三百九十八話 選択する
この会談でノネッテ合衆国が降伏拒否を行えば、帝国はノネッテ本国へ侵攻する。そして侵攻を許してしまえば、一日と経たずに本国は陥落してしまう。
かといって降伏すれば、ノネッテ合州国は帝国の一部となり、帝国は大陸を統一することになる。
ここで、俺が降伏拒否を行った後の選択は二つ、降伏した後の選択は三つある。
降伏拒否の後に取れる選択肢は、一時ノネッテ本国を奪われても直ぐに奪還に動き出すか、本国やロッチャ州を含んだ大陸右側の領地を放棄すること。
降伏した後の選択肢は、ノネッテ合州国の全ての土地の優位性を保つか、俺の領地であるロッチャ州とルーナッド州のみの優位性を確保するか、全ての立場を捨てて市井の存在になるかだ。
俺個人のことだけを考えるのなら、面倒な領主仕事からおさらばできる点を考えて、市井に下ることが一番楽だろう。
しかし、この選択をしてしまえば、残りの人生は帝国の監視付きで過ごすことになるのは間違いない。
なにせ占領した国で軍の最高責任者だった人物だ。野放しにすれば、反帝国の分子を吸収して反抗の切っ掛けになってしまうかもしれない。これは俺にそんな気が微塵もなくても、帝国のお偉いさんが気が気じゃなくなるという方向の話だ。
なら俺個人じゃなく、少し広く安全を考えた上で一番実現が可能そうなのは、俺と俺の領地を安堵してもらうことだ。
俺はフンセロイアに手柄を立てさせてきたとことで、フンセロイアと並々ならない縁がある。
いままでの俺の頑張りを対価にすれば、俺が帝国貴族になりロッチャ州とルーナッド州の土地の領主に据え置いてもらうことは可能なはずだ。
そして一番厳しい選択は、直ぐにノネッテ本国を奪還するように動くこと。
正直、騎士国との戦いで物資と人員を使い過ぎた。そして軍隊の多くが騎士国の領土内にいるため、移動に時間がかかってしまう。
こんな状況でノネッテ本国を奪い返そうと動けば、逆に帝国の反撃で全滅の憂き目に合うことが確定的だ。
そんな風に、取れる選択肢を一つ一つ考えていって、俺が選ぶことに決めたのはノネッテ本国を含む大陸右側にあるノネッテ合州国の領土を放棄する選択。
「腹を決めました。私は、帝国と争う道を選びます。ノネッテ本国ならびに帝国に近い土地は放棄しましょう」
俺が真っ直ぐ見つめながら宣言すると、アゥジーン総大将は敬意と納得が半々に混ざった表情をした。一方俺の視界の端にいるセープス一等執政官は、なぜか唖然とした表情になっているな。
ここでアゥジーン総大将は、俺を見つめ返しながら質問してきた。
「その選択でいいのであるか? 素直に降伏してくださるのならば、ミリモス殿は帝国にて伯爵の地位に着き、ルーナッドの土地を治める領主となることができる。その土地に住む者も二等民ではなく、ちゃんとした帝国民として扱われることは間違いないぞ」
「そういう部分を理解した上での判断です。このまま何事もなく降伏することは出来ません」
俺が素直な気持ちを言い返すと、今度はセープスが信じられないと言った口調で問いかけてきた。
「帝国と戦争することを選ぶなど、身の破滅を選ぶことと道義と分かっていないのですか? 帝国貴族になる道を捨て、戦争で負けて断頭台に乗ることを選ぶのですか?」
帝国が負けることなどあり得ないと言いたげな主張に、俺は薄笑いを返す。
「現時点でなら、ノネッテ合州国は帝国の武力の前には負けるでしょう。しかし、今後どうなるかは分かりませんよ」
「ふんっ。魔導鎧などという玩具に望みを持っているというのなら間抜けですよ。貴方が降伏を選ばないというのなら、魔導鎧の製造場所であるロッチャ州を奪取することも計画の一部なのですからね」
「そんなこと、分かってますよ。けど、ロッチャ州じゃないと魔導鎧が作れないというわけじゃない。研究資料は俺の元にある。それを使えば、別の場所で再現することは可能だ。現に、簡易魔導鎧に関しては、ロッチャ州とは別の場所で作らせているしね」
今回の騎士国との戦いでは、ロッチャ州は新型の魔導鎧の製造に注力してもらっていた。
その関係で、旧型と簡易の魔導鎧について、整備や更新の作業は別の場所――ルーナッド州で行った。
つまりルーナッド州の職人は、製造の前段階ぐらいまではノウハウが蓄積できているんだ。後はルーナッド州の俺の屋敷にある魔導鎧の研究資料を元に技術を進めれば、ルーナッド州での魔導鎧製造は可能になる。
だから殊更にロッチャ州に固執して、帝国への降伏を選ぶ必要性はかったりする。
「それにですよ。いま私たちがいる場所は、騎士国との戦争で得た土地をどう分配するかの話し合いの場。その場所で帝国は、卑怯にも嚮導したノネッテ合州国側を騙し討ちにする形で、降伏を求めてきた。こんな無礼な真似をしてきたからには、こちらは欠片たりとも騎士国の領地を帝国に渡さなくてよくなったわけですよね?」
俺の言葉に、セープスは訳が分からないという顔だ。
しかしアゥジーン総大将は、俺の言いたいことが分かったようで、唇を笑みの形に歪ませる。
「なるほど。こちらがノネッテ合州国の本国を攻めるというのであれば、ミリモス殿は軍を我らに向けて騎士国の領地から追い出すというわけであるな」
「はい。こちらは人数が減ったとはいえ、ノネッテ合州国と騎士国の全軍です。その戦力に、貴方達は耐えられますか?」
「ふむっ、難しい。これは尻尾を巻いて逃げるしかあるまいな。それこそ、騎士国の領土を諦めてな。ぐふふふふっ」
愉快そうに笑うアゥジーン総大将だが、セープスは事態を理解して顔色を真っ青にしている。
「わ、我々に剣を向けるというのですかぁ!? そそ、そんな真似をして御覧なさい! 帝国が黙ってはいませんよ!」
脅しにもなっていない言葉に、俺は目を細めながら口だけの笑みを返すことにした。
「なにを言っているんです? この会談が決裂すれば、帝国はノネッテ本国に攻め入るのでしょう? そんな事態になれば、ノネッテ合州国と帝国は戦争状態に突入ですよ? そうなったら貴方たちは、敵地の奥深くに入り込んだ敵対勢力だ。こちらが討伐しない理由など、欠片もないでしょう?」
俺が現状を正しく説明してやると、セープスの顔色が更に悪くなった。
きっとセープスの頭の中では、帝国がノネッテ本国を攻めるぞと脅せばノネッテ合州国が降伏すると思っていたんだろうな。
仮にノネッテ合州国が、大陸の三分の一を有さないほどの小国だったら、その選択はありだっただろう。
正直言って俺は、領土的野心も無ければ名誉欲もないし、領主仕事も可能なら他の者に任せて悠々自適の生活に浸っていたい。そんな生活の実現のため、帝国に下ることを選んでも良かった。
しかし現状、ノネッテ合州国はかなり多くの土地を持つ。
それも多くの領土は、俺が指揮した戦争で国を滅ぼして奪い取ってきた土地だ。
俺には奪い取った土地に暮らす人達に対して、ノネッテ合州国に土地を編入させた責任がある。
この会談で俺が自分本位の考えで降伏を選べば、多くのノネッテ合州国の民たちを帝国の二等市民に落とすことになる。
そんな無責任な真似、小心者の俺には選択できないってことだ。
要するに、帝国は俺の思考を読み違えたわけだ。
俺が小心者だとは分かっていただろうけど、領土と地位を約束すれば帝国に靡く小物だと考え違いを起こしたわけだ。
……いや待てよ。この場所にフンセロイアが出てこなかったことを鑑みると、一概にもそうは言えないのかもしれないな。
フンセロイアは俺が降伏を求められれば反発すると予想して、自分の安全を確保するために別の一等執政官を使いに出したんじゃないだろうか。
いやそもそも、ノネッテ本国を電撃的に侵略して占領するなんて案、用意周到なフンセロイアの考えには合わない。
もしもフンセロイアが主導するなら、戦争で負けた騎士国の領土を出来るだけ確保した後で、あの手この手でノネッテ合州国の国力を削ごうとしてくる方がしっくりくる。それこそ、帝国が大陸統一を果たすのが百年先でも構わないという戦略でだ。
そんな風に俺が思考を巡らしている間に、セープスとアゥジーン総大将は二人で内緒話をしていたようだ。そして二人の話し合いは決着がついたらしい。
「では、ノネッテ合州国は降伏せずと受け取り、我々は失礼させていただこう」
「失礼する! ほら、急いで逃げますよぉ!」
きちんと一礼してから去ろうとすアゥジーン総大将と、挨拶もそこそこに走って部屋を後にするセープスと彼らの護衛たち。
帝国側が全員部屋から去ったところで、ジャスケオスが微笑みながら俺に喋りかけてきた。
「では神聖騎士国の全土は、ノネッテ合州国に組み込まれたことになりました。帝国の兵士たちには、ご退場願いましょう」
「そうですね。でも一日だけ、追撃は控えましょう。全軍を挙げて追い出すには、準備が要ります」
「ノネッテ合州国の軍の準備が整うまで、我が配下を先鋒に使うのはどうでしょう?」
「騎士国の騎士を先に、帝国の追い立てに使うと?」
「もう彼らは神聖騎士国の騎士ではありません。ノネッテ合州国の、神聖術を使える騎士です」
ジャスケオスの言い分に、それは最もだと納得した。
そして俺は、まずは神聖術を使えて機動力が高い騎士たちに、帝国軍を領土から追い出す命令を与えたのだった。