四百十四話 帝国の鉄箱(せんしゃ)
帝国の鉄箱の一台に向かって近づいていくと、近づききる前に鉄箱から魔法が飛んできた。
鉄箱の外周に取り付けてある多数の魔導杖の先端から、それぞれ火や土系統の魔法が雨霰とやってくる。
一つの呪文で、発動可能なのは一つの魔法だけ。だから魔法使い一人だけで、これほどの量の魔法を一度に放つことはできない。
恐らくだけど、鉄箱一つに最低でも五人、多かったら十人は魔法使いが入っているかなと目算できる。
それにしても、魔法をひっきりなしに飛ばしてくる様子は――
「――『戦車』というよりかは『銃座』って感じだな!」
俺は乗馬の手綱を操り、体重移動も行って、迫ってくる魔法の数々を避けていく。
流石は帝国の軍隊が放つ魔法だ。一発一発が、地面に当たる度に大音声が鳴る。たぶん並みの兵士が受けたら、一発で確殺級の威力がある。
そんな威力の魔法をまともに受ける気はないので、俺は必死に乗馬を操って鉄箱に近づこうと試みる。
一方でファミリスはというと、手に持つ剣で飛んで来る魔法を斬り払いながら、鉄箱へと一直線に向かっている。
「この程度の攻撃で、止められると思うな!」
ファミリスは気炎を吐きながら、鉄箱へ最接近すると、剣を一閃させた。
ギャリギャリと金属が斬り裂かれる嫌な音が響き、鉄箱の一部に大きな切れ目が入る。
その切れ目から装甲厚を確認すると、およそ二センチほどの鉄板だった。
見事に装甲を斬り裂いたファミリスだったが、次に放たれた口調には悔しさが滲んでいた。
「装甲よりも、中身が見えないことが厄介です」
ファミリスの剣には、鉄の屑が散ってはいたが、血の色はない。鉄箱の中にいる魔法使いに、刃が届かなかったらしい。
確かに言われてみれば、あの鉄箱の中のどこに魔法使いが居るのか、外からでは確認がし辛い。
前世の戦車を例にとれば、恐らく採光窓やスリット状の覗き窓があるはず。
よくよく観察してみると、鉄箱の前面に一ヶ所、左右に一ヶ所ずつ、スリット窓が開いている。
「三か所だけか……」
俺が予想するに、鉄箱の中に魔法使いは五人から十人はいる。三か所のスリット窓に、それぞれ一人ずつ魔法使いが陣取っていると仮定しても、半分以上が窓以外の場所にいることになる。
いや、そもそもの話、あのスリット窓に取り付く意味は薄いんだよね。
俺があの鉄箱を使う指揮官なら、鉄箱の中の中央に魔法使いを固める。もしも鉄箱の装甲を切り裂かれても、中央部まで刃は届きにくいからね。
その際、あのスリット窓は標的の大体の場所を把握するために使う。
鉄箱から放つ魔法は、五月雨式の面制圧射撃だから、標的の大体の場所を爆撃すればいいので精密さは必要ないからね。
つまるところ鉄箱のなにが分かったかというと、鉄箱の中の魔法使いを倒そうとするのなら、鉄箱の中央まで刃を届かせなければ効果は薄いということ。
さて、どうやって鉄箱の中央まで剣の刃を届かせようか。
そう俺が考えに行きつく前に、ファミリスが行動していた。
「邪魔な装甲など!」
ファミリスは鉄箱に再び近づくと、剣の軌跡が三角形になるように腕を振るった。
鉄箱の装甲が歪に三角形に斬り裂かれ、斬り裂かれた場所が外装から脱落する。
落ちた装甲から鉄箱の中が伺えた。
俺が予想したように、魔法使いが十人ほど鉄箱の中央に身を寄せ合っていた。彼らの手元には、外装から伸びている管のようなものがある。きっとあの管は、魔法杖の柄なんだろうな。あの柄を握りながら呪文を唱えれば、鉄箱の外装にある魔導杖の先端部から魔法が飛ぶという仕組みのようだ。
鉄箱の中の魔法使いたちは、斬り裂かれた装甲から入ってきた陽光で目を細めている。どうやら鉄箱の中に光源は用意されていなかったようだ。
「こうまで中が見えれば!」
ファミリスが気合と共に剣を振るおうとした。
しかし腕の振りが加速する直前に、鉄箱とファミリスの間に半透明の壁が発生した。鉄箱の中の魔法使いが、障壁の魔法を使ったんだ。
「この程度の魔法の壁で!」
ファミリスは無理矢理に突破しようとしているけど、それは悪手だ。
「ファミリス、一旦引いて! 足を止めたら周りから攻撃されるぞ!」
ここまでの鉄箱との短い攻防の間に、他の鉄箱たちがこちらに近づいてきている。
ファミリスがここで目の前の鉄箱の中身を殺し尽くしてしまったら、周囲にある別の鉄箱の全てから魔法攻撃を受けることになる。『生きている味方』に被害が出ないとなれば、遠慮なしに攻撃してくるだろうからね。
そういった俺の予想を説明をする前に、ファミリスは素直に下がってくれた。しかし、こちらに放ってきた声は不満げだった。
「折角の機会だったというのに。これからどうするのです」
「そう不機嫌にならないでよ。ファミリスのお陰で鉄箱の中が見れたからね。攻略の方法は分かったよ」
「攻略法とは?」
「なにも鉄箱の中にいる人間を攻撃しなくたって、あの鉄箱を無力かすることはできるってこと」
俺は証拠を見せるため、装甲が斬り裂かれているものとは別の鉄箱へと向かう。
そして最接近すると、鉄箱の外に備えられた魔導杖の先端部へと剣を振るった。
装甲とは違い、魔法杖の耐久度は低かった。俺は神聖術を使って攻撃したけど、それこそ神聖術がなくたって剣で力一杯に殴りつければ壊れる脆さだった。
魔導杖の先端部を一つ潰した後、俺はこの鉄箱にまとわりつくように乗馬を操り、次々に剣で魔導杖の先端部を壊していく。
そうして粗方壊してから、離脱した。
逃げる俺に向かって、魔導杖の先端部の多くを壊された鉄箱から、反撃だとばかりに魔法が飛んできた。
しかしその数は、鉄箱の天井部に残った僅かな先端部からだけの、ほんの二発だけだった。
俺は楽々と魔法を回避すると、ファミリスの横に戻った。
「こうして魔法の発射部さえ潰せば、あれは無力な鉄の箱になる。後は放って置いても危険度はないでしょ」
「なるほど。人を殺すのではなく、武器を殺してしまえば良いということですね」
ファミリスは戦法を理解すると、早速行動を始めた。
すると俺が行った以上に、瞬く間に新たな鉄箱一つを無力化してしまった。しかも、攻撃し難い天井部すら、ネロテオラで上に乗り上がらせて踏みつぶさせるという荒業でこなしてしまった。
「時間は多少かかりますが、装甲を斬り裂くために力を入れる必要がないので、気楽でいいですね」
そんな感想を呟きながら、ファミリスは別の鉄箱を無力化していく。
俺もまた別の鉄箱へと向かい、魔導杖の先端部を狙って攻撃することにしたのだった。
あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします
新しい物語、始められたらいいなと、年頭の抱負で