四百二十四話 帝都へ進軍開始
ジャスケオスとその配下の軍勢と合流できた。
数日の休憩を取ったあと、すぐに帝国の帝都まで進むことにした。それも出来るだけ急ぐ日程で。
強硬軍とまではいかないものの、少し無茶目なスケジュールを組んだ事に対して、ジャスケオスから物言いが入った。
「説明していただけますね?」
問答無用な口調での詰問だけど、軍勢は動かしたままの状態で、俺の隣に馬を並べながらだ。
この状況を考えると、軍勢の移動を了承しつつも、俺が何を思って居るかを知りたいってところだろうな。
「少し厳しい日程を組んだ理由は、帝国の狙いが少し分かったからですよ」
俺はジャスケオスに、帝国が砂漠を通ってルーナッド州を攻めようとしていたことと、砂漠越えを失敗した後は大陸に右側から下側に向かって移動しているらしいことを伝えた。
「大陸の下端に到達したら、やがて下側から上ってルーナッド州を攻める予定だろうっていうのが、俺の見解なんだ」
「ルーナッド州に攻め入られるまえに、我々が帝国の帝都に攻め入ることができれば、この戦いは勝ちであるわけですね。ですが、いま我々が軍勢を大陸の右側に向ければ、件の帝国の軍勢の背後を突けるのではありませんか?」
「それも考えたけど、帝国は船で物資を輸送しているみたいでね。補給を断つことは難しいんだ。それに、下手に俺たちの軍勢を大陸の右側に持って行っちゃうと、横を通り抜けられて、そのままサグナブロ州を通ってルーナッド州に行かれてしまうかもしれないからね」
「我々が配下の軍勢で押し込むことで、帝国の軍勢を常に下がらせ続け、我々の横を通って背後を付くような策をさせなくするというわけですね」
ジャスケオスが納得して頷いていると、彼の傍らに影が浮かび上がった。
いや、影ではなく、黒い鎧を来た黒騎士が、気配を消す神聖術を解いたようだった。
「ジャスケオス様。少し遠方で、帝国の小部隊が我々を迂回して通り抜けようとしております」
「分かりました。では、殲滅しにいくとしましょう」
ジャスケオスは鎧の兜を被ると、身振りで十人の騎士を呼び寄せた。
その後で、兜越しの視線をファミリスへと向ける。
「我々が離脱している間、なにかあれば配下たちの指揮を預けますので、好きに使ってください」
「え、私がですか!?」
「なに、ミリモス殿の言うことを聞いて運用すればいいのですから、気楽でしょう」
ジャスケオスはそれだけ言うと、さっさと十人の騎士と共に黒騎士が示した方向へと乗騎と共に去っていった。
「まったく、騎士王を辞められてからは無軌道になられて……」
ファミリスはぶちぶちと文句を言いいながら、仕方がないからと、ジャスケオスの配下の掌握に努め出した。
色々な方面に伝令を飛ばす姿を眺めていると、一段落ついた後のファミリスから睨まれてしまった。
「なに、面白おかしいといった表情で見ているのです」
「いや、そんな気持ちで見てなかったって」
「いいえ、笑って見ていたでしょう」
俺はやましい気持ちは欠片もなかったので、ファミリスの目を見つめ返しながら、再び否定することにした。
「笑ってはいなかったよ。ただ単に、頑張っている姿が微笑ましいなと思っただけだし」
俺の言葉に、ファミリスはムッとしか顔を返した。
「微笑ましいとは、年下の貴方からの評価としては変なのでは?」
「そうかな? 相手の年齢と微笑ましい感情を抱く理由は、関係ないんじゃないかな?」
「……またそうやって、誤魔化すのですから」
俺は素直な気持ちを言ったのだけど、ファミリスはそう受け取ってくれなかったらしい。
不本意だと俺が思っていると、ファミリスが話題を変えてきた。
「それで、ノネッテ本国を放置して軍勢を帝国の領土へ進めているのですが、いいのですか?」
「それは、ノネッテ本国にいる敵軍から背後を突かれる心配はないかってこと? それともノネッテ本国の土地を取り戻さなくって良かったのかってこと?」
「その両方とも気がかりですが――より比重が高いのは、背後を突かれる心配ですね」
当然の心配だけど、俺はあまり心配していなかった。
「確かに背後に敵軍の一派が居るのは落ち着かない。けれど、ノネッテ本国を取り戻すために払う時間が惜しいんだよね」
「帝国の軍勢がルーナッド州を攻める前に、我々が帝国の帝都に攻め入らないといけないことは理解してます。ですが、背後の危険を放置してまで、ノネッテ本国を落とす時間すら惜しいのですか?」
「ノネッテ本国の土地は、周囲を山に囲まれた、天然の要塞だよ。大部隊を送り込むには、ちょっと厳しい土地なんだよね」
「それなら、神聖術を使える者だけで作った部隊で強襲すれば良いのでは?」
「たしかにそれなら、一両日で占拠できるとは踏んでいる。でも、貴重な神聖術を使える者を抽出してまで取るほど、ノネッテ本国に価値はないよ。ノネッテ合州国の象徴的な場所ではあるけど、それ以外には豆しか特産のない山間の土地だしね」
「貴方が育った土地でしょう。愛着などはないのですか?」
「愛着はあるよ。あるけど、愛着で目を曇らせて優先順位を間違えることは正しくないよね、って話だよ」
きっとノネッテ本国の土地を取り戻すだけなら、本当に一両日で占拠可能だろう。その後の統治作業を放り投げてしまえば、軍勢の行軍に大した遅れは出ないだろう。
だけど、帝国の軍勢がどの程度の速さで大陸の右側を進んでいるかを、俺は詳しく知らない。
もしかしたら、破竹の勢いで大陸の下部まで到達してしまうかもしれない。
もしもそんな事態が展開されているとしたら、ノネッテ本国を落とす一日という時間が、俺たちの軍勢より先に帝国の軍勢がルーナッド州にに攻め入るという事態を引き起こす可能性がある。
その可能性を潰すためにも、ノネッテ本国の土地は一旦諦めて、ノネッテ合州国の軍勢を帝国の帝都へと進ませることが最重要だ。
そう、俺は判断したわけだ。
「さらに理由を付け加えるとしたら、いまノネッテ本国の土地を治めている人物がサルカジモだから、俺たちの背後を突くってことはしないんじゃないかなってね」
「貴方の兄だから、その性格をよく分かっていると?」
「サルカジモは、基本的に自分を中心に世界が回っていると考える性質なんだ。そのうえで、保身的でもある。目の前に利益がぶら下がってなかったり、自分の身に危険がなければ、自分から動こうとしないんだよ」
サルカジモの今までの行動は、誰かのお膳立ての上で成り立っている。
ノネッテ国の元帥になったのはチョレックス王の命令だからだし、祖国を売って帝国に取り入ろうとしたのは婚約者からの甘言だったし、いまノネッテ本国の土地の領主となったのも帝国からの任命だ。
正直言って、誰からの言葉もなく自分の考えで選び取ったと言えるような行動を、サルカジモは一つも起こしていない。
「そんな生格だから、ノネッテ合州国の軍隊がノネッテ本国の土地を無視したと知ったら、無視したことを怒るよりも、一先ず手にした安全に固執すると思うんだよね」
「なるほど。そんな人物であれば、安全な天然の要塞からでてきてまで、我々の背後を脅かすことはしないでしょう」
「まあ、出てきたら出てきたで、サルカジモは大軍を指揮した経験がないからね。大した相手じゃないよ」
俺はサルカジモの人物像を説明し終わったところで、これはもしかしてサルカジモが襲い掛かってくるフラグを立てたんじゃないかと予感した。
しかしどう考えても、サルカジモが打って出てくるような理由が思い浮かばない。
フラグは俺の思い過ごしだろうなと思考を放棄し、帝国の帝都へと一秒でも早く到着するべく、軍勢を指揮することにしたのだった。