三百九十七話 発言の真意
帝国側からの突然の宣言に、俺は面食らった。
強国ゆえの不遜といおうか傲慢といおうか、兎に角、この場の状況を考えての発言とは思えなかったからだ。
ちらりと横目で確認すると、騎士国の代表のジャスケオスは相変わらず微笑んでいた。
帝国側の発言に気分を悪くしていないのかなと観察していると、普通の微笑みよりも若干眉が寄っている気がするし、身体から発する威圧感も増している感じがある。
どうやら不躾な帝国の態度に、少なくとも不愉快さを感じているようである。
ジャスケオスとは打って変わって彼の隣にいるコンスタティナはというと、澄まし顔を頑張っているものの、その瞳には帝国側を射殺さんばかりの眼力を発している。これは相当怒っているな。
意味不明にも勝ち誇っている帝国側、困惑しきりのノネッテ合衆国側、静かに怒っている岸国側。
そんな三者三様な様相で、会談はいきなり暗礁に乗り上げている。
俺は話し合いもあったもんじゃないなと思いつつも、帝国側が勝ち誇っている理由が知りたくなったので、会談に流れを作ることにした。
「帝国側の主張は一度横において、先ずは各陣営の代表者の自己紹介から始めましょう。私はミリモス・ノネッテ。ノネッテ合衆国の王弟であり、今回の騎士国との戦争の最高指揮官です」
「では、ミリモス殿に習いましょう。こちらは神聖騎士国代表、騎士王ジャスケオス・シルムシュ・ムドウです。神聖騎士国はノネッテ合衆国に下ったため、王と呼称するには憚れるみですけれども」
俺とジャスケオスの自己紹介を終えると、帝国側から先ずは文官風の男が発言した。
「栄えある帝王様より一等執政官に任じて頂けた、セープス・セフィエッツと申します」
セープスと名乗った文官風の男は、一等執政官とのこと。
そう言われてみれば、フンセロイアと似た感じの服装をしている。
しかしフンセロイアと比べると、五十歳過ぎの痩せ型かつ薄い頭髪という風体に、長年使われてついた擦れが目立つ服も合わさり、なんというか食い詰め役人という呼称がピッタリという印象を持ってしまった。
もしかしたら一等執政官を騙っているんじゃないかとも考えたけど、帝国側の人員の様子を見ると不満や憤りを覚えてそうな人物はいない。
帝国の一等執政官は、帝国の帝王が任じている。仮にその身分を騙った場合、それはすなわち帝王の命令を偽造したと同じこと。純粋な帝国の民なら、一等執政官を騙るような人物には従わないはずだ。少なくとも俺が帝国人として良く知っている相手――フンセロイアなら、一等執政官を騙るような人物に出会ったら、手練手管の限りを使ってでも抹殺する気がするしね。
ともあれ、セープスが一等執政官の一人ということは間違いないだろう。
しかしそうなると、俺には疑問があった。
「一等執政官なら、フンセロイア殿が出張ってくると思っていたんだけど?」
この会談の場合、俺と長年の付き合いがあるフンセロイアが来る方が、スムーズに話が進みそうなもの。
それにも関わらず別の人物を寄こしてくるあたり、何らかの意図があるんじゃないかと疑ってしまう。
ああいや、意図は既に伝えられていたっけ。『ノネッテ合衆国と騎士国は帝国に下れ』っていう、世迷言や妄言の類のような提案があった。
俺が一人で自問自答していると、フンセロイアの名前を聞いたセープスが急に怒り始めた。
「帝国と騎士国の間にある問題は、このセープスが仕切りであると、十何年も前から決まっていたのです! あんな男の出る幕はないのですよ!」
フンセロイアを目の敵にするような発言を聞いて、俺はセープスとフンセロイアの間に諍いがあることを察した。
恐らくだけど、フンセロイアが追い落とした相手の一人が、このセープスなんじゃないかなとね。
まあ、セープスの背景はどうでもいいか。この会談に影響する部分じゃないだろうしね。
問題にするべきは、セープスの隣に座る、恰幅の良い軍人風の男性だ。
「それで、帝国のそちらの男性は紹介してくれないので?」
俺が水を向けると、セープスは顎をしゃくって、帝国軍人らしい人物に自己紹介するよう命令していた。
軍人風の男性は、あからさまに命令を不服という態度で、俺たちに向き直った。
「吾輩は、騎士国侵攻先遣隊の総大将、エンチゲーゲンダム・アゥジーンである。見知り置いてもらおう、ぐふふふっ」
自己紹介の最後に口の端を歪める笑みを浮かべていたけど、なかなかその笑顔が堂に入っている。その見た目だけなら、部下を使い潰しても何とも思ってなさそうな無能な軍人、という意味で。
しかし会談の最初、セープスが失礼千万な宣言をした際に頭を抱えていた点から察するに、その見た目とは裏腹に常識的な軍人ではありそうだった。
少なくとも、不用意な勝気な発言でノネッテ合衆国と帝国を敵に回そうとは考えていないだろうことは伺えた。
これは困ったときに話を向ける先は、セープスではなくアゥジーン総大将の方が良さそうだ。
「では自己紹介が互いに終わったところで、帝国側が行った発言の真意を問いかけても良いでしょうか?」
俺が話の水を向けると、セープスが調子に乗った態度で喋り始めた。
「我々が掴んだ情報によると、騎士国は敗け、ノネッテ合衆国に下るとか。間違いないでしょうか?」
俺とジャスケオスが頷くと、俺たちの返答を受けてセープスが続きを語り始める。
「であれば、既に騎士国はノネッテ合衆国の一部となったと、そう認識することは間違いではありませんね?」
変な確認事項に、俺は眉を寄せる。
「騎士国が降伏したからこそ、騎士国の土地をノネッテ合衆国と帝国で、どう分けるかを話し合う。それが、この会談の目的のはずだが?」
イラつきを込めて問いかけると、なぜかセープスが勝ち誇った顔をした。
「その認識が間違っていると言っているのですよ。騎士国に対する魔導帝国及びノネッテ合衆国の連合軍の戦争は終わり、続いて魔導帝国とノネッテ合衆国との戦争が始まっているのですからねえ」
宣戦布告とも取れる発言に、俺は目を細め、俺の護衛たちは腰の剣に手を伸ばす。帝国が戦争宣言をするのであれば、この場でセープスを殺してしまっても問題がない。
しかし一応念のため、俺からセープスに問いかけることにした。
「帝国はノネッテ合衆国と戦争をすると、そう受け取って構いませんか?」
返答次第ではすぐに殺そうと決意すると、この段になってセープスの顔色が青くなった。
今更ながらに、殺される危険があると理解したようだ。
「な、な、なにをする気か! こんな真似をするなんて、我が魔導帝国は許しませんからな!」
「許すもなにも、帝国はノネッテ合衆国と戦争を行うことは決定事項なのでしょう? なら文官一人の死が、戦争開始の合図になることだって既定路線でしょう?」
俺が酷薄に見えるであろう微笑みを作って問いかけると、セープスは震え上がって顔色をさらに悪くする。
ここでようやく、アゥジーン総大将がセープスを守ろうという態度になった。
「お互いに結論は待つべきであろう。単騎は損気というものだ。ぐふふふっ」
不敵に笑いながらも、アゥジーン総大将は視線を素早く左右に動かしていた。
どうやら会談場所から脱出する算段を脳内で組み立てているらしい。
正直言って、アゥジーン総大将とセープスが無事に脱出することは難しい。神聖術が使える俺とジャスケオスが共同したら、この場にいる帝国の人員を瞬く間に殲滅することは造作もないんだからね。
という事実はあるけど、無暗矢鱈に人死を出す気は、俺にはない。
いまこの場は、会談の場所であると、そう弁えているしね。
「では改めて問います。帝国側から、ノネッテ合衆国と騎士国に対して、降伏しろと要望がありました。さもなければノネッテ合衆国と戦争も辞さないとも。これらはどういう意図なので?」
返答次第では血を見ることになるぞと態度で脅すと、アゥジーン総大将はセープスに小声で何かしら呟いて黙らせてから、こちらに向き直った。
「ぐふふっ。では、現状認識のすり合わせといこうではないか」
アゥジーン総大将は不敵に笑うと、今回の戦争の始まりから順に語り始めた。
概要のみの端折った内容だけど、戦争の事の起こりと終結まで分かりやすい説明だった。
「――となり、騎士国はノネッテ合衆国に降伏した。ここまでは良いであろう?」
「間違いはないですね。それで、どうしてそこから、帝国がノネッテ合衆国に戦争を布告する流れになるので?」
俺の疑問に対し、アゥジーン総大将は『待った』とばかりに手のひらを向けてきた。
「その点に、誤解がある。魔導帝国側は、無意味にノネッテ合衆国と戦いたいわけではないのだ。ただし、現時点でノネッテ合衆国が帝国の下につくと宣言した方が。ノネッテ合衆国に被害が及ばない唯一の方法であると、そう教授したいだけなのだよ」
「……失礼ですけど、説明の過程を一つか二つ飛ばしていませんか?」
「ふむっ、では説明を付け足そう。もしも提案を蹴った場合、魔導帝国はノネッテ合衆国に対して宣戦を布告する。しかも、宣言と同時にノネッテ合衆国の本国へと攻め入り、王都を一日で陥落させる用意が存在するのである」
なるほど。ノネッテ合衆国の本国と帝国領土は隣接している。つまりは、簡単に軍を送り込める立地をしていた。
「ノネッテ合衆国の本国への電撃侵攻で、戦争の早期決着を目指すわけか。でも、そんな簡単にいく者でしょうかね?」
「とぼけないで頂きたい。ノネッテ合衆国の軍勢の多くは騎士国との戦争で使い、現状多くの部隊が騎士国領土に入っていることは確認済みである。さてさて、魔導帝国がノネッテ合衆国の本国に侵攻する際、どれだけの人数を用意できますかな?」
「騎士国との戦争に大部隊を使っているのは、帝国も同じでは?」
「ぐふふふふっ。常に余力は残しておくもの。そも、今回の戦いでノネッテ合衆国に多くの負担を求めたのは、騎士国との戦争が終わった後でノネッテ合衆国へも攻め込む用意を残す意味もあったのだからな」
チッ。帝国は、今回の戦争の中で二重三重に策を巡らせていたらしい。
そして、どうやら俺は間抜けにも、その策にどっぷりとハマってしまっているらしい。
これは困ったことになった。
俺は打開策を考えるべく、頭をフル回転させながら、会談を続けることを決意した。