閑話 戦線膠着中
ミリモスはノネッテ合州国の失地回復を成し遂げ、あと元ノネッテ本国だった土地を奪え返せば完全奪還になる。
だが、他の二つの戦線では、ミリモスの戦況ほどに上手く状況が運んでいなかった。
特にドゥルバ将軍とその軍団は、見事なまでな膠着状態に陥っていた。
ドゥルバ将軍が率いる軍団は、魔導鎧を主体としている。
部隊の構成は、魔導鎧を着る兵が一に対して通常の重装鎧を着けた兵が二の割合で、兵数は二十万人。
この魔導鎧を着た者だけが戦争を行うのかといえば、それは違う。
通常の鎧を着ているものは、物資を運搬する者以外は、魔導鎧を着る予備の兵という扱いだ。
魔導鎧は、多大な膂力を得られるが、代わりに魔力を吸い取られる。そういう構造のため、連日に渡って着用することは難しい。そこで、着用者と非着用者を一日毎に交換することで、戦争という連日に渡る行動ができるようにしているのだった。
この魔導鎧と重装歩兵のみという部隊構成は、常識的な兵法に照らして考えると、取れる戦法が限られてしまう悪手に見える。
しかしドゥルバ将軍は、ロッチャ国にて重装歩兵のみで構成された軍を統率していた人物。
魔導鎧という、いわば重装鎧の派生形の鎧を着た部隊の運用については、過不足なしに熟知していると言って良い人物。
むしろ指揮しなれている兵種のみに軍団を限定することで、将軍としての能力を十二分に引き出すことに成功していた。
能力を発揮している将軍と、攻撃にも防御にも隙がない魔導鎧の軍団の組み合わせ。
普通であれば、撃滅できない敵などいないに違いない、最強の布陣であるはず。
それにも関わらず、ドゥルバ将軍とその軍団は、戦線で帝国を打ち破ることができていない。
その理由は、帝国が新導入した、新兵器の所為だった。
「ドゥルバ将軍! 再び帝国の陣営から打ちあがってます!」
「再び補充されるというのか! あの爆発する『鳥』が!」
兵士の忠告を受け、ドゥルバ将軍は戦車の上から空を見上げる。
ドゥルバ将軍の視線の先には、空を埋め尽くす黒い影があった。
普通の戦場ならば、敵兵が空へと射上げた矢の群れかと思うところだが、この戦場では違う。
あの上空に漂う影全てが、ミリモスも経験した兵器である、魔導具の『鳥』を爆発物として改造した兵器だった。
「落ちてきました!」
「ええい、盾で防御しろ! 障壁の魔法を使っても構わん!」
上空から直滑降する『鳥』が向かう先は、ドゥルバ将軍を含む軍団の前衛。
魔導鎧の軍団の中で、大盾を持つ者が上空へと、その大盾を掲げる。
落下してきた鳥は、地面に、盾に、盾が展開した魔法障壁に当たり、その直後に大爆発を起こす。
「ぐうぅぅ。被害状況は!」
「ここまでと同じく、負傷者数はいません! しかし魔力切れで脱落するものが多数!」
「脱落した者たちを後送して休ませるのだ!」
「ダメです将軍! 未だに『鳥』が五月雨式に降って来ています!」
「ええい。『鳥』が降り止むまで耐える! その後に後送するのだ!」
魔導具の『鳥』がパラパラと落ちてくる様子を、ドゥルバ将軍は苦々しげに睨みつける。
ドゥルバ将軍と率いる軍団、そして帝国の軍勢との戦争は、序盤はドゥルバ将軍側が優位に進んでいた。
しかし、あの魔導具の『鳥』がドゥルバ将軍と魔導鎧部隊に有効だと気付かれてしまってからは、現状のような膠着状態が続いてしまっている。
「あの『鳥』の爆発力も、厭らしい。防御を止めれば被害が出るが、大盾の魔法障壁を展開して防ぎたいと思うほどには威力が足りんのだからな」
きっと防御を捨てて突撃すれば、大いに帝国の軍隊を後退させることが出来るだろう。
しかしそうするには、配下の兵士に多大な犠牲を払う必要がでてくる。
これが最終決戦ならいざ知らず、ドゥルバ将軍がいる場所は、帝国の本国から随分と離れている。
まだまだ帝国との戦争は続くのだ。一時的な優位を取るためだけに、こんな場所で無理な突撃などしてしまっては、兵力の浪費でしかない。
そうは分かっているものの、もしかしたら防御を捨てて突撃しても被害が少なく済むんじゃないかと思ってしまうぐらいに、『鳥』の爆発力が絶妙に控えめなのだ。
だからドゥルバ将軍は、この誘惑に乗るか否かで悩むことになる。
「一筋縄ではいかぬ相手であると理解していたが、この状況は想定外だ」
ギリギリと歯噛みしながら、ドゥルバ将軍は誘惑を振り切って、兵力の温存に終始する――いや、終始してしまう。
そうなってしまうには、ちゃんとした理由があった。
「ドゥルバ将軍。上空の『鳥』が引き始めました。帝国の陣営も、やや後方へと布陣し直すようです」
「やっとか。ではこちらは、空いた距離だけ前方へと進む。魔力切れで脱落した兵士たちの回収も行うぞ」
現状のように、『鳥』の爆撃を耐えていれば、少しだけではあるが、最終的に帝国の領土へと進み入ることができる。
兵力を損なうことなく敵地を切り取ることができるのは、兵法上では上首尾とされる。
その兵法に則れば、ドゥルバ将軍の選択は間違いではないと言えるだろう。
だからこそ、ドゥルバ将軍は味方の被害が出る覚悟をしてまで、帝国の陣営を打ち砕こうと思考することができない。
それこそドゥルバ将軍自身が、『鳥』を使う帝国の戦法が遅延戦術であると、大まかに見抜いているにも拘らず。
「今日もまた、少しだけ進めた。このまま行けばと思う一方で、別の手を考えねばとも思うのだが……」
しかし、現状の戦い方を続ける以外に、ドゥルバ将軍には良い戦法が思いつかない。
「ミリモス様であれば、奇想天外な手を思いつくか、味方の犠牲を少なくする方策でも立ててくださるのだろうが……」
ドゥルバ将軍は力押しが得意なだけあり、戦場に見合った搦め手を思いつくような柔軟な頭をしていない。そのことはミリモスも分かっているからこそ、魔導鎧の軍団と兵数二十万人という分かりやすい大戦力をドゥルバ将軍に預け、どんな相手であっても力押しで突破できる手筈を整えた。
だからこそ、力押しが実現できない現状を、ドゥルバ将軍が打開することが出来ないことは当たり前であるともいえた。
「まあ、よい。我らの役目は、二十万という大戦力を見せることで、帝国の視線を引き付けること。いわば囮なのだからな。ミリモス様やジャスケオス殿が戦線を食い破ることを期待しよう」
ドゥルバ将軍は自らの役割を再確認し、帝国の足止め策に付き合う気持ちを固めたのだった。