四百二十八話 詰めの戦場
あと一歩で帝国の帝都という場所で、帝国とノネッテ合州国の軍勢が戦っている。
帝国にとってみたら崖っぷちの戦場だ。
今まで以上に、なりふり構わず時間稼ぎをしてくる。
「ミリモス様! 『鉄箱』が魔法を乱射しながら、突っ込んで来てます!」
「ああ! 『鉄箱』の上に多数の『鳥』がいて、爆発しました! 『鉄箱』に近づこうとしていた味方に被害が!」
「爆発の混乱に乗じて、帝国の兵士たちが斬り込んで来てます!」
次々にやってくる状況報告に、俺の思考回路は早くもオーバーフロー気味だ。
それでも知恵を絞って、指示を出していく。
「多少下がってもいいから、戦列を立て直させろ! 味方の魔法使いには、『鳥』が乗っている『鉄箱』に魔法を撃ち込んで誘爆させてやれ! 爆発で装甲が壊れれば、『鉄箱』なんて、ちょっと大きい棺桶も同然だ!」
俺の指示に従い、鉄箱の自爆特攻で混乱していた前線は、一時的に戦線を下げたことで持ち直した。
『鉄箱』も、こちらの魔法使いによって『鳥』が爆破された事を受けて、突撃を止めて引き返していく。
どうにか戦場の混乱を収めることが出来たと、俺が安堵するのも束の間に、新たな報告がやってくる。
「ミリモス様! 今度は鉄の巨人が現れました!」
「……なんだって?」
「鉄の巨人ですよ! ああもう、ほら、あちらです!」
報告者が指す方を見やると、なるほど『鉄の巨人』と称するに足る存在があった。
その見た目は、短足胴長で四角い頭と長めの腕もついる人型で、前世の玩具屋に飾ってあった『ブリキのロボット』を思い起こさせる姿をしていた。
ただし、その大きさは人を優に超えるほどの巨大さで、全長七メートルほどといった感じだ。
その強大なブリキのロボットは、短い脚を一生懸命に動かしながら、ぎこちない動きで俺たちの陣営へと向かってきている。
ちゃんと動いている様子を見て、あれがどうやって動かしているのかに予想がついた。
たぶん魔導鎧と同じく、搭乗者の魔力を吸って動いているはずだ。
「魔導鎧を帝国が発展させると、ああなるわけね。いや、魔導鎧と『鉄箱』を合体させたものって感じかな」
「ミリモス様! 感心している場合じゃないですよ! あんなものと、どうやって戦えばいいのです!」
「どうやってって……」
指示を出そうとしたが、あんなロボットと戦う術は、兵法書には乗っていない。
あたりまえだ。兵法書は人で構成されている軍を相手に使うものなんだから。
兵法書の知識が使えないと理解して、俺は前世で見た映画やアニメの知識を引っ張り出すことにした。
「えーっと、投石機で巨石をぶつけたり、足に太いロープを絡ませて転ばせたりかな」
「平地での戦いですよ! どちらも用意はありません!」
「他に出来そうなものというと――足首や膝を攻撃するとかかな?」
なんか前世で耳にした伝説の青銅の巨人を倒す方法がソレだった気がする。何て名前の巨人かは忘れた。アキレス健の元になった伝説は、違う話だったっけ?
俺があやふやな知識を思い出そうとしている間に、巨人の足を攻撃する命令が発令されていた。
「魔導鎧部隊は巨人の足首を武器で攻撃! 魔法使いたちは火の魔法を巨人の膝に打ち込むんだ! 急げ!」
ノネッテ合州国の軍勢が動き、鉄の巨人の討伐に動き出す。
しかし敵にとっても鉄の巨人は切り札なのだろう。守ろうと部隊を展開してくる。
俺は少し遠間から戦場を見ているわけだけど、前世で多く目にした『人型兵器は実際の戦場にはそぐわない』という意見に、一言物申したい気持ちになる。
「デカい人型のモノが動いていると、どうしても目を引き付けられちゃうな。敵も味方も鉄の巨人に夢中だ。あれは、戦場の流れを引き寄せるための兵器という面では優秀だろうね」
「ですから、ミリモス様! 呑気に敵の兵器の寸評をしないでください!」
「ああ、悪い悪い。つまりだよ、あの鉄の巨人が現在の戦場の中心になっているんだ。だからノネッテ合州国の軍勢が巨人を倒しきれば、帝国の戦意を大きく挫くことに繋がると、俺は言いたかったわけだ。うん」
俺が誤魔化しで真っ当に聞こえるような論を唱えたところ、それを真に受ける人物が直ぐ近くにいた。
それは俺の護衛役として側に付き従っていた、ファミリスだった。
「そういうことであれば、私が打ち倒してきましょう」
「えっ、ファミリスが行くの?」
「なに、図体だけの大した事のない相手のようですから、余裕でしょう」
ファミリスは被った兜の調子を確かめて脱げないように調節し直すと、ネロテオラに乗って前へと駆けていった。
彼女が向かう先――巨人の周囲の戦場は、混沌とした様相になっている。
巨人が上げ下げする足に踏まれないように避けつつも、敵も味方も入り交じっての乱戦を行っている。
巨人も歩くだけでなく、長い手を振り回して、帝国の側が有利になるように攻撃している。
しかし腕を振り回した反動で体勢がよろめき、それを立て直そうとして歩みが遅くなっているあたり、上手く攻撃で来ているとは言い難い。
「動きが悪いな。試作品なのか?」
試作品ないしは試験品だと考えると、一つしかないうえに、今までの戦場で使ってこなかったことが腑に落ちる。
きっと帝都で試験的に作られたもので、帝都まであと一歩という戦場では負けられないと、帝国の軍勢が持ち出して使用しているんだろうな。
そんな予想を俺がたてている間に、巨人の近くまでファミリスが迫っていた。
「征くぞ、ネロテオラ!」
ファミリスの気合の言葉と共に、ネロテオラが地面を蹴って跳び上がり、巨人の胴体に着地する。
そして、そのまま頭部へ向けて駆け上がり始めた。
いやまあ、ファミリスがネロテオラに乗れば断崖絶壁の斜面を上り下りできることは知っていた。
けど、まさか巨人の体を登ろうと考えるなんてね。あっ、巨人の胴体の装甲に、ネロテオラの蹄鉄の痕がついているや。
俺が呆気に取られている間に、ファミリスは巨人の頭部に辿り着く。
「倒れなさい!」
渾身の力を込めた剣での一撃は、巨人の頭部を大きくへこませる威力を発揮した。
殴られた衝撃で、巨人は大きく仰け反る。長い手を振り回してバランスを取ろうとするが、後ろに倒れ過ぎて両足が地面から離れてしまった。
「倒れるぞ!!」
と警告を出したのは、敵か味方か。
どちらにせよ、倒れてくる巨人の前には、敵も味方もなく逃げ惑うことしかできない。
やがてズシンと重々しい音を立てて、巨人は地面に背中から倒れた。
単なる人間が転んだだけなら、また起き上がればいいだけではある。
しかし全長が七メートルもある巨人が倒れたとなると、倒れた際に内側に走る衝撃は、恐らくビルの三階から転落したときと同等のものが発生する。
そしてビルの三階から落下したら、基本的に人間は怪我をする。下手をしたら、死ぬほどに。
そんな衝撃が、巨人の中に入っているであろう帝国の魔法使いを襲ったのだ。動力である魔法使いが駄目になれば、巨人も動くことができなくなるのは当然の結果と言える。
ここが戦争の分水嶺だと直感し、俺は大声で命令を発することにした。
「敵は混乱しているぞ! 反撃して、戦いの決着をつけろ!」
俺の声に反応した味方が、始めはパラパラと、やがては一丸となって、帝国の軍勢に攻めかかっていく。
帝国の側も抵抗しようとしたが、ノネッテ合州国の軍勢の方が戦意の復帰が早かったこともあって、優位に戦局を進めることができている。
これはもう少し押せば決着だなと判断し、俺は温存していた騎馬部隊を投入する。
突撃攻撃しに向かう騎馬部隊と入れ替わりに、ネロテオラに乗ったファミリスが返ってきた。
「お疲れ様。恐らく人間で最初の鉄巨人討伐だけど、感想は?」
「呆気ない相手でした。私の一撃くらい踏みとどまれないなら、無用の長物ですね、アレは」
「手厳しい評価だことで」
俺が鉄巨人の製作者でも、まさか単体戦力で打倒されるだなんて考えもしない。
いや、この世界には魔法も神聖術もあるんだ。
図体を大きくするだけじゃなくて、魔法と神聖術にも耐えられる設計を心掛けないといけないよな。
なんて、鉄巨人の作者への同情と批判を考えながら、俺は戦場の推移を見つめた。
帝国の軍勢は崖っぷちなため、粘りに粘り続けたが、夕暮れを前に負けを認めて撤退していった。
これで残るは、帝都での攻防線になる。
大陸を右から迂回して移動していた方の帝国の軍勢よりも先に、帝都を落とすことを考えないといけないな。