四百二十五話 足止め
ノネッテ合州国の軍隊は、帝国の領土を侵攻していく。
ここが敵地ということもあり、偵察や斥候を入念に出して、敵からの不意打ちを受けないように心掛ける。
それに偵察と斥候を先に向かわせることで、帝国の道も把握出来るから、軍隊の行軍速度も上げることができている。
そうした入念な行動のお陰もあって、いままでは大した妨害もなく進むことが出来ていた。
しかし、何時までも順調な行軍が続くはずはない。
そう覚悟はしていたけれど、いよいよ今日が順調な日々とと別れる時になった。
「斥候が前方に帝国の軍隊を発見しました。敵の主力は『大きな箱』で、数は百はあるとのこと。その他兵士も多数あり」
「ありがとう。とりあえず、一時的に行軍を停止するって触れ回っておいて」
「了解しました」
伝令がノネッテ合州国の軍隊中に、俺の命令を伝言しに走っていった。
その姿を見送ってから、俺は帝国の軍隊の意図を考えた。
「いやまあ、考えるまでもなく、足止めなんだろうけどね」
「そうなのですか?」
問いかけ返してきたのは、俺と馬で並んで歩いていた、ファミリスだ。
「帝国の狙いは、迂回路を使ってのルーナッド州の襲撃と占拠。そして、俺たちの先にいるという敵の主力が『鉄箱』なことから、時間稼ぎがしたいんだろうなって推測だよ」
「帝国の狙いは知っていますが、なぜ鉄箱の存在で足止めだと判断を?」
「単純だよ。帝国が所有する武器の中で、一番の防御力と攻勢防御を持っているのが、あの鉄箱だからだ」
「防御に特化しているからこそ、我々の足を止めるに相応しい兵器というわけですね」
ファミリスが納得してくれたところで、これからの方針を立てないといけない。
敵の思惑が足止めだ分かっていて、それに乗るのは癪だ。
しかし、帝国の帝都へ続く道は、いま俺たちが通っている道が最短となっている。
もちろん、色々と別の道もあるにはあったけど、偵察や斥候が見つけてくれた万を超える軍隊が通過可能な道は少ない。
だから他の道を選ぶとなると、だいぶ引き返しての移動し直しになるので、これまた時間を消費してしまうことになる。
別の道を選んで消費する時間と、この道を使い続けて帝国の軍隊と戦う際の消費時間。
どちらが、より時間の消費が少ないかを考える必要がある。加えて、戦うと決めた際にでる兵士の被害も勘案しなければいけない。
俺は考えに考えて、戦う道を選んだ。
どうせ引き返して別の道を選んだところで、帝国の軍隊はその道をも封鎖してくるに違いないと予想したことを決め手として。
戦うと決めたからには、早く敵を倒しつつ、被害を少なくする必要がある。
そして俺には、帝国の鉄箱と戦った経験がある。
鉄箱は、分厚い装甲板を取りつけた魔導杖の集合体が正体だ。装甲板で魔法使いの身を守りながら、魔導杖の破壊力で敵を倒す方法をとっている。
その装甲板は、並みの武器じゃ破壊できない。
ノネッテ合州国の軍隊の中で、その装甲を破壊を可能とするのは、神聖術の使い手の一撃か、魔導鎧部隊がタコ殴りするか。
つまり、俺や元騎士国の騎士と兵士たち、そして魔導鎧部隊が鉄箱に取り付くことができれば、破壊可能ということ。
それならば、他のノネッテ合州国の軍隊の兵士たちは、その補助に徹させた方が良い。
「よしっ。方針は固まった」
俺は大盾持ちを最前列に配置し、その直ぐ後ろに俺を含めた神聖術が使える者たちと魔導鎧部隊を配置。隊列の左右の端には、騎馬部隊を半数ずつ置いた。
残る長弓部隊と歩兵部隊と魔法使い部隊は、物資の護衛役を与えて、後方待機とした。
そうやって構築した部隊を、隊列を崩さないよう気を付けながら、道の先へと進ませる。
やがて、偵察と斥候の報告してくれた通りに、鉄箱を前面に押し出している帝国の軍勢が見えてきた。
「さあ、突撃だ!」
俺が剣を振るいながら命令を出すと、まずは大盾持ちが走り出し、その後で神聖術の使い手と魔導鎧部隊が追従する。左右にいる騎馬部隊は、さらに遅れて、ゆっくりと移動を開始する。
こちら側の突然の突撃に、帝国側は意表を突かれたのか、大慌てといった様子で鉄箱が魔法を放ってくる。
狙って魔法を撃ったのではなく、俺たちの足を止めさせることが目的なのだろう、多くの魔法が地面に衝突して激しい音を立てる。
しかしそんな虚仮脅しで立ち止まってはいられない。
「進め、進め! あの鉄の箱に取り付いてしまえば、一気に勝負を決められる!」
俺が大声を放って鼓舞すると、兵士たちは奮起して前へ前へと突撃していく。
このとき、俺たちが止まる気がないと、帝国は悟ったんだろう。
鉄箱は、魔法を乱発から、こちらの最前列を狙うものへと攻撃方法を変えてきた。
多数の魔法が、ノネッテ合州国の軍隊の最前列を吹き飛ばすべく、飛来してくる。
「大盾! 防御してみせろ!」
「「「応ともさ!」」」
大盾部隊は盾を構えながら、足を止めることなく、むしろ迫ってくkる魔法に自分からあたりに行くように、突撃しながらの防御を披露する。
魔法と大盾が衝突し、激しい音と光が振りまかれる。
その衝撃の中を突破して、大盾を持つ兵士たちは、さらに前へ前へと進んでいく。
そして次々と飛来してくる魔法の数々を、大盾持ちは防ぎ続け、前進も続ける。
帝国側から攻城用の破壊力の強い魔法が飛んできた際には、大盾の魔導で発動した障壁の魔法で防ぐ。魔法を発動させた盾持ちの兵士は、自分の魔力を消費尽くして昏倒し、地面に前向きに倒れてしまう。
そうした大盾持ちたちの働きもあり、あともうひと踏ん張りで、鉄箱に取り付くことができる位置にまで接近できた。
「盾持ちが奮闘してくれたんだ。彼らの心意気を無駄にしてはいけない! いくぞ、総突撃!」
「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」
大盾持ちの横をすり抜けて、神聖術の使い手たちと魔導鎧部隊が前へ進み出る。
俺も貴重な神聖術使いとして、突撃に参加だ。
前へと出てきた俺たちを狙って、鉄箱から魔法が飛んで来る。
しかし、神聖術は身体強化を行う術であると同時に、魔法を打ち消す術でもある。そして魔導鎧には、鉄板かくやというほどの、分厚い装甲がある。
一発、二発の魔法を食らったところで、大したことはない。
そして二発魔法を食らう時間さえあれば、神聖術で強化した足腰や、魔導の力で増した膂力を発揮する魔導鎧ならば、鉄箱までの距離を踏破することは可能だった。
「今だ。壊せ!」
一足先に取り付いた俺が、剣を一閃させて鉄箱を斬りつけた。剣に神聖術を纏わせて斬ったこともあり、スッパリとした切れ目が鉄箱についた。
俺に続けとばかりに、神聖術の使い手たちが次々に鉄箱に辿り着き、武器を振るって鉄箱の装甲を切り裂いていく。
魔導鎧部隊も、鉄箱へ長尺の武器を振り回して叩きつける。魔導鎧の人間離れした膂力と、長物特有の遠心力による破壊力の増加も手伝って、あっという間に鉄箱の装甲はボコボコになる。
そして、どの側面でも装甲を破壊で来てしまえば、あとは鉄箱の中にいる帝国の魔法使いを殺せば無力化だ。
もちろん、帝国側も鉄箱を壊させまいと、帝国の兵士たちが邪魔しにくる。
俺は敵兵士の姿を見て、待っていたと号令を上げる。
「騎馬隊! 敵兵士へ突撃だ!」
俺が号令を発した瞬間、地面からドッドッと馬の蹄が奏でる音が来た。神聖術の使い手や魔導鎧部隊から、やや遅れて追従してきていた騎馬部隊が一気に速度を上げた音だ。
「敵兵を突き崩せ!」
騎馬部隊の隊長の声に合わせて、騎馬部隊の面々が帝国の兵士たちに攻めかかる。
帝国兵は、神聖術の使い手や魔導鎧に注力しようとしていたこともあって、横合いから叩きつけるように現れた騎馬部隊に対処が間に合わず、次々に討ち取れていく。
もうこの状況になれば、俺たちノネッテ合州国の側が勝勢だ。
さほど時間を置くことなく、帝国の兵士たちは撤退していった。装甲が重くて移動速度が遅い鉄箱と、その中に乗る魔法使いたちを見捨てて。
見捨てられた上に逃げられないと悟って、鉄箱は最後の最後まで抵抗した。
しかし周囲に取り付かれてしまうと、まともに魔法攻撃が当てられないようで、最終的には障壁の魔法を使っての引きこもり戦法しかできなかった。
障壁の魔法を破り、鉄箱の装甲を潰して、そこからさらに鉄箱の中の魔法使いを殺すことは、手間で時間がかかってしまった。
帝国の目的が足止めと時間稼ぎなら、確かに鉄箱は、ある一定の成果をあげたことになる。
その稼いだ時間と引き換えに、鉄箱百個とその中にいた魔法使いたちが全滅したことは、取り引きとして割に合うかは別としてだ。