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三十七話 串剣の威力

 狼の戦法を用いて、一日目、二日目と、ロッチャ国に兵士と物資の損失を作っていく。

 もちろん、いつも同じ場所を襲うわけじゃない。

 ロッチャ国の最前を新兵と熟練兵の部隊が共同で襲うと同時に、俊足部隊が敵の最後尾を叩いたりもするし、自軍総数三百人総出で横合いから突っ込んだりもする。一度襲ってから、少し時間を空けて二度目を行ったりもした。

 こうして手を変え場所を変えて、ロッチャ国の兵士たちに損害を与え続けた。

 そんな戦いの中で一番活躍しているのは、突き刺ししかできない青銅の魔導剣こと、串剣だった。


「ははっ! 敵の鉄の鎧が葉っぱ同然だ!」


 俺の横で戦う兵士が叫んだ通りに、串剣が敵兵の硬そうな鎧を貫通して致命傷を与えていた。

 敵兵から引き抜かれた串剣は、血に塗れた剣身の尖れた先っぽに魔法の輝きを薄っすらと灯している。

 その姿を見た他の敵兵が、周囲に声を放つ。


「クソっ。灯り持ちが来たぞ! 盾や鎧は役に立たない、武器で迎撃しろ!」


 『灯り持ち』と不思議な言葉が出たが、前後の状況を鑑みて、串剣持ちのことだと察した。

 バーベキュー串のような剣の先に、魔法の輝きが生まれている見た目は、松明を持っているように見えなくもない。


「面白い言い回しだな――っと」


 俺は帝国製の魔導剣で、一人二人と斬り裂いていく。

 ロッチャ国の兵士たちは、鎧の性能に防護を任せきった戦術しか学んでいない様子で、防御の技術が疎かだ。

 普通の武器が相手なら、あの鉄鎧は傷がつくぐらいで済んじゃうだろうから、本来なら強みを生かした戦法なはずなんだけど。


「魔導の武器を相手にするには、相性が悪すぎだね」


 相手への総評を呟きつつ、さらに三人斬る。俺の魔導剣の場合は、突きだけでなく斬り下ろしても鉄鎧を斬れてしまうので、さらにロッチャ国の兵士を相手にするのが楽だ。

 さて、ノネッテ国の兵士が突撃してから約五十秒が経った。


「撤退だ!」


 俺が指示すると、俊足部隊が逃げ始める。

 およそ百人が総出で一分間剣を振るって、殺せた人数は五十人ほど。怪我を負わせることが出来た数は、二百人近くといったところだろう。

 一度でこの成果は上々だが、こう何度も同じ戦法を続けていれば相手も慣れてくるもの。

 短時間の戦闘で引き上げ、罠を使って敵の追い打ちを防いでみても、こちら側にも被害を出してしまっている。

 いま俺と共に逃げている俊足部隊にも、相手の鈍器武器で腕や肩を壊されて重傷な兵士が五、六人はいる。三日間通してだと、怪我人は二十人、死者は八人出してしまっていた。

 アレクテムが守役として俺につけてくれた熟練兵でコレだ。新兵部隊と熟練兵部隊には、怪我人と死人がそれ以上の数でている。


 集結場所で、俺は無事な兵士を数えなおす。


「死者と怪我をした人を後送するとして、残る十全な状態の兵の数は全体で百五十人を割り込んでいるか。二分の一まで減らされているから、兵法上では撤退しなきゃいけないんだけどね」

「あと一日経てば、否応なく王城まで撤退せねばならぬのです。であれば、ここは怪我の程度が低い兵士も参加させて、もうひと踏ん張りですぞ!」


 それでも二百人に届くかどうかで、損害数は三分の一。やはり撤退を視野に入れるべき数なんだよなあ。


「……明日、もう一回だけ、戦闘しよう。その後、即座に王城まで撤退する」

「近隣の村々の住民と共に、引くわけですかな?」

「いや。今日後送する兵士たちに、先に村人たちに王城への退避を命じさせるよ。ノネッテ国の村人たちはいい人ばかりだから、逃げるぐらいなら民兵と化して戦うっていうだろうからさ。その命の使いどころは王城決戦で、って伝えるようにも言っておいて」

「かしこまりました。後送する人員には健全な者も入れねばなりませぬが、それは新兵が担ってよろしいですな?」

「当然だよ。こちらの戦い方に相手が慣れてきたから、新兵じゃ役に立たない。勘違いされない内に言っておくけど、ホネスたちのことを考えてのことじゃないからね」

「わかっております。これが最善だと、ワシも同意しますぞ」


 アレクテムが優しい顔をして言っているから、絶対に分かっていないと思うんだけどなあ。

 確かに、見知った人が死ぬのは嫌だと思う。この三日間で損害が一番大きかった新兵部隊に混ざって戦って、多少の怪我はあっても無事ですんでいる三人だから、その状態で王城まで引き返してもらいたいって気持ちもなくはない。

 けど、他の人に負担を押し付けてまで贔屓にする気は、本当にない。


「まあいいや。明日、撤退することは確実なんだ。そのための作業をしてから、就寝だ」

「物資はまとめて、持ち運びしやすいようにですな。ロッチャ国軍から奪ってきた酒が残っているようですが?」


 アレクテムの言葉の裏には、撤退の荷物になるという意味と、飲まなければもったいないという意味が込められていると理解した。


「明日戦いに参加する人にだけ、一杯ずつ許すよ。それぐらいの量はあったからね」

「了解ですぞ。では、それに見合った豪華な晩飯も作らねばなりませんな。撤退中は、良い物を食べる暇はありませんからな」

「わかった、わかった。好きにしてよ。ただし、撤退中の食料まで使わないようにね。あと歩哨を立てて、警戒は緩めないように」


 俺が許しを出したことで、この日の晩飯は控えめな宴となった。

 一足先にこの陣地から去っていった新兵と怪我人たちが知れば、どうして自分たちを参加させてくれなかったのかと文句を言ってくるだろうけど、それは明日にもう一度戦闘を行わなければいけない人たちの特権ということで。

 


 一晩英気を養った後に、ノネッテ国の兵士たちは串剣を携えて、ロッチャ国の兵士たちの列の側面――距離がかなり離れた場所まで静かに移動した。

 約二百人が総出で、森の中に罠を仕掛けていく。

 自然物を利用したものだけど、鎧相手に通用するだけの殺傷力を持たせたものばかりだ。

 しかしそれだけでは、短時間の作業では数は作れない。そのため、顔面にしなった枝がやってくるものとかの作成が簡単なものや、見せかけだけの糸のみにするとかして、とにかく数を増やす。これだけの罠の仕掛けが見える場所にきたら、どんな兵士でもつい足を止めてしまうもの。その止まった足の時間の分だけ、こちらは安全に逃げ切れる。

 こうして撤退用の仕掛けも施したところで、徐々にロッチャ国の兵士たちの列へ近づいていく。


 敵はこちらの戦法に慣れてきて、対策も立てている。

 隊列は当初の三列から五列の縦隊に。それだけではなく、列の横の離れた場所に歩哨を等間隔で立て、こちらをいち早く発見しようという試みまで行っている。

 ここまでは昨日にも見た工夫だが、さらにもう一工夫されていた。

 どういうことか、ロッチャ国の兵士たちは兜をつけて盾や武器を持ってはいても、鎧は脱いでいたのだ。

 外された鎧の行方はというと、輸送部隊に持たせているようだ。

 どうやら、鎧が串剣を防ぐ役に立たないと知って、重い鎧を脱いで身軽になり、こちらの速攻に対応するという、大胆な作戦のようだ。


 その敵の戦法を見て、俺はどうするべきか悩み、アレクテムを横に呼び寄せた。


「アレクテム、連中の姿を見たらわかると思うけど」

「狼の戦法に対応し、多少の犠牲を払おうと、こちらを殲滅する腹のようですな」

「やっぱり、敵の対応速度が速いと、その分だけこっちに被害が出ちゃうよね」


 この戦いが終わったところで、ノネッテ国が安泰になるわけではない。いたずらに兵数を減らすことは控えたい。


「被害は大して期待できないけど、猿の戦法に移すしかないんじゃないかな?」

「投石と魔法戦術ですな。相手が鎧を脱いでいるのですから、骨折程度の被害は与えられるかと」


 作戦はすぐに決まり、兵士たちに伝えられていく。

 その伝播が終わるまでの間、俺はアレクテムと小声で会話する。


「それにしても、まさか串剣を怖がって、鎧を脱いでくるとはね」

「相手に防御を捨てさせた事実もまた、串剣の威力ですな」

「こちらの武器で相手の動きを誘導する、ってやつだね」

「こちらが弓矢を持たば相手に盾を掲げさせ、こちらが馬を見せれば相手は槍衾の準備をする。さしずめ串剣は、相手の鎧を脱がすというわけですな」


 そんな小話をしている間に、兵士たちの準備が終わった。

 周辺から握りこぶし大の石を拾って周り、足元に積み上げている。


「それじゃあ――投石開始!」

「「「「「うりゃあああああああああ!」」」」」


 俺の大声の号令を受けて、兵士たちが投石を行う。

 山なりの軌道で飛んでいった石たちは、途中で木に当たったものはあったが、バラバラと少し遠くにいるロッチャ国の兵士の頭上へ落ちていった。

 おおよそ百を超える石の雨に、ロッチャ国の兵士は泡を食った様子だ。


「おげくっ――盾を掲げろ、その下に潜り込め!」

「おがっ――命令通りに兜はしてて、本当によかった!」


 ロッチャ国の兵士たちは、降ってくる石の対処を即座に始めた。

 どうやら、こちら側が使って来そうな戦法をあらかじめ予想し、その対策を伝えていたようだ。

 よく考えれば、ロッチャ国の兵士たちは鎧を脱いでいても、盾と兜は装備していた。あれらは投石に対する予防措置だったのだろう。

 その結果、こちらの投石戦術は、敵の太腿あたり青あざを作ることはできていたが、上半身への打撃や骨折までを与えるまでには至っていない。


「後悔先に立たずっていうけど――」


 ここで俺が魔法を使って攻撃したところで、大した被害は与えられない。

 それよりも、敵の後方部隊がこちらに進出している方を問題視するべきだ。


「――投石止め! 別動隊が近づてきている! 撤退!」


 俺の号令に部下の兵士たちは即応し、先ほど罠を張り回った地点へ向けて、一目散に逃げだす。

 俺とアレクテムもその後に続いて走り始めたところで、ロッチャ国の方から大声がやってきた。


「自分の名は、ドゥルバ・アダトム! ロッチャ国の総軍を任された大将である! そちら、ノネッテ国の軍隊とお見受けする! そちらの指揮官と、この場で一騎打ちを所望する次第である!」


 なにを言うのかと無視して逃げようとして、隣にいるアレクテムが急に立ち止まった。

 俺もつい足を止め、そして横のアレクテムを見やる。

 その顔は『策に乗せられてしまった!』という悔やんだ表情をしていた。


「どうしたんだ。逃げよう」

「できませぬ。一騎打ちの申し出から逃げたとあっては、騎士国がロッチャ国につく理由を与えてしまいますからな」

「……戦場の作法を無視することは、騎士国が出張ってくるほどの『悪い行い』ってことなのか」

「一騎打ちとは、国の威信を代表者が背負って戦うものですぞ。その戦いから逃げるということは、国の威信を背負う気概がない臆病者。そんな者を軍の代表につけるとは、正しい国ではないとされるのです。その性質上、本来は弱軍が強軍に対して状況を打破するための切り札なのですが」

「それが慣例なら、人数が多い方のロッチャ国側から提案があるなんて、考えもしないよね」


 こうなってしまえば、こちらの動きは制限されてしまう。


「代表者以外が逃げるのは良いの? 兵士たちは事情を知らないのか、逃げていっちゃっているけど?」

「構いませぬ。一騎打ちの作法は、双方が戦闘行為と進軍を止め、一騎打ちの申し出があった場所にて、両軍の代表者が戦うこと。他の者たちが全て自陣に引き返しても、代表者一名ずつが、この場にいればよいのですからな」

「ってことは、俺が残って戦えば、万事解決ってことだね」


 そう言って、俺がロッチャ国側へ歩き出そうとすると、アレクテムに止められた。


「お待ちくだされ。ワシはミリモス様の守役。代表として戦う権利を有しております。ここはワシに任せ、ミリモス様はお逃げ下され」

「じゃあ、お願いね――なんて俺が言うと思う? それに神聖術ありの条件なら、俺の方がもうアレクテムより強いんだよ?」

「ミリモス様は王子ですぞ。こんな場所で命を落とすようなことがあれば」

「それこそ、上に何人も兄姉がいるんだ。俺が死んだところで、大して国の状況は変わらないさ」


 俺は腰から剣を抜きつつ、アレクテムに微笑みかける。


「そうはいっても、死ぬ気はないからね。むしろ、この一騎打ちを勝ちに行く気だよ。だから心配しないで、アレクテムは先に逃げてなよ。王城での戦いになったら、指揮する人が必要だし」

「……はぁ~。ミリモス様は頑固ですな。ですが、ワシもこの場に残りますぞ。ミリモス様の雄姿を見届ける者が必要ですからな」


 アレクテムは呆れ顔から一転して、力強く顔を笑わせる。

 その顔つきは、死出の旅に同行しようとしているような感じがして嫌だなあ。

 本当に、俺は死ぬつもりはないんだから。

 でも、命がけの戦いでは何があるかわからない。

 この場で死んでしまったとき、後世にノネッテの王子が情けない死にざまだったと言われないように、最初の最初だけは威勢よく王子らしい口調で名乗りを上げることにしよう。


「返礼する。僕の名前は、ミリモス・ノネッテ! ノネッテ国の軍を束ねる元帥であると同時に、この名が表すようにノネッテ王家の王子の一人! ノネッテ国の威信を背負い、一騎打ちの申し込みを受けよう! さあ、尋常に勝負といこう!!」


 片手で一度振り上げた剣を振り下ろし、ぴたっと止める。剣の切っ先が、ロッチャ国側の代表だと名乗りを上げたドゥルバ・アダトムに向かうようにしてだ。

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