閑話 ミリモスの選択の後
ノネッテ合州国、ノネッテ本国の王城。
フッテーロ・ノネッテ王は、ノネッテ合州国軍からもたらされた戦況報告を受けて、安堵していた。
「そうか、騎士国の最終防衛地点を占拠したか。では騎士国の戦いは、こちら側の勝利で幕が下りそうだね」
「そのようです。とても結構なことです」
フッテーロ王の隣には、先代王から続けて宰相を担ってもらっているアヴコロ公爵が立っていた。
そのアヴコロ公爵はフッテーロ王の呟きに返答しつつ、戦争が勝利で終わりそうだと聞いて口の端に笑みが浮かばせている。
しかし、そんな嬉しそうな二人の様子をぶち壊すような報告が、玉座の間に入ってきた伝令からもたらされる。
「急報です! 帝国の一等執政官エゼクティボ・フンセロイア殿が、護衛の一団と共に国境を越え、こちらに向かってきているとのことです!」
「あの一等執政官が?」
フッテーロ王が疑問の声を上げると同時に、アヴコロ公爵の口から伝令へ質問が飛ぶ。
「あの方は戦場に行っていなかったのか。そもそも、なぜこんな時期に、こちらに足を運んで来るのか。その辺りのこと、説明は受けていないか?」
「説明は、戦争に関わる話をするとだけ。特に押し止める理由もなかったので、通すしかありませんでしたので……」
不可解な事態だったが、フッテーロ王とアヴコロ公爵はフンセロイアの一団の受け入れ準備を行うことにした。
報告から一日たって、玉座の間にはフッテーロ王とアヴコロ公爵、そしてフンセロイアの姿があった。もちろん、この三者だけでなく、彼らの護衛たちもこの場に入っている。
「お久しぶりに存じます、フッテーロ・ノネッテ王とアヴコロ公爵」
恭しく礼を取るフンセロイアの姿に、フッテーロ王は不審を感じ取たが、外面を整えたまま返礼する。
「お久しぶりですね、フンセロイア一等執政官。それで、我が国と帝国が共同戦線を張って戦争を行っている時期に、どのような用件でこちらまで?」
「いやいや。戦争を行っているといっても、もう決着が付いたも同然の状態です。戦争後のことについて話すには、良い時期ではないかと思う次第ですとも」
「決着がついた?」
フッテーロ王の疑問の声に、フンセロイアは口で笑みを作る。
「おや、どうやら情報が遅いようですね。つい先日、騎士国の王都をミリモス殿が占拠し、戦争は決着となっています。そして、ちょうど今日、ノネッテ合州国、魔導帝国、騎士国の間で、戦争で得たものの分配について話し合う会談が行われています」
「先日? 今日の予定? どうして、そんな情報が手元にあるのでしょう?」
フッテーロ王の疑問は、至極もっともなものだった。
ノネッテ本国からミリモスが戦っている戦場は、とても遠い。
この世界で急使の足として良く使われる馬を用い、戦場から本国まで情報を移送した場合でも、最短で十日は情報伝達に日数が掛かる。
その証拠に、昨日フッテーロ王が得た最新情報は、ノネッテ合州国の軍勢が騎士国の最終防衛地点を占拠したというもの。
騎士国の王都を占拠や、三国会談が行われるという報告は届いていない――というより、現時点で届くはずがないものだった。
だから常識的に考えると、フンセロイアがそういった情報を持っているということはあり得ないこと。
それが実際にあり得ていることに対して、フッテーロ王が疑念を抱いてしまうことは仕方のないことといえる。
しかしフンセロイアは、事実を事実のまま喋る者特有の、自信たっぷりの声で言う。
「我が魔導帝国には、ノネッテ合州国の知らない魔導技術が山とあります。こうして情報を素早く手に入れられることも、その技術の一端であると認識頂ければ」
フッテーロ王は、魔導帝国なら遠方の情報を瞬時に手に入れる方法があることはあり得ると納得し、話を元に戻すことにした。
「それで、戦後の話でしたか。ですがそれは、私たちが、この場で、話していいものでしょうか。実際、遠く騎士国の王都では、ミリモスがノネッテ合州国の代表者として、騎士国と帝国の代表と話し合っているはずです。この場で話して決めたことと、あちら側で話して決めたことが違っていた場合、要らぬ混乱を招くはずです」
「それは確かに。しかし、あちら側とこちら側の意見が一つになるよう考えることは、意味がないかもしれませんよ」
「意味がないはずがないでしょう。ノネッテ合州国としては、ミリモスに戦争の全権を持たせているんです。ミリモスの考えをないがしろにすることは、ノネッテ合州国の王という身分であっても出来ないことです」
だから、この場で取り決めを作ることは無駄だと、フッテーロ王は釘を差す。
しかしフンセロイアは、余裕ある微笑みを浮かべたままだ。
その態度にフッテーロ王が不審を感じていると、やおらフンセロイアが懐から円形の懐中時計を取り出して文字盤を見た。
「失礼。定期連絡の時間です。魔導具を機動しても?」
「武器でないのなら、構いません」
フッテーロ王が許可を出すと、フンセロイアは懐中時計の天辺にある撮み――竜頭を指で押し込んだ。
すると少しして、懐中時計から音が出てきた。
『ぶー……ぴー……ぶー……ぴー……』
濁った一音と甲高い一音が、一定間隔で繰り返し鳴っている。
その音が何度か繰り返されたところで、フンセロイアは竜頭をもう一度押し、懐中時計から発生する音を止めた。
「うーん。想像していた通りになりましたか。いやはやミリモス殿も、思い切りましたね。身内切りを迷いなく決断するだなんて」
心底残念そうなフンセロイアの呟き。
その言葉の中にあった不穏な言葉を、フッテーロ王とアヴコロ公爵は聞き咎めた。
「ミリモスが、なにを決断したというのです」
「身内切りと言いましたね。まさか――」
アヴコロ公爵が何かを感づいた様子を見て、フンセロイアは手振りで合図を行った。その途端、フンセロイアの護衛が抜剣し、ノネッテ合州国側の護衛に斬りかかる。
不意を突かれて、ノネッテ合州国側の護衛は抵抗らしい抵抗もなく全滅した。
死した護衛から流れた血が玉座の間の床を濡らし広げていく様子に、アヴコロ公爵はフッテーロ王を後ろ手にかばう。
「いきなり何をする! 予備の護衛、入ってこい!」
アヴコロ公爵の大声に、控えに間にいた護衛が急いで玉座の間に入ってくる。
しかし、その護衛の登場を狙いすまして、帝国側の護衛から魔法が放たれた。爆炎の魔法はノネッテ合州国側の護衛を飲み込み、全滅させる。
この帝国の凶行と呼べる行為は、どうやら玉座の間だけではないようで、扉の外からも剣と魔法で戦う音が聞こえてきた。
帝国側の突然の変様に、フッテーロ王は信じられない思いで一杯になっていた。
「なぜ急に、こんな真似を……」
愕然とした様子のフッテーロ王へ、フンセロイアは酷薄な笑みで理由を口にする。
「騎士国の王都での会談で、ミリモス殿が決断したのですよ。ノネッテ合州国は帝国に降伏する道は選ばないと。例え、ノネッテ本国、ロッチャ州、ハータウト州、フェロニャ州が帝国の手に落ちたとしてもとね」
「なぜそんな話がいきなり出て――そうか、先ほどの音か。あの音が、会談の様子を伝える役割だったのか」
「ご明察。といっても、このような小型の通信装置では、『成』『否』を伝える役目で精一杯なのですけれども」
フンセロイアは通信機能が組み込まれた懐中時計を胸元に仕舞いつつ、玉座の間で他に味方が居なくなったフッテーロ王とアヴコロ公爵に改めて顔を向ける。
「さて、抵抗は止めてください。それとノネッテ本国の民に、魔導帝国の支配を受け入れるよう通達をお願いします」
「……些細な抵抗をしたところで、状況をひっくり返すことは出来ないようですね。仕方ありません」
フッテーロ王は余計な血が流れるよりはと、帝国からの要望を受け入れ、王城ならびにノネッテ本国中に帝国への無条件降伏を通達したのだった。