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三百九十四話 騎士王の剣技

 ジャスケオスとの一騎討が始まった当初、ジャスケオスの戦い方はファミリスと同じなんじゃないかという印象を抱いた。

 なぜなら、一騎討が始まったのにも関わらず、その場から動こうとしないからだ。

 ファミリスも、俺と訓練をするとき、その場から動かないまま相手にすることが多い。

 だから、ジャスケオスと剣を交える時、ファミリスと戦っていたときのように行動すれば良いんじゃないかという印象を、俺は抱いたわけだ。


 しかし相対して様子見を十秒続けてみて、俺が抱いた最初の印象は間違いであると気付いた。

 ファミリスが俺と訓練する際、ファミリスが場所を動かずに相手してくれているのは、俺へのハンデの面が強かった。

 つまり立ち止まって攻防する戦い方は、ファミリス本来のものとは違っているということ。

 一方でジャスケオスはというと、十秒しか観察していないにも関わらず、その短い時間でわかるほどに構え方が様になっている。それこそ、立ち止まっての攻防――いや、相手が攻めかかかってきた際に即座に反撃を叩き込む戦い方が、身に染み付くほどに熟練していることが分かる。


 恐らくジャスケオスの実力は、俺が体験したことのあるファミリスの実力より、数段高いだろう。

 ただでさえ俺の勝ち目は低かったのに、ジャスケオスの実力の高さと待ち主体の戦い方のせいで、さらに低くなった。

 なぜなら俺の戦い方は、相手の隙や死角を突くことに特化している。特に実力差が上の相手の場合は、顕著に隙や死角を生み出しながら戦っている。

 しかしジャスケオスのように待ちの戦法が相手だと、自然とできる隙や死角があまりないし、こちらが隙や死角を作ろうと動いても冷静に対処されてしまう可能性が高い。

 つまり、ジャスケオスは俺と相性が悪い相手だ。

 

 どうしたものかと悩むが、ジャスケオスの実力は間違いなく俺より上だ。

 少しでも勝ち目を上げるためには、俺の方から積極的に動いて勝機を見出さないといけない。

 そうしない限り、俺に待っているのは敗北だけだ。


「ふー……。まずは、小手調べといこうか」


 俺は大きく後ろへと跳び退きつつ、左手を前に出し、口の中で素早く呪文を唱える。


「――烈火の殻を纏い、内に破裂の風を孕み、飛べよ火球。エウスタウ・スペレリカ!」


 呪文が完成し、火球が俺の掌の先に出現する。その火球はすぐさま発射され、ジャスケオスの元へと突き進む。

 火球が当たれば爆発が起き、その爆発によってジャスケオスの待ちの体勢が少しは崩れるはず。

 そう期待しての魔法行使だったのだけど、火球はジャスケオスの剣の一振りで、呆気なく斬り捨てられて、掻き消えてしまった。


 ジャスケオスは、それで終わりかと問いたげな微笑みを見せてくる。

 うん。やっぱり魔法は、神聖術が使える相手には効果が薄い。

 分かっていて確認のために使った火球だけど、ここまで効果がないと落ち込んでしまいそうになる。

 だが、俺がジャスケオスに通用しそうな手札は限られているんだ。少ない勝ち目を拾うためにも、ここは俺が考えついた戦い方を押し付ける。


「――水よ現れよ、支流を辿り、大河のうねりをここに。顕現させるは人を押し流す奔流。アルビオーネイン・プローヴィシア!」


 今度は水の魔法。俺の掌の先から大量の水が出現し、ジャスケオスへと向かう。

 大量とはいっても、俺たちがいる場所は広場だ。

 自然と水は俺から放射状へ伸びていき、ジャスケオスに到達する頃には、踝までしか水位のない波のような状態になってしまう。

 まったく攻撃としては役に立っていない魔法だったけど、これでいい。

 なにせ、広場の地面を濡らすことが、俺の目的だったのだから。


「さてさて――」


 俺は数歩前に進みながら、足元の調子を確認する。

 広場は石畳とコンクリートっぽい建材で敷設されている。そして俺の水の魔法によって、その地面は塗れている。

 俺が歩いた感触だと、石畳のところは滑りやすく、コンクリートっぽい場所は滑りにくい状態だ。

 こうして滑りやすい場所と滑りにくい場所が混在すると、歩を進めるのに気を使わざるを得なくなる。

 まあ、こんな地面を濡らすなんて真似は小細工でしかない。

 けれど、こんな手段をとらないといけないぐらいに、俺とジャスケオスの実力には埋めがたい差があるんだから仕方がない。


「――あとは全力で!」


 俺は神聖術を全開にして、ジャスケオスに突っ込む。

 走り寄りながら、俺は地面のどういう場所が滑り易く、どこが滑りにくいかを、視界と感触を合わせて体感で収得していく。

 そうして集めた地面の具合の傾向を積み重ねて、ジャスケオスの元に近づいた頃には、過不足なく走ることが可能になっていた。


「たああああああああ!」


 気合と共に、俺は剣を一閃させる。狙いはジャスケオスの顔面。剣で受けるにしても、上半身を仰け反らせるにしても、塗れた石畳の上で体勢を崩す効果が期待しての一撃だった。

 しかしジャスケオスは、俺の攻撃を受け止めたり、仰け反って避けたりはしなかった。

 ジャスケオスは自身の剣を、迫る俺の剣の横に沿わせるように配置した。すると、どういうわけか俺の剣の軌道がズレ、ジャスケオスに当たらない軌道に変わった。

 それだけじゃない、俺が振るった剣の軌道を逆になぞるように、ジャスケオスの剣が俺に迫ってきた。

 防御が直接攻撃に転じるジャスケオスの剣技。

 俺は予想外の一撃に驚きに体が固まる前に、急いで足を一歩横にズラす。

 塗れた石畳を踏んで足が横滑りし、俺の驚きで硬くなった体が体勢不安定で仰け反る形になり、眼前をジャスケオスの剣が通り過ぎていった。

 俺は攻撃を避けきったと確信したところで、身の強張りがとれた。急いで足をコンクリート部に踏みなおし、滑らない地面を生かして横に強く跳んで退避する。

 上手くジャスケオスの剣の間合いの外まで逃れられたとろで、九死に一生を得たと安堵しつつ、剣を構え直した。


 ジャスケオスの剣技は『待ちが主体』だと分かっていたけど、まさか攻防一体――いや防御が先だから、防攻一体の戦い方だとは思ってもいなかった。

 上手く滑る地面を利用して回避できたからよかったものの、もし普通の地面だったなら今の一撃で勝負が決まっていた。

 俺が内心で冷や汗を滝のように書いている一方で、ジャスケオスは微笑みを少し深めていた。


「今の一撃を初見で回避した相手は久々です。そして虚を突かれたのにもかかわらず、わざと体勢を崩してでも避けきった人に限っては、貴方が初めてではないでしょうか」


 ジャスケオスの口振りは、必殺の一撃を避けられて悔しそうな、しかしそれを面白がっているような不思議な声色をしていた。

 一方で俺は、ジャスケオスの剣技が予想以上に高いことに、薄い勝ち目が更に薄くなったと心で嘆いていた。


 だって仕方がないだろう。

 剣で対抗するにはジャスケオスの腕前が上過ぎるし、魔法は神聖術に対抗されて効かないし、神聖術の出力だって俺の方が負けている。

 そんな状態で俺が勝つには、ジャスケオスの意表を付いた上で、何かしらの一手が更に必要になってくる。

 そこまで出来そうな手段、今の俺にはパッとは思いつかない。

 だから、ここで俺が取れる選択は二つだけ。


 一つは、勝ち目なしと諦めてしまう。

 この一騎討に負けたところで、騎士国がノネッテ合州国に降伏することは決定事項だ。

 一騎討の敗北で多少降伏条件に譲歩が必要になるだろうけど、必要経費だと諦めはつく。

 

 もう一つは、どうにか手段が考えつくまで、戦いを粘ること。

 考え付くかの確証はないし、立てた思い付きを実行する際には危険が伴う。

 仮に思い付きを実行して勝てたところで、その苦労に見合うだけの降伏条件を騎士国から引き出せるかといえば怪しいもの。

 正直、苦労と報酬が見合わないと言って良い選択だろう。


 賢く選択するなら、諦め一択だろうな。

 でも、まだほとんど何もしていない内に諦めてしまうほど、俺は素直な性格をしていない。


「どうにかこうにか、やってみせるしかないか」


 まずは、ジャスケオスの剣技に慣れるところから始めよう。

 俺は少しずつジャスケオスに近づき、そして攻撃する。

 ジャスケオスから来る鋭い反撃を必死に避ける。避けきったところで、もう一度攻撃し、反撃をうける。

 避けて攻撃、反撃を避けて、攻撃して反撃が来て避けて、攻撃反撃避け。

 繰り返し、繰り返し、攻防を続ける。

 必死に必死を重ねる中、攻撃と回避で息が弾み、思考が酸欠で鈍くなっていく。

 呼吸の荒さと思考の鈍麻によって、決定的かつ致命的な隙を晒す前に、一度退避して息を入れ直す。

 少し整ったところで、もう一度、攻撃反撃避けの攻防へと戻っていく。

 この攻防の果てに、俺がジャスケオスに勝つ手段が見つかると信じながら。



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