四百十九話 ハータウトの中央都の様子は
ハータウトの中央都付近には、夕日が沈み始める頃に着いた。
俺が懸念していた事――ガンテが率いるフェロニャの兵隊がいるかどうかを探って行く気になっていたのだけど、行動を移す前にフェロニャの兵隊がいることが分かってしまった。
「中央都の防衛に多くの兵士が居るな」
カリノが言っていたが、今は『ハータウトの中央都を守る兵はない』はず。
しかしハータウトの中央都の外壁の上には、いくつも篝火が焚かれ、巡回する兵士の姿もある。外壁の門の守りも、常に歩兵一小隊が張り付いている。
明らかに、多くの兵士が中央都を守っている。
カリノの言葉が嘘だったとも取れる光景だけど、それは違うだろうと様子を見ればわかる。
門を守る兵士に対して、門を出入りしようとする住民の態度がかなり余所余所しくて警戒度も高い。あたかも、知らない町に入ろうとする旅人のような雰囲気を出している。
通常、門を守る兵士と住民は顔見知りだ。住民が兵士に多少の気後れをすることはあっても、ああも気を張って通行する程にはならない。
つまるところ、住民が知らない者が門を兵士になっているということで――今の状況から考えると、ガンテが連れてきたフェロニャの兵隊だろうと予想がつく。
「あれがフェロニャの兵隊だとして、占領しているって感じじゃないから、単純に防衛目的で配置しているのかな?」
そう疑問を投げかけると、隣にいるファミリスが首を傾げる。
「もしそうだとすると、目的が不透明かと。中央都に防衛を置くのなら、その兵員をハータウトの軍勢に合流させた方が、こちらの軍勢に対する圧力になると思います」
「確かにそうだね。なら別の目的があるってことかな」
「考えられるのは、伏兵でしょうか」
「伏兵ね。まあ、そう考えるほうが自然だよね」
ノネッテ合州国の軍勢がハータウトの軍勢を蹴散らして、意気揚々と中央都へと近づく。そのとき、ガンテが伏せてあったフェロニャの兵隊を嗾ける。ノネッテ合州国の軍勢はハータウトには兵力は残っていないと浮かれ、突然の伏兵に即座の対応ができなくて手痛い打撃を受けることになるだろう。
そして伏兵を前提に考えると、いま目の前の中央都にいる兵士たちが兵員の全てではないはずだ。
あの人たちは、中央都が陥落する時間を先延ばしにするために、必要最低限の数で配置されているに過ぎない。
本命の、伏兵としてノネッテ合州国の軍勢に突撃する者たちは、きっと別の場所で待機しているんだろうな。
伏兵自体は悪い手じゃない。状況がいま想定した通りになったら、ノネッテ合州国の軍勢は大きな被害を受けただろう。それは俺が予定していた別動隊による中央都占領でも、効果を発揮したことだろう。
しかし、この戦法は、ノネッテ合州国の軍勢にカリノが負けてもいいという前提があって、初めて成立する。
つまりガンテは、カリノが戦争で負けたり最悪は死んでもいいと考えて、この作戦を実行しているということになる。
「いや、あの姉のことだから、そこまで深く考えていないんだろうなぁ……」
ガンテはカリノより悪賢い性格をしているけど、カリノと同じく戦争については素人同然だ。
だからガンテは、戦争に負けるとどういう事態になるかを、真に理解できていないんだろうな。
そう考えている俺だって、自国や自領を失うほどの敗けを喫したことはないから、戦争に負けた者の気持ちというものを真に理解できているとは思っていないしね。
ガンテの思考のことはともかくとして、ガンテ率いるフェロニャの兵隊が中央都にいるとなると、別動隊で中央都を占領するという方針は難しい。
「これは別の方針が必要だな」
中央都を別動隊で落とせないとなれば、ハータウトの軍隊を蹴散らした後で中央都にいるフェロニャの兵隊を打ち倒すことが、順当な手段になるだろう。
しかしその場合、俺はノネッテ合州国の軍勢に被害が出ることと、姉二人を失う覚悟が必要になる。
もちろん、俺が狙ってガンテとカリノを殺す気はない。
しかし戦場は不確定要素が強い空間で、俺がどう思おうと、敵の総指揮官という立場であるガンテとカリノが危険に晒されることは間違いないから、戦場の流れによっては死ぬことになる。
そういう覚悟を俺はしておくべきなのだけど、なんというか、気乗りしないんだよな。
身内だからと甘いことを思っているのか、それとも戦争に対する覚悟が全く無かったカリノの様子を見ての同情かは、自分自身のことながら判別が難しいけどね。
「さてさて、どうしたものかな……」
俺が悩みに沈んでいると、ファミリスが何の気なしにといった感じで意見を口にした。
「フェロニャの兵力は、全て伏兵に使っているんでしょうか」
「んー、どうだろう。ガンテの基本的な考え方はカリノと似ているから、全軍を連れてきている可能性は高いとおもうけど……」
戦争の素人でも、兵の数が多い方が戦争では有利になるという定石は知っているもの。それこそカリノですら、中央都に残すべき兵力すら引っ張ってきて、ノネッテ合州国の軍勢に当たろうとしたぐらいだしね。
だからガンテが伏兵で必勝を狙うのなら、フェロニャの兵力を全て使うだろうことは想像しやすい。
「んん? なんか似たような状況があったような?」
「いえ、考えるまでもなく、ハータウトの状況と同じでしょうに」
ファミリスの言葉に、俺はハッとさせられた。
そう、中央都に兵力がないのは確かだったんだ。ただし中央都は中央都でも、ハータウトではなくフェロニャの方がだ。
「なら別動隊の目標を、ハータウトの中央都からずらして、フェロニャの中央都にすればいいのか。問題は距離だけど……」
ハータウトの中央都に着くより、フェロニャの中央都に行く方が距離が長い。
その距離の分だけ、もっていく物資の量を増やす準備が必要になるし、長距離の行軍に慣れた者で編成する必要がでてくる。
「ともあれ、方針は立った。明日の会談で、カリノと話を詰めるとしよう」
「では、戻るのですね?」
ファミリスの確認の言葉に、俺はなにを問われたのかを一瞬間を置いて理解した。
「もしかして、俺たち二人で中央都を落とすべく来たと思っていたの?」
「我々二人なら、できないことはないのでは?」
ファミリスがなにを思って――いや、思い出して言っているのか、俺はピンときた。
「アンビトース国と戦争したときと今の状況は似通っているけど、後詰めの兵士の用意をしていないんだから、二人で占領は無理だって。仮に占領できたとして、帝国が再支配を狙って出張ってきたら、俺たち二人だけだと逃げざるを得なくなるし」
「それも、そうでしたね。この戦争は帝国との戦いであり、あくまでハータウトやフェロニャの占領は戦いの一部でしかなかったのでしたね」
ファミリスは納得した様子を見せた後、すっと乗馬のネロテオラを操ってノネッテ合州国の軍勢がいる方へと鼻先を向けさせた。
その仕草と態度は、明らか間違ったことの誤魔化しや照れ隠しだった。
失態に対するファミリスの態度と普段の様子とのギャップに、俺はつい忍び笑いをしてしまったのだった。