四百二十六話 上手くいくばかりじゃない
ここまで順調に帝国の領土を侵攻してきたわけだけど、いよいよ帝国側も本腰を入れて、こちらの足止めにきた。
その対処に、俺は追われることになる。
「魔導具の『鳥』がきた! 盾持ちと魔導鎧部隊は一時撤退! 入れ替わりで神聖術の使い手を前に! 魔法使いたちは、『鳥』に向かって魔法を打ち込んで!」
大盾や魔導鎧で『鳥』の自爆攻撃を防ぐには、魔法の障壁を起動させないといけない。しかし起動してしまえば、盾持ちや着用者の魔力が一気に失われて戦力外になってしまう。
神聖術の使い手なら、『鳥』の自爆も魔法の一種なので神聖術が防げるため、被害が出にくい。
加えて魔法使いの攻撃が当たれば、『鳥』は自動的に自爆してくれるし、もしかしたら『鳥』同士での誘爆も狙える。
今まで得た帝国の軍勢との経験からの最適解。
俺がそれを講じて少しすると、またも帝国の軍勢が動きを見せる。
「今度は魔導の武器で武装した兵士たちが出てきたか。魔導鎧部隊を前に! 戦線が形勢されたら、神聖術の使い手を少し下げて!」
騎士国と帝国が長年戦争していたことから分かるように、神聖術の使い手と魔導の武器を持つ兵たちの戦いは膠着する。
膠着して戦いが長引かないようにするためには、戦力の投入が必須で、それは魔導鎧部隊が適任だ。
むしろ魔導鎧は装甲と膂力で勝る分、帝国兵士と相性が良い。
それこそ神聖術の使い手を下げて休ませても、問題なく戦線を押し上げられるぐらいに。
しかし帝国側も直ぐに対応してくる。
帝国兵士を戦わせたまま、『鉄箱』を前に出して援護を始めたんだ。
「距離を離すと魔法で乱打される。最前列は帝国の兵士にくっ付いて戦え! 大盾持ちは、後衛の魔法防御に配置転換! 騎馬隊用意! 敵の前列の脇を抜けて、帝国の後方を脅かして! 鉄箱から魔法が飛んできたら、引き付けながら逃げ回るんだ!」
騎馬隊を使っての敵後衛へ打撃することは、兵法書にある定石だ。
しかし帝国は、帝国の魔法使いの殆どを『鉄箱』に入れて守っているらしく、折角の騎馬隊も撹乱に用いるので精一杯だ。
「まったく、手を変え品を変えて、帝国はこちらを足止めしてくれる……」
俺も対応しようと色々と手を打っているけど、この世界で通信技術がないことが足を引っ張ってくる。
作戦変更を伝えるには伝令や楽器の音を使うしかないんだけど、作戦をコロコロと変えると味方に混乱が出てしまう。
すると、俺が意図したものとは違う動きが、ノネッテ合州国の軍勢に現れる。
それが問題ない程度なら放置して現場判断に任せることが戦場の常だけど、見過ごしたら味方に被害が出そうな場合は対応しなきゃいけない。
俺が帝国の軍勢への対応を二度変えたところで、見過ごすと危ない兆候が出てきた。
「駄目か。一時撤退の合図だ! 大盾持ちに前線で殿をさせて、撤退する味方の被害を抑えて!」
俺の命令に、後退太鼓が鳴らされる。
通常ならノネッテ合州国の軍隊は直ぐに反応できるが、戦場の混乱もあってか、太鼓を散々鳴らして漸く後退を始めてくれた。
これほどの反応の遅さから予想するに、ここで一時撤退を行わなかった場合、もう少ししたら前線の味方に作戦が通じなくなっていたな。
俺は自分の判断が正しかったと確信したけど、その正しい判断で戦場は仕切り直しになってしまった。
「かくして帝国は、見事に足止めに成功しましたとさ」
俺は自嘲した後で、奮戦してくれた兵士たちを労いに向かうことにした。
俺の言葉一つで兵士たちの指揮があがるのなら、やって損はないだしね。
帝国の戦術に対応するためにコロコロと作戦を変えていたのでは、何時まで経っても突破できない。
それが、帝国に足止めを食らってしまった日の夜に開かれた、部隊長級以上の者たちで話し合う会議での見解だった。
そんなことは俺も分かっているけど、そう上手くいかないのが戦争なんだよ。
「作戦を変えなければ、味方に被害が多くでる。味方の被害を抑えようと思えば、戦術に対応するしかない。被害を許容してでも帝国の軍勢を叩くか、被害を抑えて地道に帝国の軍勢を切り崩していくか。どちらかしか道はないと思うけど?」
俺が話し合いの方向性を定めると、部隊長たちが次々と意見を口にし始めた。
「帝国が大陸を迂回してルーナッド州に攻め入ろうとしていることは、もはや確定事項といえる。ならば、少しでも早く帝都へ攻め込むことこそが肝要では?」
「早く帝都に向かいたいことは確かだが、味方の被害が多くなることは歓迎できない。この場所は帝国の領土内なのだ。怪我や死した兵士たちを後送するのすら難しいんだ」
「帝国の村を借り上げて、保養所とすればいい。怪我した者たちはそこにいれ、戦争が終わった後で回収すれば」
「帝国の民にしてみれば、我らは敵兵だぞ。怪我した敵兵を看病してくれるとは、とても思えんぞ」
「被害を恐れて手をこまねいていては、迂回している帝国の軍勢にルーナッド州を攻め落とされてしまう。そうなっては意味がないではないか!」
「被害を出し過ぎれば、戦争の継続すらできん!」
様々な意見が出るが、やはり主張は真っ二つに割れている。
その二つの主張は、どちらもある意味で正しい。
大陸を迂回して進んでいるという帝国の軍勢を気にするのなら、一刻も早く帝国の帝都へ攻め込まないといけない。そのためには、多少の犠牲は止む無しと判断するべきだろう。
しかし味方の被害を多く出してしまえば、今後の戦争に影響がでる。それこそ帝国の帝都に攻め入っても戦力不足で帝都を落とせないとなったら、元も子もなくなる。
このまま議論が並行線を辿るようなら、俺がどっちかの方針を決めるしかなくなるんだよなぁ。
どうしたものかと悩んでいると、ジャスケオスが挙手した。
「一つ疑問があるのですが、発言しても良いでしょうか?」
「もちろん。その疑問とは?」
「ノネッテ合州国の軍は、よく訓練されています。にも関わらず、戦線変更を度々行うと混乱が出てしまう。では、帝国の側はどうなのでしょう?」
言われてみれば、その通りだ。
「帝国も混乱しないと変なのに、戦場を見た限りでは、そうなってなかった」
どうしてだろうと俺が首を捻ると、ジャスケオスが微笑みながら答えを教えてくれた。
「恐らくはですが、帝国は兵士の行動を単純化させているんでしょう。敵がこう来たらこうしろと予め予定を組んでいる、といった風に」
「なるほど――と思わないもないけど、戦場ってそう単純に事が運ばないものじゃないですか?」
「そうでもありませんよ。特に帝国とノネッテ合州国の軍隊とでは」
「それはどういうことで?」
「帝国が展開する兵種に対応するノネッテ合州国の兵種が、ある程度決まっていますよね。だから行動が読みやすいんです」
そういえば、俺は被害を出さないように、帝国が出してくる戦術に有利がとれる兵種を充てている。
逆を返せば、帝国はどの戦術を出せば、どうノネッテ合州国の軍隊が対応してくるか分かるということでもある。
もちろんノネッテ合州国側は有利な兵種を出しているので、戦場でも有利が取れる。それこそ時間さえかけれれば、十中八九はノネッテ合州国側が勝つと判断可能なほどに。
しかし帝国が足止めだけを考えているのなら、その『時間さえかければ』を目的に、勝ち負けを考えずにコロコロと戦法だけを変えている可能性がある。
「勝ち負けを考えていないからこそ、ノネッテ合州国側が部隊の転換に手間取るためだけの用兵を、予め決めておくことが出来るってわけか」
「はい。そうではないかと、見ております」
仮にジャスケオスの予想が当たっていた場合、ノネッテ合州国側が兵種を変えて対応する意味が薄くなる。
なにせ相手は、つまるところ嫌がらせに終始している。
勝とうとしていない相手に勝つことは、実は意外と簡単だったりする。
嫌がらせを逆用したり、勝気に薄い部分をついてみたりと、手段は幅広い。
もっとも、行動が嫌がらだせと気づかないと、対応に間違い続けることになるから、勝てるものも勝てなくなるのだけどね。
「とりあえず明日は、ジャスケオス殿の意見を取り入れた方針で動くことにする。突破できれば良し。できなかったら、また会議だ」
部隊長級以上の面々も、ジャスケオスが言うのならと納得して、この日の会議はお開きになった。
そして翌日。
果たしてジャスケオスの予想の結果はというと、見事に当たっていた。
何度目かの攻防の後で帝国側が『鳥』を使ってきた際、こちらが魔導鎧部隊を引かずに無理攻めを行うと、帝国の軍勢が総崩れになった。
きっと、『鳥』を出せばノネッテ合州国の魔導鎧部隊が引くはずという予定が狂って、帝国の兵士たちがどう動けばいいか分からなくなったんだろうな。
崩れた軍勢は、より崩れるのに易く、立て直すのが難しい。
だからこそ俺は、さらに自軍を突っ込ませ、帝国の兵士たちを混乱させて、この戦場から撤退させることに成功した。