四百十六話 現状把握
帝国の軍勢が完全撤退したことで、五年の時を経て、ロッチャの地が俺の手の中に戻ってきた。
ノネッテ合州国の州に戻ったことに対して、ロッチャの民は素直に喜んでくれた。
理由は、帝国の支配下にあった時に民たちは、帝国に遣わされた統治者によって鉱物資源を大量に掘り出す事を強要されていたらしく、そのことに対して不満があったのだそうだ。
まあ、帝国は『鉄箱』なんて戦車まがいの兵器を作るために大量の鉄が必要になって、ロッチャの地から大量の鉄鉱石を掘り出したことは、疑いようないだろう。
そうした帝国の統治政策の拙さもあって、ノネッテ合州国がロッチャの地を治めることに反対するものは少ない。
反対する者は、せいぜいが帝国から来た商会や移住してきた人たちぐらいだ。
その商会にしても移住者にしても、希望する者は帝国に送り返す手筈をとったので、ノネッテ合州国の存在に反対する者はロッチャの地から一掃されることになった。
ロッチャの地は簡単に平定できたので、俺は各地の戦場の様子を収集することにした。
帝国の新兵器の数々に、各地の戦場に混乱が起こっていないか気になったからだ。
すると、まあ意外な報告がやってきた。
ドゥルバ将軍と配下の魔導鎧の大部隊は、元騎士国領土から帝国へと攻め入っている。
もともと激しい抵抗を見込まれた戦場だったのだけど、予想以上に苦戦しているらしい。
その理由は、俺も対峙した、あの帝国の『鉄箱』だ。
鉄箱が誇る鋼鉄の防御力は、ドゥルバ将軍と魔導鎧たちの打撃力を受け止められる。そして反撃にと『鉄箱』が繰り出す魔法攻撃は、魔導鎧に良く効いた。
いや、良く効くというのは、ちょっと言い過ぎか。
魔導鎧は鋼鉄の防具だ。帝国の魔法といえど一発二発食らったところで、ビクともしない設計になってはいる。
しかし魔法の集中攻撃を受けると、どうしても魔導鎧は緊急避難的に魔法の障壁を起動させるしか、確実な防御の手段がない。
そして魔法の所壁を使えば、魔導鎧を着た者の魔力が急速に失われてしまう。
魔力を失えば、装着者は魔導鎧を着続けることができなくなって、戦線離脱せざるを得なくなる。
こういう事情で、魔導鎧は『鉄箱』に対して相性が悪いと言えるわけだ。
魔導鎧が『鉄箱』に弱いことは帝国も見抜いたようで、日が経つ毎に戦場に『鉄箱』の数が増えているらしい。
『鉄箱』の構造から、新たに建造して投入したとは思えないから、他の戦場や予備戦力から抽出したものだろうな。
そうして『鉄箱』の数が増え続けた結果、ドゥルバ将軍の戦場は膠着状態に陥っているという。
これは俺に対する報告なので少し戦況を盛っていると考えられるから、実際のところは、多少劣勢といったところだろう。
次に、騎士国の騎士や兵士たちを主力にした、ジャスケオスの部隊。こちらはカヴァロ州から帝国に攻め入る、地図で言うと右上へと侵攻する戦力だ。
こちらは当初、快進撃で帝国の戦力を蹴散らしていったらしい。
しかしある地点から、帝国の戦力が増強されて、膠着状態になったようだ。
こちらの戦場では、時が経るに従って『鉄箱』の数が減り、その代わりのように帝国の兵士の人員が増えていっているようだ。
単純に考えると、消えた『鉄箱』はドゥルバ将軍がいる戦場に送られ、増えた人員はドゥルバ将軍がいる戦場から引っ張ってきたんだろうな。もしかしたら、ロッチャの地から撤退した軍勢も、ジャスケオスがいる戦場へと送られたのかもしれないな。
この戦力の融通は、とても戦略的だ。
騎士国の騎士や兵士は、それほど数がない。
だから帝国の兵士や魔法使いの数を揃えれば、拮抗状態を作り出すことは十二分に可能だ。帝国と騎士国が長年に渡って戦争を続けてきたんだから、騎士国の騎士や兵士たちと互角に戦う術は帝国に多大な方法が存在するだろうしね。
各地の戦場を鑑みるに、どうやら上手く事が運んだのは、俺が率いる軍勢だけのようだ。
そして、その上手く事が運んだことも、恐らくは帝国の筋書き通り。
三つある戦場のうち、二つで拮抗状態なことが、その証明だ。
だから、ここから先が帝国にとって戦争の本番といったところだろうな。
ここからは一層に気を引き締めないといけないな。
ロッチャの地を手に入れ、各線上の様子も掴んだので、俺は軍勢を次に向かわせる地を定めることにした。
行き先の候補は三つある。
一つは、元ノネッテ本国。
一つは、元ハータウト州。
一つは、帝国の本国方面の帝国領へ。
この戦争が始まる前、実はロッチャ地域を攻め落とした後は、帝国の本国へと進むことを予定していた。
少しでも早く帝国の本国を落として、この戦争を終わらせたいという気持ちがあったからだ。
当初の予定では、ジャスケオスが率いる騎士国の騎士と兵士がロッチャの地まで帝国の軍隊を撃退しながら進出し、俺の部隊と合流する。その後で、合同部隊を率いて帝国の本国へと突き進む気でいたわけだ。
しかしジャスケオスの部隊は足止めを食らっているため、この当初の方針を変えざるを得ない。
現状他の二つの戦場が膠着状態なのに、俺と俺の軍勢が突出してしまうと、三方から帝国の軍勢に包囲殲滅される可能性がでてくる。
事実いまでも、ロッチャ地域は上部を帝国領土に半包囲されている形。ノネッテ本国との間に山岳地帯がなければ、三方を包囲されていると表しなければいけないほどだしね。
だから、今すぐに帝国の本国を目指して進むという案は、却下せざるを得ない。
では、ジャスケオスの部隊と合流を目指して、元ノネッテ本国を攻め落として手に入れ、メンダシウムの地から帝国の軍隊の背後を脅かしてみようか。
これは一番手堅い戦法と言えるし、当初の予定を多少変えるだけで済む方法だ。
しかしこちらも、問題がある。
それはノネッテ本国の攻め難さだ。
ロッチャ地域からノネッテ本国に通じる道は、トンネルの一本道しかない。
もしもトンネルに罠が仕掛けられていて、トンネルが崩落でもしたら、一気に俺と俺の部隊は窮地に陥ることになってしまう。
ではトンネルを使わずに山岳地帯を越えれば良いのかというと、その場合は大軍を移動させるための時間が大量に必要になる。
それほどまで時間を掛けてしまうと、再び帝国にロッチャの地を奪還される可能性が高まる。
正直、ロッチャの地を失う危険を冒してまで、ノネッテ本国を取る必要があるかというと、それはとても疑わしい。
ジャスケオスの部隊は帝国の騎士と兵士。帝国との戦いに手こずっているとはいえ、時間をかければ打開する策を思いつく可能性が高い。
だから俺がノネッテ本国を手に入れてまで援軍を出さなくても、ジャスケオスがなんとかしてくれるに違いない。もし仮にジャスケオスが打開不可能と判断した場合でも、ジャスケオスなら騎士の一人に手紙を持たせて俺に伝達することだろう。騎士国の騎士なら、ノネッテ本国周辺にある山岳地帯の通過なんて、里山の登山と変わらないほどの難易度だろうしね。
最後に残った、元ハータウト州に攻め入る事について考えてみようか。
実を言うと、元ハータウト州に攻め入る価値は、さほどじゃない。
ハータウトの地を手に入れたとしても、続くのは元フェロニャ州という帝国の領土だし、帝国領土による包囲を解けるわけじゃないからね。
でも、ハータウトを攻める事自体と、ハータウトの領主を手に入れることが、俺の利点に繋がる可能性は高いんだよね。
ハータウトを攻めれば、必然的に帝国は守るための軍隊を組織しなければならない。その帝国の動きは、代償の差はあれど、必ず他の二つの戦場に影響を与える。その影響は、もしかしたらノネッテ合州国の軍勢の側に勝勢を呼び込むことに繋がるかもしれない。
そしてハータウトを統治しているのは、俺の姉であるガンテ――いやカリノだったか? まあ、どっちでもいい。
あの二人は、長年帝国に滞在していた。それも実質は人質といっても、他国からの賓客という扱いでだ。
賓客扱いされていたからには、多少なりとも帝国の貴族との人脈が存在しているはず。
その人脈から手に入れた情報の中に、俺の知らない情報があるかもしれない。
それこそ、この戦いの有利や勝敗に繋がるものだってあるかもしれないんだ。
そんな情報がない可能性の方が高いかもしれないけど、試してみる価値は十二分にあるはずだ。
以上の色々の考察の結果、俺は軍勢を向ける先を、元ハータウト州へと定めることにした。
さてさて、ハータウトの地を治めているのが、ガンテかカリノか、ちゃんと調べておくことにしよう。