三百九十六話 一騎討が終わり
一騎討の勝敗は、引き分けという形で終わった。
とはいえ個人的な意見で勝敗を言うなら、ジャスケオスは無傷で、俺は左腕が半分まで断たれて全身に小さな斬り傷が多数あるため、俺の敗けじゃないかなと思う。
もしもジャスケオスの方から引き分けを提案されず、あの状態から戦いが続行していたら、俺の勝ち目はゼロだっただろう。
だって、俺の左腕は使い物にならないし、剣も砕けてしまっている。短剣一本と効果の薄い魔法を駆使したところで、どう頑張ってもジャスケオスとまともに戦うことすらできずに負けるはずだ。
そんな状況にも関わらず、ジャスケオスが引き分けを提案したのには、ちゃんと目論見があってのことだと俺は分かっている。
その目論見を看破する一助となったのは、広場の周囲を囲む野次馬の姿だった。
「いやー、凄い戦いだったな。それに騎士王様と、あれほど長く戦えていた人物は、そういないぞ」
「騎士王様に一撃を入れそうになっていたんだ。五指に入る強さなんじゃないか?」
「というか、あの青年は誰だ?」
「そこに居た見慣れない兵士に聞いたよ。あの人はノネッテ合州国の王弟で、軍の最高責任者なんだと」
「戦争相手の親玉が、なんで王都で騎士王様と戦っていたんだ?」
野次馬から伝え聞こえてくる声からすると、彼らは俺の実力をある程度認めつつも、俺の正体と状況に関して疑問を抱いているようだ。
まあ、敵の親玉が王都で一騎討をしているだなんて、普通はあり得ないよな。
そんな感想を抱きつつ、俺は戦いの興奮が抜けて痛みが出始めた左腕の治療に移ることにした。
治療といっても、まともな治療器具はない。単に左腕のあたりを紐で縛って止血し、深々と刻まれた傷口に水筒にある飲み水をぶっ掛ける。水が傷に浸透して激痛が走るが、我慢して洗い流す。
そんな応急手当をしていると、広場の外周で観戦していたノネッテ合州国の兵士の中から数人が、俺に駆け寄ってきた。
「ミリモス様。けがの治療をします」
「うわっ。左前腕の尺骨までぱっくりいっている。傷口を縫うだけじゃなくて、斬れた骨の断面を合わせるように包帯をきつく巻いて固定しないと」
どうやら応急手当の心得のある衛生兵だったようだ。
彼らは俺の怪我の具合を見ると、俺に手拭いを差し出して口で噛むようにと要望してきた。
「傷口に蒸留酒を掛け、それから縫います。激痛が走りますけど、出来るだけ動かないで」
俺が頷きながら丸めた手拭いを口で噛むと、衛生兵は遠慮なしに斬り傷を指でこじ開け、そこに蒸留酒をドバドバと掛けた。
水よりも刺激の強いアルコールを傷口に受けた衝撃で、俺の体が独りでに力が入って硬直する。
その硬直が抜ける前に、蒸留酒を掛けた針と糸が出てきて、その針が俺の肌に突き刺さった。
「うぐぎッ!」
「動かないで! おい、腕を捕まえて押えろ!」
「ミリモス様。御免なさい!」
俺が動かないように、数人かかりで体と腕を掴まれた。
その後で腕を縫っている衛生兵は、すいすいと針を動かして縫合を進めていく。
そして傷口を全て縫い終わったところで、俺が肘を縛っていた紐を衛生兵によって抜き取られた。左前腕の血行が戻り、塗られた傷口から血がジワリと出てくる。
衛生兵は、その染み出てくる血を押し止めるように、緑色のワセリン状の軟膏を傷口に塗りたくっていく。
薬効成分が入っているんだろう、じんわりと傷口に染み入る感触がある。
「防腐作用のある薬草の軟膏です。あとは腕が動かないよう包帯を巻きます。今後、腕の骨がくっつくまで、左前腕を捻るような動きは控えて」
防腐の薬――傷口が腐らないための薬という意味なら、前世風に言い換えるなら、抗菌や化膿止めの薬効となるだろうか。
でも、この世界の薬って、化学的に薬効が確認されたものじゃなく、経験則から来るタイプの薬だから、効き目があるか怪しんだよな。
治療してもらったことに安心せず、俺の方でも傷が悪化しないよう気を付けておこう。
そんなことを考えている間に、俺の全身にある小さな傷にも、衛生兵の手によって軟膏が塗られていた。
こうして俺の治療が一通り終わったところで、治療の邪魔になるからと離れていたジャスケオスが改めて近寄ってきた。
「ミリモス殿。傷がある場所に神聖術をかけ続けると、治りが速くなりますよ。常日頃、寝ているときも行ってみてください」
「流石に寝ている間もできるほど、神聖術を修めてませんよ。でも、出来る限り神聖術は使っておきます」
怪我をしているのは左前腕なので、左腕だけに神聖術を掛けておけばいいな。
早速左腕だけ神聖術を発動しながら、俺はジャスケオスに顔を向ける。
「それで、一騎討は引き分けになりました。この場合、どうする気でいたので?」
「事前に通告していた通り、神聖騎士国はノネッテ合州国に降伏します。降伏の条件は、追々詰めて行けばよいでしょう。騎士王という最高単体戦力と引き分けた者に降るのですから、騎士国の民だけでなく兵士や騎士も納得して配下へ下るはずですから」
ジャスケオスの微笑みながらの言葉に、俺は薄々感づいていたことが本当だったのだと理解した。
「この一騎討は、俺の実力を知らしめて、騎士国の人たちに降伏への納得を促すためだったと」
「その通りです。ですが貴方が予想よりも弱かった場合は、遠慮なく叩き潰させていただき、有利な条件での降伏をする気でいました。それこそ、民と兵士や騎士の誰もが仕方ないと納得するような条件でです」
「俺の実力は、騎士国すべての人の目に適ったと?」
「はい。当初の予定では、こちらが辛勝という形にしようと考えていました。それが引き分けに持ち込まれたのです。ミリモス殿は誇って良いです」
「こちらからすると、オマケで引き分けにしてくれた感じが強いんだけれどなぁ……」
俺が愚痴りながら肩をすくめると、ジャスケオスは微笑みを少し強める。
「さてさて、広場に集まった者たちに説明しないといけません」
ジャスケオスは微笑み顔のまま、周囲へと大声を放つ。
それは騎士国がノネッテ合州国に降伏し、ノネッテ合衆国の一部になるという宣言だった。
ジャスケオスの宣言の後、ノネッテ合衆国の軍隊は騎士国の王都を占領し、騎士国を下して支配したという証明をした。
騎士国王都の陥落は、すぐに騎士国の軍隊に伝えられたんだろう、三日後には騎士国の軍勢が王都の広場に集結していた。
激しく帝国軍と戦ったのだろう、騎士も兵士も煤けた姿をしている。顔つきも敗国の軍勢らしく、悲壮な色が伺えた。
疲れ果てている軍勢の元にジャスケオスが現れ、軍勢の一人一人に短くながらも声をかけていっている。
そんな光景を、俺は王城の一室から眺めていた。
「これで戦争は終わり。あとは帝国と、騎士国の領土について話し合うだけ」
今回の戦争は、帝国とノネッテ合衆国との共同作戦だ。
だから戦争で得た利益は、両国で分けないといけない。
しかしながら、この戦争でノネッテ合衆国の軍勢は、帝国の軍勢に比べて、かなりの働きをしていると自負している。
戦争の序盤戦では騎士国の軍勢と斬り結び、中盤では騎士国の最終防衛地点を占拠し、終盤では俺が一騎討をして軍勢が王都を占領している。
一方で帝国は、序盤は騎士国の領土に侵攻して最終防衛地点を目指していたけど、中盤以降は騎士国の軍勢に足止めされて動けずにいた。
ハッキリ言って、ノネッテ合衆国の軍勢の方が働いている。ここは活躍に見合うだけの分け前を、分捕る必要がある。
そんな決意を固めてから十日ほど経って、帝国の先遣隊が騎士国の王都にやってきた。
この先遣隊には、俺と騎士国の領土の分配について話す者がいる。
「帝国と交渉か。流石に戦場にまでフンセロイアは来ていないだろうから、その点だけは気が楽だな」
俺は愚痴を零しつつ、左腕が動かせないから、配下の兵に手伝ってもらって礼服に着替える。
その後で整えられた会談場所にて、俺と十人ほどの護衛、ジャスケオスとコンスタティナ、帝国の先遣隊が一同に会することになった。
では会談を行おうとすると、早速帝国の側が言葉を放ってきた。
「戦争、お疲れ様でした。しかして、ここで宣言をしましょう! 騎士国およびノネッテ合衆国は、我が帝国に下るべきであると!」
唐突に言い放った文官っぽい人物のドヤ顔と、その横で頭を抱えている軍属っぽい人の対比が、なぜか印象的に映ったのだった。