四百二十三話 情報と対策
ガンテとカリノの情報網から報せが来た。
その情報を受け取ったのだけど、あまり有用とは思えないものだった。
「帝国内の流行や、帝国が自国に流している報道の話ばかり。具体的に大陸右側で帝国が何をしているのかについての情報は、ほんの少しだけじゃないか」
その少しの情報も、誰それの夫が従軍しているとった類の、毒にも薬にもならない情報だ。
そんな中、一つの情報だけが、俺の目を引いた。
「これは自慢話か。経営している廻船商店が、帝国の物資運搬で潤っているっていう……」
廻船という文字を見て、俺は疑問を抱いた。
ノネッテ合州国と帝国の戦争は、現時点では大陸の中央部での戦いを主としている。
この戦場で船が出る幕は一つもない。
それにも関わらず、帝国の廻船商会は利益を上げているという。しかも帝国の軍隊の物資運搬でだ。
それらの船は、どこに何を運んでいるのか。
決まっている。俺の目が届かない場所。大陸右側の海の上だ。
「陸路だけじゃなく海路でも物資の運搬をしているってことは、大陸右側に大規模な軍隊を配置していると考えていいはずだ」
その大規模な軍隊は、砂漠の民の妨害のお陰で、砂漠を越えてノネッテ合州国の領土に攻め入ることは出来なくなっている。
では、大人しく帝国へと帰ってくれるかといえば、そんなことはあり得ない。
一つの方針――砂漠越えの方針が潰えたのなら、また別の方法を模索するのが、軍隊の常の行動というものだしね。
「現実的に考えれば、帝国が取りそうな行動は――大部隊を大陸右側から大陸の下側へと移動し、大陸下部からルーナッド州へと上っていく」
このルートなら、ルーナッド州を背後から襲撃することが可能になる。
移動距離がかなり長く大変な行軍だう。けれどノネッテ合州国側としては、帝国にこの行動を取られると、とても厳しかったりする。
「各地に守備隊は置いてあるけど、帝国の大部隊を押し止めることができるほどの数はないんだよなぁ」
守備隊は、あくまでその土地の治安を守るための人員だ。
今回の戦いのために俺が各地から兵力を抽出した関係で、現在の守備隊は最低限の人員しかいない。
帝国の大部隊が攻めてきたら、埃を吹き飛ばすかのように、あっという間に蹴散らされてしまうに違いなかった。
「帝国が、こう行動してくると仮定して、それを邪魔するには――」
俺の部隊が積極的にフェロニャから右側へと進出し、帝国の土地を切り取り、帝国の補給路を寸断することが効果的だ。
しかしここで、帝国が廻船商会に輸送を頼んでいることが厄介な点だ。
「――地上の補給路を断線させても、海上の補給線までは叩けない。補給を邪魔できないのなら、この方針は諦めるしかない」
こうなったら、帝国が大陸右側からぐるりと砂漠沿いを回ってルーナッド州を攻めてくる前に、ノネッテ合州国の軍隊が帝国の本国を攻めるしかない。
「まさか大陸の覇権をかけた戦いが、時間勝負になるなんて」
時間勝負だと自覚していたか否かの差で、いまノネッテ合州国側が不利を被っている。
もしも仮に帝国が砂漠を通過する術を持っていたら、知らぬ間に王手をかけられる事態になっていただろうしね。
「時間勝負なら、他の二戦線もせっつきたいところだけど……」
変に急がせたら、自軍の兵士に要らない被害を出しかねない。
ここはぐっと堪える場面か。
いや、先に俺が率いる軍隊と共に帝国の本国へ向けて進軍するべきか。それとも戦況を助けるために、援軍に向かうべきだろうか。
そう悶々と考えていると、伝令が走り込んできた。
「ミリモス様、朗報です! ジャスケオス殿が帝国の軍隊に打ち勝ち、戦線を突破しました! しかも、一気にロッチャ州の縁まで戦線を惜し下げさせたとのことです!」
「本当か! それは大助かりだ!」
膠着状態から一転しての大戦果を、俺は手放しで喜んだ。
ロッチャ州の端まで戦場が移動したということは、俺が率いる軍隊とジャスケオスが持つ軍隊とを合流させることが可能になったということだ。
そしてジャスケオスが指揮する軍隊は、主力が元騎士国の騎士や兵士たちだ。
彼らが軍勢に参加するということは、戦いの際の突破力が格段に上がるということ。
この突破力の向上は、相手の首都を先に攻め込む時間勝負になったいま、是非とも欲しいかった事項だったんだよな。
「よしっ。ジャスケオス殿とその軍隊には、俺の配下たちが合流するまで休息を取らせよう。その報せを持って行く伝令を、君に任せたいが、大丈夫か?」
俺が目の前の伝令に確認すると、最敬礼が返ってきた。
「はい! 問題ありません!」
「じゃあ、書状を書くから。出来次第、持って行ってくれ」
俺は素早く書類を書き上げると、封蝋をしてから伝令に手渡した。
伝令は、もう一度敬礼してから、駆け足で執務室を出て行った。
これで状況が動くし、どうにか時間勝負に勝てる目もでてきた。
そう安堵しながら椅子の背もたれに体重をかけると、後方から吹き出し笑いが聞こえた。
視線を向けると、ファミリスが笑いを堪えている姿があった。
「なんだよ。なにか可笑しい点でもあった?」
「いえ。貴方の独り言を呟きながら表情がコロコロと変わる姿が、あまりに滑稽に見えてしまって」
「笑ってしまうほど、みっともなかったってことか?」
「あり大抵に言ってしまえば」
オブラートも何もない言葉に、俺は肩をすくめる。
「仕方がないだろ。俺の性根は小市民なんだからな」
「小国とはいえ王子という身分で生まれ、そして元帥位として一軍を差配し、その戦功で一つの領地の領主となり、やがて連戦を経て各地の国を平定し、いまや大陸の半分以上を占める国の国主となっている。そんな存在の性根が小市民とは、冗談が過ぎますね」
俺の軌跡を言葉で言い表してみると、確かに小市民とは言えない経歴になっているなぁ。
「でも、経歴と人柄は関係ないでしょ。俺は、自分の精神を一市民とあまり変わらないものだと思っているんだから」
「確かに、貴方には大国の国主や大軍の将といった風格はないですね」
「……そう言い切られると、それはそれで複雑な気持ちになるんだけど」
「まったく、どちらの評価でも満足しないとは、我が侭ですね」
「俺が思った通りに事態なったことなんて少ないんだから、口で我が侭を言うぐらいは勘弁してほしいんだけど」
そんなファミリスとの冗談交じりの会話を楽しんだ後で、帝国への対策を練っていくことにしたのだった。