四百一話 安定化行動中
ソレリーナに援軍を送ってすぐに、帝国の領地を山脈沿いまで押し退かしたと報せがきた。
早々とした戦果に、俺はソレリーナの手腕に感嘆した。
「ソレリーナ姉上が王位についていたら、俺が元帥になることもなかったんだろうなぁ……」
ソレリーナが女王でフッテーロが宰相の世界線があったのなら、その世界での俺は魔法研究者になっただろう。そしてきっと、ノネッテ国は精々がロッチャ国を併合したぐらいで国土拡大は止まり、以後は平和で安定した状勢が続いたんだろうな。
ソレリーナは政治と戦争が上手でフッテーロは外交上手だ。なにかと帝国の思惑に乗ってしまいがちな俺とは違って、あの二人なら上手く戦争を回避して国を運営することなんて造作もないだろうしね。
そんな妄想はともかくとして、今はこの後のことについて考えなければいけない。
ノネッテ合州国は騎士国を併合したことで、大陸の四分の三を国土に持つ超大国になった。
それにも関わらず、ノネッテ合州国の主体だったノネッテ本国は、帝国によって武力制圧されてしまった状態だ。
早急にやらなければならないことは、ノネッテ本国に変わるノネッテ合州国の中心都市を設定すること。それも帝国の侵攻を警戒しながらだ。
国の中心が定まらなければ各州に不安が生まれるだろうし、その不安につけ込む形で帝国が動き出すかもしれないからだ。
いやむしろ、ノネッテ合州国が大陸の四分の三を支配する状況だからこそ、帝国はノネッテ合州国の安定が固まっていない間に多少でも優位を取り換えそうとするはず。
そんな帝国の動きを封じるためにも、ノネッテ合州国の中心都市をすぐにでも定める必要があるわけだ。
でも、中心都市を定めることだけなら、難しくはない。
なにせ、いまあるノネッテ合州国の殆どの土地は、俺が戦争で奪い取った場所だ。だから多くの土地では、俺こそが実効支配者だと考えている人が多くいる。
そういう背景があるからこそ、各州からの相談事が俺に舞い込んできていたわけだしね。
つまり俺が代理で代表者になると宣言しても、反対する州は少ないということだ。
正直言ってしまえば、俺は合州国の代表になりたいわけじゃない。
ルーナッド州とロッチャ州の二州だけで手一杯だったのに、全州の責任を負わなければいけない立場になるだなんて、考えるだけでげんなりしてしまう。
任せられる人がいるのなら、任せてしまいたい。
しかし任せられる人が居ないんだよね。
ノネッテ合州国の代表には、ノネッテ王族が適任だ。
そしてノネッテ合州国に残るノネッテ王族は、俺、ソレリーナ、ヴィシカの三人。俺たち三人の子供も一応条件には入るけど、どの子も大国の代表になるには幼過ぎるため除外する。
この三人の中で誰が代表として適任かを考えると、まずヴィシカが候補から外れる。
ヴィシカはアンビトース州から出たことがなく、他の州との代表と余り面識がない。今までノネッテ合州国の戦争に不参加。
これから帝国と事を構えなければならない状況で、顔もよく知らず、戦争の実力も分からない人物など、国の代表として据えようだなんて誰も思わない。
だからこそ、ヴィシカは候補から一番に外れることになる。
続いて、俺とソレリーナのどちらが代表に適しているかというと――いや、代表を回避する能力が優れているかというと、それはソレリーナの方だ。
ソレリーナは家を出奔してまで愛した男性と結婚するほどの、我が侭な女傑だ。つまり国のことよりも、自らの幸せのために行動する女性だといえる。
だから合州国の代表なんて重責は、夫婦の生活には必要ないと突っぱねることだろう、間違いなくね。
俺も代表なんてなりたくはないけど、俺とソレリーナが代表の席の押し付け合いを行えば、きっと俺が負ける。
なにせ、俺は他に代表者がいないのなら仕方がないと思ってしまうけど、ソレリーナの場合は自分優先でものを考えて持論を曲げたりしない。
そういう意識の差を考えれば、俺が押し切られてしまうことは既定路線と言える。
どうあっても俺が代表者になることが既定路線なのだから、ソレリーナと意味のない押し付け合いをする時間を生まないためにも、俺が自身で代表者になる事を宣言した方がいい。
押し付け合いをしている隙を、帝国がついてこないとも限らないんだしね。
そういう考えもあって俺は、ノネッテ本国が帝国によって占領されたこと、フッテーロ王が帝国に囚われてしまったこと、そして俺が次の王になることをノネッテ合州国の全土に伝えた。異議があるのなら申し出るようにと、注釈も付けて。
帝国の軍勢が攻めてこないように、国境に軍勢を配置して睨みを効かせながら、俺は各州からの反応を待つ。
しばし待ったが、どこの州からも反対意見は出ず、むしろ俺が次の王になることを喜ぶ声が次々と送られてきた。
ここまで手放しで喜ばれると、この声の半分ぐらいは、俺にヘソを曲げられて軍を差し向けられてはたまらないという、保身ありきのものじゃないかと疑ってしまうけどね。
ともあれ、大した混乱もなく、俺はノネッテ合州国の王様の座につくことになった。
新たな中央は、順当にルーナッド州に設定した。
俺が治める州だからもあるけど、ルーナッド州は帝国の領土に近すぎず遠い過ぎず、しかし帝国に動きがあれば即座に対応できる位置にある。だから帝国との間が落ち着くまでは、ルーナッド州が合州国の中央として適切だと判断したわけだ。
とりあえず大した混乱もないままに、ノネッテ合州国の代表の交替が終わった。
あとは帝国が本格的に動きださない間に、併合した騎士国の領土を小さい州へと分割する必要がある。
これは俺の思惑というより、騎士国側からの提案だった。
騎士国の領土の多くは、騎士国の庇護を求めた小国に応じて併合してきたもの。戦争に負けてノネッテ合州国の一州へと立場が下るのだから、併合してきた土地の管理をノネッテ合州国に移管したい、と申し出てきた。
色々と裏の思惑が考えられる提案だったけど、俺は提案を飲むことにした。
だって騎士国が抱える騎士や兵士の力は、今後の帝国との戦いでなくてはならないものだ。要望を叶えるという『貸し』を作ることで、騎士国の騎士や兵士の俺への印象が良くなるのなら安いものと言えるからな。
そうしたあれやこれやをやっている間に、あっというまに二十日の時間が経過していた。
その二十日の間、帝国は何度か軍隊を国境に集めて攻め入る姿勢を見せてきたが、結局のところは示威行為だけで攻めてくることはなかった。
俺は、帝国なら直ぐに戦争してくるだろうと予想していたので、示威行為だけの動きに不気味さを感じ取っていた。
その予感を確定するかのように、俺の元に報せが来た。
フンセロイアが面会を求めにやってきたという、報せがだ。