四百十三話 新兵器
帝国の陣営後方へと向かっている間、俺は戦況の推移が好調なことに気を良くしていた。
帝国が行った戦法――矢面に立たせたロッチャ兵に『鳥』を使った爆撃を躱し、帝国の前線を突破した。
ここまで順調に進めているのだから、ついつい思い通りに事が運んでいると喜んでしまっても仕方がないというもんだろう。
けど、そう自覚したことで、逆に気を引き締めないといけないとと思い直した。
あまり調子に乗っていると足元をすくわれるのは、どこの世界であっても同じことだしね。
油断を消して前を向けば、あと少しで帝国陣営の後方が見えてきた。
「あと少し!」
と俺が気炎を吐いたとき、帝国の魔法使い部隊からの声が風に乗って切れ切れに聞こえてきた。
「――――――土を―――――大地に―――――咢へと――」
何かの呪文のようだけど、聞き覚えはない。
俺の知らない魔法のようだけど、漏れ聞こえてきた単語から、土系統の魔法だろうと当たりをつける。
土系統の魔法で攻撃するなら、基本的に石を作り出して飛ばす魔法が多く使われる。しかし石に関する魔法なら『大地』という呪文は入らない。
では大地に関係する魔法かつ、そして『咢』という言葉がはいる魔法はなにか。
順序立てて予想していき、もしかしてと、帝国が使おうとしている魔法に思い至った。
「ファミリス! 大きく跳躍しするよ!」
「? はい、構いませんよ」
俺が声をかけながら乗馬を大跳躍させると、ファミリスは困惑した様子ながらも従ってくれた。
俺とファミリスそして俺たちの乗馬たちが上空へと飛び上がって一秒後、唐突に俺たちがいた地面が陥没した。
いや陥没という表現は正しくないだろう。
なにせ空いた穴は、前世の機械でつくってもこうはならないだろうというほど、底が見えないほど深い上に形が綺麗な円柱状なっているんだから。
突如現れた直径十メートルはあろうかという円形の大穴に、ファミリスがギョッとした声を上げる。
「なんですか、アレは」
「落とし穴だよ。帝国が魔法で作ったんだ」
「落とし穴にしては、馬鹿げているほど大きいですが?」
「帝国の魔導杖は魔法の効果を倍増させる。特に三本がより合わさった型の杖は、その増加率が半端じゃなく高いんだ」
だから、こんなに大きな落とし穴を魔法一発で掘ることができる。
しかしながら、事前に予想出来ていたから俺とファミリスは回避出来たけど、知らずに落とし穴の魔法を食らっていたら穴の奥深くへ落ちることになっただろう。
そして、こんなに深い穴に落ちたのなら、普通は生きていられない。
「地味な見た目に反して、必殺級の威力か。えげつない」
俺はげんなりとしつつ、穴の外縁の地面に乗馬を着地させることに成功。ファミリスもネロテオラを着地させる。
「一気に魔法使いの部隊に近づくよ。こちらの本隊に落とし穴の魔法を使われたら、被害がどれだけ出るか分かったもんじゃない」
「分かっています。足を止めずに行きます」
俺とファミリスは、同時に鐙で乗馬を蹴りつけて増速させる。人馬一体の神聖術を使用しているため、その速度は放たれた弓矢を追い越すぐらいのスピードが出ている。
一気に増速した俺たちに対して、帝国の魔法使い部隊も手をこまねいたりはしていない。
数々の魔法が飛来して俺たちを足止めしようとし、そして俺たちの足元に大穴を開けて穴の底に落とそうとしてくる。
俺とファミリスは、迫りくる魔法を剣で両断しながら、出来るだけ真っ直ぐに突き進む。こちらの速度に対応しきれないのか、魔法で作られる大穴は、常に俺たちの後方で生まれている。
このまま行けば、帝国の魔法使い部隊に突撃できる。
そう思ったところで、帝国の陣営に動きがあった。
その動きを注視すると、なにやら大きな箱のような物体が動いていることに気付いた。
「なんだアレ。鉄の箱?」
それは長細い長方形の箱だった。その箱の中に十人ぐらいが入りそうな長大な見た目だ。
箱の下には隙間があり、馬の脚と車輪の下半分が覗いている。
さらによくよく見れば、箱の表面がデコボコしている。そのデコボコの正体は、表面にくっ付いた帝国の魔導杖の先端部分だった。
「大きな鉄の箱に、魔導杖の先端部――」
一見奇妙に見える形だけど、俺には既視感があった。
鉄の箱を車体、魔導杖を銃器に置き換えれば、帝国の鉄箱は粗末な見た目の『戦車』に見えなくもない。
俺は注意を促そうとファミリスに声をかけようとするが、ファミリスも帝国の鉄箱の正体を見抜いたらしい。
「移動式の魔法攻撃陣地を作ったとは、厄介ですね」
「鉄箱の中に隠れれば、一方的に魔法を撃ち放題だしね」
「一つだけならさほどではないでしょうが、帝国のことですから一つだけということはないでしょう」
ファミリスの予想が的中して、帝国の陣営後方から次々と鉄箱が進み出てきた。
数は二十。
あの鉄箱を戦車が二十台と置換して考えると、これはかなり絶望的な数字だと言える。
前世でも専用の携行火力がなければ、歩兵で戦車を相手にすることはできなかった。それにも関わらず、ノネッテ合州国の軍勢の多くは剣や槍で装備した兵士たちだ。剣や槍で戦車をどうやって倒せというんだって話だ。
「こっちの陣営の中で、アレに対抗できるのは、魔導鎧部隊や騎士国の騎士や兵士たちだけだよなぁ……」
魔導鎧部隊なら、近づいて持ち前の膂力任せに殴り付ければ、鉄の箱を壊すことはできるだろう。騎士国の騎士や兵士も、神聖術を使って斬り裂くことができるはず。
しかしその他の兵士たちだと、手も足も出ない相手だろう。
そして俺の部隊は、ドゥルバ将軍の部隊に魔導鎧の多くを、ジャスケオスの部隊に騎士国の戦力の殆どを融通した関係で、魔導鎧の数も騎士国の騎士や兵士の数もない。
つまるところ、俺とファミリスが主体となって、あの鉄箱を攻略しなきゃいけないわけだ。
まったく次から次へと、俺とファミリスがやらなければならない仕事が増えていくなぁ。
俺はうんざりとしかけるが、そんな気持ちを抱いても仕方がないと、帝国の鉄箱へと乗馬の鼻先を向けることにしたのだった。
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