四百四話 旧騎士国領土の分割
帝国と休戦になって以降、俺はノネッテ合州国の代表者として忙しい日々を過ごすことになった。
まず最初に取り組んだのは、旧騎士国の領土を五つの州に分割することだった。
一つは騎士国の首都だった場所を中心とした、ムドウ・ベニオルナタル州。この州は、旧騎士国の左上四分の一を領土として設定し、領主を騎士王ジャスケオスに任じた。
「もっと領土は少なくても良かったのですが」
と少し渋られたものの、それ以外には問題もなくムドウ・ベニオルナタル州は定まった。
続いては旧騎士国の左下四分の一。海に浮かぶ離れ島を含むこの土地を、離れ島の名前であるフローインを州名と定めた。
この土地は、気温は温暖で海は穏やかだし、漁獲量も多くて畑の実りも豊か。
そんな黙っていても富が貯まる土地だからこそ、領主になりたがる人は多かった。
領主の選定には難儀したが、俺がジャスケオスに適任者を尋ね、彼から推薦された者を領主として置くことに決めた。
しかしながら、この土地は旧騎士国の領土の中で最も帝国と離れた場所であり、騎士国の首都に近い土地柄から、もっとも戦争に縁遠い地域だったという。そのためか、平和で治安が良い。それこそ騎士国が国体を失ったというのに、「へー、そうなんですか」とよく分かっていない反応を返す民ばかりだというのだから、土地の平和っぷりが分かる。
こうも平和な場所なので、武力的な面で五年後の帝国との決戦に役立つような部分は、とても期待できない。
穏やかで豊かな土地なので、保養所としては満点なんだけどね。
さて、旧騎士国の領土の右半分。帝国と国境で向かい合う土地。
この部分を上中下と三分割して、それぞれ別の州として設定した。
上から名前を、スプロ州、メズロ州、マルソプ州と決めた。それらの州がある場所に、もとは存在していた小国から名前を取ったんだけどね。
この三州の運営方針は、帝国の国境から見える動向の監視と、五年後の帝国との決戦ではノネッテ合州国の軍隊の中核を成す戦力の育成を目標と定めた。
そうして真っ先に帝国と戦う未来を定められた土地だからか、領主の成り手が現れなかった。
それぞれの州に存在する、滅びた小国の王族を擁立しようとしたのだけど、どの王家の生き残りも辞退を申し出るばかり。
まあ、帝国の脅威に怯えて、騎士国の庇護に入るために国を失う判断をした王の家族たちだ。帝国と正面切って戦う覚悟をしてまで、家の復権を望んだりはしないってことなんだろうな。
困った俺は、再びジャスケオスに相談した。
結果、スプロ州とメズロ州に騎士国の騎士の中で指揮に優れた者を二人選び、それぞれの州の領主として置くことになった。
その二人の騎士が領主になるにあたって、一つ条件を出してきた。
帝国との戦争が終わった後は、領主を辞めて一騎士に戻るというもの。
帝国との戦争が終われば領主になりたい者も現れるだろうからと、俺は騎士たちの条件を飲むことにした。
そしてマルソプ州の領主は、騎士国の騎士二人が領主になった兼ね合いもあり、ノネッテ合州国側からドゥルバ将軍を据えることにした。
「自分を領主にと?」
困惑顔のドゥルバ将軍の疑問に、俺は真面目な顔で頷く。
「五年後の帝国との決戦では、スプロ州、メズロ州、マルソプ州が先陣となって帝国を攻めることになる。他の二州は騎士国の騎士に任せることになったからには、ノネッテ合州国の方にも一州は担当しなければいけないことは分かるだろ?」
「騎士国出身の者たちだけに任せれば、それはノネッテ合州国と帝国との戦いではなく、騎士国と帝国の戦いの再演にしかならないというわけですな」
「俺としては、騎士国の二人よりも、ドゥルバ将軍を本命として帝国を攻めたいと考えているのさ。ああ、もちろんスプロ州とメズロ州へ軍隊戦力を出し控えする気はないよ。あくまで気持ちの話だから」
「分かっておりますとも。派閥に気を取られて悪戯に戦力を少なくするなど、戦争に負ける握手でしかありませんからな」
「そういう理由があって、ドゥルバ将軍をマルソプ州の領主にしたいってわけ。そして五年かけて、マルソプ州の兵士をノネッテ合州国随一の兵に仕立てて欲しいんだ」
俺がちゃんと理由を話すと、ドゥルバ将軍は納得の表情になった。
「了解です。領主の任、有り難く承ります」
ドゥルバ将軍が了承してくれたことで、これで旧騎士国の領土の分割にケリがついた。
これで急いで決めなければならないことは終わりだ。
あとはじっくりゆっくりと、五年かけて富国強兵に努めるだけだ。
もっとも俺は、ルーナッド州とノネッテ合州国の代表者を兼任しているので、執務で忙しくてゆっくりなんてしていられないんだけどね。