四百九話 休戦終了
五年と区切った休戦期間が終わった。
この五年間、俺とノネッテ合州国は出来るだけのことをやり終えた。
あとは、この帝国との一戦で決着を付けるだけだ。
休戦期間が明けたその日の内に、俺は全軍へ進軍の命令を発した。
ノネッテ合州国から帝国への侵攻ルートは三つ設定し、それぞれから帝国領へ侵入する。
一つは、旧騎士国領土から帝国領へと横に侵攻するルート。軍勢の規模は二十万人。総指揮官はドゥルバ将軍。主力は第四世代型の魔導鎧を装備した部隊。国境を接する土地が広いことから、とてつもない激戦が予想される場所だ。
もう一つは、カヴァロ州から帝国領へ左斜め下から攻め入るルート。軍勢の規模は五万人。総指揮官は騎士王ジャスケオス。ジャスケオスが指揮することから分かるだろうけど、主力は騎士国の兵士や騎士たち。少数精鋭で帝国の土地を切り取ることが使命だ。
最後は、トンネルを通ってスポザート州へ、そこからアンビトース州に渡り、そこから帝国に支配されたロッチャ州へと進むルート。軍勢の規模は十万人。総指揮官は俺ことミリモス・ノネッテ。主力と呼べる部隊はないけど、満遍なく色々な兵種を取り揃えた部隊。ロッチャ州を攻め取ったら、二つ目のルートを通ってきたジャスケオスの軍勢と合流し、ハータウト州、フェロニャ州を奪取し、そのまま帝国の首都へと攻め入ることを目的としている。
このような三方向からの進軍だなんて、戦力の分散ではないかと危惧する者もいた。
確かに兵法に乗っ取れば、全戦力を一ヶ所に集中運用したほうが打撃力が高い。
それは事実だけど、ノネッテ合州国が帝国に明確に勝っている分かっている点は、国土の広さからくる人員の多さだけだ。
その利点を生かすには、分散侵攻ぐらいしか手段がないのが正直なところ。
つまるところ、こちらが分散して侵攻すると、帝国側も軍勢を分散して守るしかなくなる。仮に魔導技術に差があったとしても、人数差という力で良い戦いに持ち込める可能性がある。
もしも帝国が分散して守らない気だったのなら、もっと話は楽だ。敵がいないルートを掴んだ俺たちの軍勢のどれかが、帝国の奥深くまで無傷で侵入することができるんだしね。
ともあれ、俺は自分が指揮する軍勢とともに、スポザート州からアンビトース州へと渡った。
これからは、アンビトース州で休憩と軍勢の集結を行ってから、ロッチャ州へ侵攻することになる。
思い思いに休憩している軍勢の面々は、緊張感を保ちつつも、ちゃんと休憩できているようだ。
この一場面を切り抜けば、きっと俺の部隊に配置された者たちは幸運だろうな。
なにせ、他の二ルートを行ったノネッテ合州国の軍勢は、もう既に帝国との戦闘に突入しているはずだからね。
まあ、すぐに俺の部隊も戦争に突入するだろうから、速いか遅いかの程度の差でしかないけどね。
そんな感想を抱きつつ、俺は自分の横にいる人物に目を向ける。
「それで、なんでファミリスは俺についてきたんだ?」
呼びかけた名前の通りに、俺の隣にはファミリスがいる。
しかし、ファミリスが居ればその近くにあるはずの人物――パルベラの姿はない。
いま俺の近くに居ないという意味ではなく、この部隊の中にパルベラは存在していないという意味でだ。
今パルベラは、俺の息子たちと共にルーナッド州の城の中に居るはず。
ではパルベラと常に共にいたファミリスが、なぜ今は俺の隣に居るのか。
その理由について、ファミリスが口を開いた。
「この度の戦いは、大陸史上で最大の戦いとなるはず。その戦いでノネッテ合州国が負けてしまえば、以後パルベラ姫様の境遇は厳しいものになってしまいます。であれば、一時的に姫様の護衛を離れ、ノネッテ合州国の盟主である貴方を守ることこそが、私が行うべき役割であると感じたのです」
「確かに帝国に敗けたら、俺の妻であるパルベラは苦境に立たされることになるだろうけど。それなら別に俺の部隊じゃなくて、ジャスケオス殿が指揮する騎士国の騎士たちが集中する部隊でも良かったんじゃ?」
「姫様からのお願いです。ミリモスくんの身を守ってあげてと」
パルベラが俺の身を心配して、ファミリスを付けてくれたらしい。
そのこと自体はいいのだけど――
「――ファミリスは、これで良かったのか? パルベラの傍に居たかったんじゃないか? 子供たちもいることだし」
「姫様のお願いとあれば、否はありません。それに、私の代わりとなる騎士をジャスケオス様から派遣していただきましたので」
しれっと言い放ったファミリスだけど、俺には寝耳に水の話だった。
「騎士国の騎士は、今回の戦いで一等貴重な戦力だよ。一人でも多く戦場で活躍してもらいたいのに、パルベラの護衛で引き抜いたなんて」
「ご心配なく。その騎士とは、コンスタティナ様のことです」
「パルベラのお姉さん? ってことは、なるほどジャスケオス殿も愛する妻を、今回の戦場に連れて行きたくなかったってことか」
「大変な大喧嘩の末に、コンスタティナ様は受け入れたようですよ。一番の要因は、コンスタティナ様のお腹に御子が居ることですが」
「妊娠していたの!? そっちも初耳なんだけど!?」
「今回の戦争に参加するため、誰にも知らせていなかったようです。しかしジャスケオス様は見抜かれていたということです」
「それはお目出度いことだけど、妊婦が護衛って、良いの?」
「コンスタティナ様は妊娠しると分かって戦場に出ようとしていたのですよ。腹が膨れていようと、護衛の腕に衰えはないでしょう。といいますか、まだお腹がハッキリと大きくなる前ですから」
俺に模擬戦をいきなり申し込んで来たときから知ってはいたけど、相変わらずコンスタティナは女傑のようだ。
それにしても妊娠初期の状態を、ジャスケオスが見抜いたということが驚きだ。
聞く話によると、妊娠初期の段階では当の妊婦ですら妊娠したと自覚がないことが多いという。ましてや傍から見る立場の者の場合だと、妊娠初期の妊婦に起こる変化を見抜くだなんて真似は難しいはず。
現に俺なんて、医者の診断があってから初めて妻たちの妊娠に気付いたぐらい。
俺が殊更に鈍いのか、それともジャスケオスが敏過ぎるのか。
ともあれ、ファミリスが納得する結果でもって、パルベラの安全は確保されているらしい。
「総指揮官としての立場から言わせてもらうと、ファミリスの参戦は大変に有り難いから、歓迎するよ。使える手段が増えるからね」
「私の役目は、貴方の護衛。変に戦力に組み込まないで欲しいのですが」
「分かっているよ。でもそれって、俺が剣を持って戦う際には横に居てくれるってことでしょ?」
「……あまり無茶なことは止めて欲しいですね。戦場では不慮の死が有り触れているのですから」
「分かっているって。俺は総指揮官だからね、無暗矢鱈に前線には出ないよ。でも、どうしても俺やファミリスの力じゃないと打開できないと判断したときには、無茶するしかないってだけだ」
ファミリスから『本当だろうな』と疑いの目を向けられるが、俺は知らんぷりをすることにした。
正直、帝国の技術力が俺の予想を大幅に超えていたら、その無茶を戦争中ずっと押し通すことになりそうだと感じていたから。