四百二話 帝国が考える未来
フンセロイアとは今まで何度となく会ってきたけど、今回は今までと少し対応を変えて面会することになった。
俺の方は護衛をズラズラと並べて、フンセロイア側は武装解除させて、それでようやく面会という段階になる。
こういう措置をする理由は、ノネッテ合州国と帝国とが戦争状態であることと、俺がノネッテ合州国の代表者になったこと――フンセロイアが刺客であったとしても俺を殺されないようにするためには必要な措置というわけだ。
そうした一種厳戒態勢な様相の中、俺とフンセロイアは顔を会わせた。
「こうして面会を叶えて下さり、ミリモス殿には感謝のしようもありません」
何時になくへりくだった態度を見て、俺はフンセロイアへの警戒感を一段上げることにした。
「お互いに何度となく顔を会わせてきた間柄です。いまさら畏まって挨拶する必要はないでしょう」
「いえいえ。一国の、しかも我が魔導帝国より領土だけは大きな国の王との面会です。敬意を払う態度で臨むべきでしょう」
殊勝なことを言っているけど、俺のことをミリモス『殿』と呼んだり、ノネッテ合州国を国土が大きい『だけ』と言ったりと、こちらに腹に一物を抱えていることを分からせるような発言をしている。
フンセロイアほどの交渉事に慣れている人物が、無意味にこちらの感情を逆なでするような発言はしないはず。
つまり、わざとこちらを怒らせるような発言を行うことは、フンセロイアの上司――帝国の帝王ないしは一等執政官を統括するような人物からの命令なんだろう。
どういう意図があるかは分からないけど、わざわざ思惑に乗る必要もない。
「それで、フンセロイア殿は、どのような用件でこちらに?」
「これからの魔導帝国とノネッテ合州国の関係をどうするべきかを、話し合いに来たのです」
「話し合い? 戦争状態は継続中だと認識しているけれど?」
「戦争中といっても、今は膠着状態。休戦するにも、戦争を継続するにも、判断するには良い時期という判断です」
戦争大好きな帝国が休戦を申し込もうとしていることに、俺は訝しんだ。
「立場を考えずに言うのなら、いまこそ帝国が戦争で勝利する好機のような気がしますけど?」
「ほほう。やはりミリモス殿は世界が見えているようですね」
フンセロイアは嬉しそうな表情を浮かべ、朗々と現状の解説を行い始める。
「ノネッテ合州国は大陸の四分の三を有する超大国へと成り上がりました。しかしながら内実は、急な国土拡大による弊害から、全国に意思を統一できているとは言い難い状態です。とくに昨今で吸収した旧騎士国の領地。あそこは細かい州に多数に分裂したため、それらの細かい州を統治する領主の選定に苦労しているとか。その全ての州が安定するのは、まあ一年や二年では治まらないでしょう」
「ノネッテ合州国の中に混乱があるからこそ、その混乱を突く形で動いた方が、帝国にとって利益があるように思いますけど?」
「確かに。いま魔導帝国の全勢力を結集すれば、ミリモス殿の居城まで一気に攻め込み、貴方の首を取ることは可能でしょう」
「回りに俺の護衛がいる中、俺を殺すと言い放つなんて。なかなか肝が据わった発言だ」
「いえいえ。大国の主が立場を忘れて魔導帝国の有利を説いてくれましたからね。このぐらいの返礼はするべきかと」
お互い様だと言いたげな態度の後で、フンセロイアの解説は続く。
「しかしながらミリモス殿は、ノネッテ本国が陥落したときに示されました。ノネッテ合州国においては、王の首を取ろうと、王都を奪い取ろうと、それがすなわち降伏には繋がらないことを」
「フッテーロ王が捕らえられた直後に、俺がノネッテ合州国の代表になること、このルーナッド州を合州国の中心と定めると宣言しことですか」
「その通り。そして国の代表者の首がすげ替え可能と分かったことで、魔導帝国の首脳陣は不安に思ったのですよ。不用意にミリモス殿の首を取れば、ノネッテ合州国が騎士国へと変貌してしまうのではないかと」
突飛な発想だ。
俺が理解しづらく思っている間にも、フンセロイアは説明が続く。
「ミリモス殿が死んだ後、ノネッテ合州国の次の代表者は誰になるでしょう。順当に考えれば、ノネッテ王族の誰かとなる。しかしノネッテ合州国に存在するノネッテ王族は、ミリモス殿を除けば二人だけ。一人はソレリーナ殿、もう一人はヴィシカ殿。しかし、そのどちらも次の代表として望ましいとは言えないでしょう」
「あの二人では、ノネッテ合州国を治められないとでも?」
「ソレリーナ殿においては、才能は申し分ないかと。しかし、帝国がルーナッド州まで攻め入る際、ソレリーナ殿がいるカヴァロ州は侵攻途中にあります。ソレリーナ殿の気性を考えたら、カヴァロ州が滅ぶのに自分だけ逃げ伸びようとするでしょうか」
「ソレリーナ姉上は旦那さんのことが一番だ。あの人が逃げると判断したなら、必ずついていくと思うけど?」
「もし逃げた場合でも、その時はソレリーナ殿は魔導帝国から逃げた領主という評判となります。そんな人物を、魔導帝国と戦争が続くであろう状況下で、ノネッテ合州国の代表者に据えようと思う人物が、どれだけいるでしょう」
そう説明を受けると、確かにソレリーナが帝国に俺が討たれた後にノネッテ合州国の代表者となるのは難しい気がしてきた。
「それで、ヴィシカ兄上の場合は?」
「あの方の場合は、もっと単純ですよ。ルーナッド州に攻め込む前に、アンビトース州を先に落とせば良い。そうすれば、ノネッテ合州国の代表者に成れるノネッテ王族の残りは居なくなりますので」
なるほど、帝国は良く考えている。
「帝国の実力をもってすれば、叶えられない未来ではないでしょう。しかし、この説明の主題は、ノネッテ王族の滅び方ではなく、ノネッテ合州国が騎士国に変化するかもしれないという点だったはずでは?」
「その通りです。ここから、仮にノネッテ王族が全て滅んだ場合、なにが起こるかという考察に入ります」
ここでフンセロイアは、指を三本立てて見せてきた。
「考えられる未来は三通り。一つはミリモス殿の子供が代表者となる。もう一つは戦争下ということで軍が一時的に国の代表者となる。最後に全ての州の合意の下で騎士王が代表者となる」
「俺の子供が代表者となるかもしれない点は分かる。いよいよ俺の命が危ないと思ったら、ファミリスがバルベラとバルベラの子供を連れて逃げるだろうからね」
「その未来となった場合、その子供の後見は、恐らく騎士王になるでしょう。それが一番、子供の身を安全にする方法ですので」
「軍が統治するのも分かる。戦争の継続は各州の協力が不可欠。その協力を無理矢理にでも引っ張りだすためにも、軍が領主の上の立場にいた方が都合がいい」
「そうした軍事政権下で力を持つのは、軍において要職に就く者。騎士国の騎士や騎士王などは、戦力の要の一つ。騎士国の代表者がかなりの発言力を有することになることは間違いないでしょう」
「しかし、各州の意思の下で騎士王がノネッテ合州国の代表になるという点は、よく分からないな」
「そんなに変なことはないはずですよ。魔導帝国に対するためには、ノネッテ合州国の代表者も強者でなければならない。ノネッテ王族がなくなった後、一番の強者が誰かと考えれば、自ずと答えは一つになるでしょう。そう、単体の戦闘能力では他の追随を許さない、騎士王こそが次の代表者に相応しいということになるはずです」
フンセロイアの意見は、至極もっともだった。
俺が死んでしまった場合、どの未来を選んでも、騎士王が一定以上の権力を握ることは間違いない。
そしてその権力を生かせば、ノネッテ合州国の代表者になることは難しくない。
「騎士王がノネッテ合州国の代表者になってしまったら、再び騎士国と帝国の戦争になってしまう。帝国側は、それが我慢ならない。だから、この時期に俺とフンセロイア殿が会見することになっていると?」
「もしそのようなことになったら、事態は先の戦争以前より悪化します。大陸の四分の三を持つ騎士国など、想像するだけでも悍ましいものですとも」
先の騎士国を追い詰める戦争は、ノネッテ合州国と帝国が共同して、どうにか騎士国を下すことができた。
だから、もし騎士王がノネッテ合州国の代表者となった場合だと、帝国が単独で騎士王を殺しに行かなくなる。
しかし現時点の帝国の戦力だと、先の戦争での帝国の戦功を考えれば、困難であることは間違いない。
なにせ戦争を手助けしてくれたノネッテ合州国の戦力は、そのまま騎士国の側へと移動してしまう形なのだから。
「そういう未来がこないよう、帝国はノネッテ合州国と休戦を結びたいと?」
「その通りです。ここでの休戦。お互いにとって利点が多い。ならば結ぶべきではありませんか?」
ノネッテ合州国と帝国とで休戦が結ばれた場合、どうなるのか。
休戦期間中、ノネッテ合州国では、各地の統治の強化を推し進めることになる。戦争で消費した物資の回復と、騎士国領土を割譲して作った州の統治機構の構築は、急務だからね。
一方で帝国は、俺を殺した後で騎士王がノネッテ合州国の代表者となっても良いよう、魔導技術を高めることだろう。問題なく騎士国の騎士が倒せるようにならないと、俺を殺したところで帝国は戦争に負けてしまうからだ。
なるほど確かに、ここで休戦を結ぶことは、互いの国にとってメリットが大きいな。
しかしながら、デメリットもあることに、俺は気付く。
俺の命と引き換えに戦争を継続すれば、騎士王が主体となってという但し書きがつくものの、帝国を撃ち滅ぼす可能性が見えてくる。
ノネッテ合州国が大陸統一を果たすためには、これが一番の近道なのは間違いない。
休戦を結ぶということは、この可能性を潰すということでもある。
ノネッテ合州国の事を第一に考えるのならば、休戦を結ばない方が、短期的な未来においては、有益に働くだろう。
そういう考察もできたが、俺は休戦を結ぶことを選ぶことに決めた。
勘違いしないで欲しいけど、俺自身の命を惜しんで、この選択をしたんじゃない。
休戦した後の未来は、俺の舵取りの仕方によって、現状以上に帝国に打ち勝てる可能性があると気付いたからだ。
「分かりました。ではノネッテ合州国と帝国は休戦しましょう」
「良かった。ミリモス殿なら、必ず休戦に応じてくださると確信しておりましたとも」
俺とフンセロイアは微笑を交換し合うと、休戦を結ぶための書類を作成するため、条件のすり合わせを行うことにした。