四百五話 情報統制
旧騎士国の領土の分割も終わり、いよいよ新体制でノネッテ合州国が動き始めた。
ここからの五年間によって、ノネッテ合州国と帝国のどちらが戦争に勝ち、大陸を統一するかが決まることになるだろう。
だからこそ時間を有効活用しないといけないわけだけど、俺がやることを変える必要はなさそうなんだよね。
戦争に勝つために必須な魔導技術。その研究開発は開発部にお任せ。
戦争で消耗した戦費や物資に兵士たちも、時間と共に回復できることは試算が出ている。
新兵の教練にしたって、それは軍の管轄だ。ドゥルバ将軍を領主に据えたことによる混乱はあるけど、それも五年も時間があれば、然るべき形に落ち着かせることができるものだ。
あとノネッテ合州国の各地にしたって、それぞれ州という形で独立性が高いため、俺の指示が必ずしも必要じゃない。
つらつらと、この五年の間でやるべきことを考えていったが、やっぱり俺の仕事は以前と大差ない形になるだろう。
そんな気持ちで執務室で仕事を行っていると、パルベラが部屋の中に入ってきた。
最近では、ファミリスが俺の子供たちの教育係を買って出てくれている関係で、パルベラも子供たちの世話に関わることが多い。だから、こうして執務室に入ってくるのは珍しいことだった。
「どうしたんだい。なにか子供たちに問題がでたの?」
俺の質問に、同じ部屋で執務をしているホネスとジヴェルデの作業の手が止まる。
パルベラとファミリスが世話をしているのは、なにも俺とパルベラとの子供だけじゃない。ホネスとジヴェルデの子供もだ。
だから、もしかしたら自分の子に悪い事が起きたんじゃないかと、そう考えて手が止まってしまったんだろう。
そんなホネスとジヴェルデの気持ちがわかっているのか、パルベラは朗らかに笑いながら首を横に振る。
「いいえ。子供たちは元気に過ごしています。少し元気があり過ぎるくらいです」
パルベラの言葉に、ホネスとジヴェルデは安堵した様子で息を吐き、執務作業に戻っていった。
「子供たちのことじゃないとしたら、どんな用事で?」
「それはミリモスくんの顔を見にきたんです――というのは、もちろん冗談です」
パルベラは自分の冗談でくすりと笑うと、本題を切り出してきた。
「実は、黒騎士たちから要望がきていまして」
「黒騎士から? 彼らは相変わらず、騎士王――じゃなくて、ジャスケオス殿の配下のままにしていたはずだけど?」
「はい。そのジャスケオス義兄様に任じられて、黒騎士たちは帝国の動向を探っていたそうなのです。帝国が研究している魔導技術の一端でも掴めれば、ミリモスくんの役に立つだろうと」
「それは有り難い。でも今回、黒騎士たちは要望を出してきたんだよね。ということは、帝国で情報を掴んだわけじゃないってことだよね?」
「それが黒騎士たちによると、彼らでは帝国の研究情報を掴むことが出来なくなったと言ってきているんです」
「黒騎士が情報を掴めない?」
それは、俺が考える限り、あり得ないことだった。
黒騎士は、気配を消す神聖術の達人だ。それこそ気配を悟られないままに、監視対象者の隣に居続けることができるほど、風景と同化することを可能としている。
だから黒騎士は、どのような場所でも入り込めるし、どんな場所でも人に存在を知られることがない。
だからこその黒騎士――騎士国の亡霊騎士だ。
そんな存在が、帝国の情報を掴むことを諦める。
これは異常事態といって良いほどの事だ。
「もしかして、帝国で黒騎士の存在を暴く魔法が開発されたのかな?」
「魔法ではないそうですが、何らかの装置で存在を見抜かれてしまうのだそうです」
「装置?」
「話を聞く限りでは、ある場所を通ろうとすると、けたたましい警報がなるような仕組みらしいのです」
「罠に引っかかったってこと?」
「現象を見ればその通りなのです。しかし黒騎士は任務上、罠に詳しいんです。そんな黒騎士でも、どこに罠があったのか分からなかったようなんです」
警報音だけとはいえ、侵入を周囲に知らされてしまっては、黒騎士たちは役目を果たせない。
黒騎士たちは気配を消すことに長けている反面、戦闘能力は普通の兵士と大差ない。
もちろん気配を消しながらの攻撃は、姿の見えない暗殺者に襲われるようなものなので、全く気を抜けないものではある。
しかしながら、もし俺が近くに黒騎士が居ると知ったら、周囲に爆炎の魔法を叩き込む。範囲攻撃で仕留められたら上等。もしダメでも、巻き上げた土埃の動きで、黒騎士の居場所をあぶり出すことができる。黒騎士は、あくまで気配を消しているだけ。黒騎士の当たって流れが変わる土埃の動きまでは制御できないものだからね。
ともあれ、黒騎士の最も強いアドバンテージは姿を認識できなくさせている点であり、その強みを警報で消されてしまっては、黒騎士で情報を探る意味がない。
それにしても、黒騎士でも見抜けない警報装置か。
ということは、鳴子のような紐や糸を利用した罠じゃない。そんな見て分かるものなら、黒騎士が見逃すはずがない。
ではなにかと考えるが、俺の発想力が乏しい頭では、前世で見たことがある人が近づくと反応する赤外線装置や感圧式の床ぐらいしか思い当たらなかった。
でも、ああいった機械的な感知装置なら、確かに黒騎士の気配を消す神聖術は効果がない。
気配を消す神聖術は、あくまで存在を認知されにくくするための術。機械による自動判別には対応できないものだからね。
「帝国の情報が掴めないことは分かった。それで黒騎士からの要望っていうのは?」
「任務に失敗したままではいられないと。名誉挽回に、ノネッテ合州国に入り込んでくる帝国からの間者の排除を任じてもらいたいと、そう言ってきているのです」
「なるほど。帝国からの情報がとれないのなら、帝国にノネッテ合州国の情報を渡さないようにして、情報戦で差がつくことを防ぎたいってことか」
転んでも多々では起きないあたり、流石は騎士国を情報によって裏で支え続けた黒騎士だな。
「わかった。その役目を任じることにするよ。ジャスケオス殿に手紙がいるかな?」
「ミリモスくんの命令書であれば、ジャスケオス義兄様も納得するはずですので、お願いします」
嬉しそうに言うパルベラを見るに、任務失敗で黒騎士が罰せられないことを喜んでいるようだ。
そのいじらしい可愛さに俺が微笑みを浮かべると、当のパルベラに見咎められてしまった。
「どうしてミリモスくんは笑っているんですか?」
「いやぁ――」
ここで俺は正直に理由を話すのもどうかと考えて、気まぐれに意地悪な言い方をすることにした。
「――妻からのお願いにしては、随分と味気ないお願いだなと思ってね。俺としては色気のあるお誘いでも良かったんだけど?」
俺の揶揄い言葉に、パルベラは意味を測りかねる顔の後で理由を察した様子に変わり、頬を赤くした。
「えっと、それでは、そのぉ……。今夜、ミリモスくんのお部屋に、お邪魔しても?」
子供を二人も作っているに、新婚当時と変わらずに恥ずかしそうにお願いを言うパルベラが、俺はとても愛しく感じた。
「うん、良いよ。子供たちが寝静まった後にね」
俺とパルベラが逢瀬の約束を結んだところで、横から強い視線を感じた。
横目で確認すると、ホネスとジヴェルデが恨めしそうな目つきをしている。
仕方がない。仕事の休憩時間になったら、二人の機嫌を取ることにしよう。