にある姿より少し老けているけど、元気そうだった。
フッテーロはというと、入口に居る俺の顔を見て、信じられないといった顔つきをしている。
「ミリモス、だよね。もしかして、ミリモスも帝国に捕まったのかい?」
久しぶりに会った兄弟への言葉にしては随分な物言いに、俺は肩を落とした。
「フッテーロ兄上は帝国で暮らし続けて呆けたんですか? もし俺が捕まったのなら、監視も付けずにフッテーロ兄上に会わせるはずがないじゃないですか」
「いや、だって。ミリモスが目の前にいるのだから……」
「ノネッテ合州国が戦争に勝って帝国を支配下に置いた、とは考えつかないと?」
「いやだって、帝国は強大だよ。負けるなんてことが」
やけに帝国の肩を持つフッテーロ兄上を見て、俺は不信感を抱きながらフンセロイアへ視線を向け直す。
「フッテーロ兄上を洗脳でもしたの?」
「いいえ、殊更にそんな真似はいたしませんとも。ただ、フッテーロ殿は賓客ですから。帝国の偉大さを味わう機会は、この五年の間に、数多くあったであろうことは間違いないかと。彼の妻も帝国の出身ですから、あちらこちらに連れ回されたでしょうし」
五年間、帝国で暮らし続けたことで、帝国贔屓になってしまったと。
いやいや。実際は、仮にフッテーロがノネッテ合州国に戻っても帝国に逆らえないようにするために、あれこれと仕込んだに違いない。
その事自体は、まあ戦争の相手同士だったから、仕方がない部分が大きい。
しかしフッテーロが帝国に洗脳に近い思考操作を受けているとなると、前のようにノネッテ合州国の王様の位置に付けることは難しい。
でも、一応フッテーロの意見も聞く必要がある。
「フッテーロ兄上。ノネッテ合州国が帝国に勝利した。まずはそれを事実として受け止めてください」
「……そうか。あまり納得がいかないけど、ミリモスが言うのなら、そうなんだろうと受け入れるよ」
「それで、フッテーロ兄上はどうします。帝国の捕虜という立場は、もうお役御免となるわけですが」
「捕虜。そうか、捕虜か。捕虜にしては、優雅に過ぎる暮らしぶりだったのだけどね」
フッテーロは微苦笑を零すと、考えに沈む表情に変わった。
「僕が離れて五年。ノネッテ合州国は、問題なく運営されているんだよね?」
「帝国に占領されて、この戦争で取り返した土地以外は、まあまあ健全に運用してますよ。戦争準備で少し税を重くしましたけど、それは住民たちも納得済みですし、戦争が終わったので元に戻す予定でもいますし」
「その口ぶりだと、ミリモスが僕の後の王になったってことかい?」
「王代理ですよ。王になるための教育を受けていない俺が、王になんてなるべきじゃないですからね」
「はははっ。ミリモスは相変わらずだね。真っ当に運営出来ているのなら、それは王の器を持っているという証明じゃないか」
「そんな器はありっこないですよ。今でも俺は、責任ある立場を放棄して、悠々自適に魔法と神聖術の研究をしたいぐらいなんですから」
なにを言っているのだかという気持ちで言い返していると、フッテーロに苦笑が戻った。
「もしかしたら、王の立場を欲しがらない物こそが、真に王に相応しい者なのかもしれないね。そう考えると僕も、王に相応しい人物とは言えないね。姉上が駆け落ちしたとき、これで僕が王に成れると内心で喜んだものだし」
「フッテーロ兄上?」
なぜ独白なんてしているんだろうと疑問を投げかけると、フッテーロは憑き物が落ちたような顔つきに変わった。
「妻と話し合ってから本決まりにするけれど、僕はノネッテ合州国の王には戻らないことにするよ。そしてミリモス、君を王になるよう推薦する」
「俺に代理ではなく、王に成れと? もっと相応しい人物は、他にいそうですけど?」
「じゃあ、その相応しい人物に受け渡すまで、ミリモスが王の座を守ってくれないかい。君の目なら、間違った者を王に据えることはないだろうし」
「俺が王の立場を放り出したくて、適当な人物に投げるかもしれませんよ?」
「はははっ、そんなことはあり得ないさ。ミリモス自身が気付いているかは知らないけど、君は責任感が強い生格をしているんだよ。ノネッテ合州国を悪い方向へ進ませそうな人物に、王権を渡したりはしないよ」
フッテーロに断言されて、俺は後ろ頭を掻く。
責任感が強いとは思っていないけど、損な生格をしているという自覚があったからだ。
考え返してみれば、数々の戦争の責任者であり続けたり、占領した国の初期統治を自分で行ったりと、損なことをやり続けている。
俺がもっと身勝手な生格なら、戦争の責任を他者に任せたり、占領した国の統治をさっさと投げ渡したりしていたはずだろうしね。
「……ともあれ、フッテーロ『王』の頼みですから。俺が一時的であっても、ノネッテ合州国の王に成るべきでしょうね。まあ、何年続けられるか、分かったもんじゃないですけど」
「ふふふっ。意外とミリモスは、死ぬまで王で居続けるかもよ?」
「嫌ですよ、死ぬまでとか。いざとなったら、俺の子供の中で王に成りたい人物がいたら、成人直後に渡しますよ。もしくは、俺より相応しい人物を見つけたら、周囲を説得してから、王につけます」
「じゃあ、頑張って子供に王子教育をしたり、良い人物を探索したりしないといけないね」
「頑張りません、ほどほどでやります。意外と、心血込めて行動しているより適当にやっていた方が、発展や発見が早かったりするものですしね」
「僕はミリモスに任せると決めたからね。ミリモスがやりたいようにやると良いよ。なんなら、外交担当としてなら、僕は戻る気はあるしね」
「大陸はノネッテ合州国で統一になりました。外交官という役職はなくなりますよ」
「なるほど。そういえばそうだ。じゃあ、各州の間を取り持つ、調整官ってことで、就職をお願いできないかな?」
「そういった人物が居ればたすかりますから、応募してくれれば即採用でしょうね。でも就職先を決めるにしても、フッテーロ兄上は奥方と話し合った方がよいのでは? 王の妻から役人の妻に立場が変わることを嫌がる女性は多いと聞きますし」
「僕は王で居続ける気はないからね。もし嫌だと言われてしまったら、離縁するしかないかもね」
こうした冗談交じりの会話の果てに、俺はフッテーロから王位を譲渡されることになった。
フッテーロの身の振り方という懸念が一つ消えたこともあり、この後は俺とフッテーロで離れていた五年を埋めるように世間話をしていった。
その話の中で、意外とフッテーロは帝国で良い目を見ていたと分かり、俺は王代理として忙しい日々を送っていたのにとやっかみを抱いてしまうのだった。