三百九十三話 騎士国王都の広場にて
俺とジャスケオスの一騎討は、王城前にある広場で行われることになった。
騎士国の王城前にある広場は、恐らく軍勢を整列させて民に披露するために作られたようで、かなり広い作りになっている。目算で、おおよそ半径百メートルの半円状といったところだな。
広場の地面は石畳をコンクリートらしき物で固めてあるようで、硬質の踏みごたえをしている。
その広場の中央部で、俺はジャスケオスと向き合った。
向かい合った途端に、ジャスケオスは微笑みながら話しかけてきた。
「ここが一番、王都の中で広く、一騎討に過不足ない場所であると思っています。ミリモス・ノネッテ殿が気に入らないというのでしたら、違う場所を見繕いますよ?」
「いいえ、ここでいいですよ。日頃ファミリスと訓練している場所は、ここよりもずっと狭いですしね」
「それは良かった。お互いに不満のない場所なら、心置きなく戦えるというものです」
二人で会話をしていると、俺たちの一騎討の噂が王都に流れたのか、時間を置くごとに広場の外周に野次馬が増え始めた。
視線を向けると、王都民らしき私服姿の人たちや、警邏らしき軽鎧姿の者もいる。王都の外に置いてきたはずの、ノネッテ合州国の兵士が紛れ込んでいるのも見つけた。
このまま広場に人が集まると、戦う場所が狭くなりそうだ。
俺は、そんな危惧をしていたんだけど、王都民たちは広場の外周より内側に入ってこようとしない。どんなに集まった人数が多くなり、外周部でぎゅうぎゅう詰めになっていたとしても。むしろ、外周より内側に入るまいとするかのように、最前列の野次馬は後ろへと体重をかけて踏みとどまっている様子だ。
他の場所では見ない不思議な光景を眺めていると、ジャスケオスの微笑ましそうな響きが混じった声がした。
「王都の民は、騎士同士の一騎討を見慣れています。あれより内側に入ると、命の保証ができないことを、よく分かっているのです」
「民が対応になれるほど、頻繁に一騎討をするんですか?」
「神聖騎士国の騎士には、それぞれ自己の『正しさ』を持っています。それは時に衝突してしまいます。その『正しさ』の違いが、万言を費やしても歩み寄りが出来なかった場合、一騎討の勝敗によって譲歩ができるようになります」
「……勝敗で物事を決めるって、言葉面だけだと、蛮族の風習だと勘違いしそうですね」
「人間は、知性という薄皮を剥けば、野の獣と変わりません。だからこそ、人間らしさを保つために『正しさ』が必要なのです。そう思っているからこそ、神聖騎士国は『正しさ』を国是として掲げているのです」
人が人たるためには正しさが必要。
その意見自体には、俺も賛成する。
しかし、騎士国が判断する正しさが、全てにおいて正しいとは違うことを、俺は知っている。
「知性が人たる必須要項だというのなら、魔導技術は認めて欲しかったですね。あれこそ人々が面々と紡ぎ研鑽して育ててきた、知性の塊のような技術なんですし」
「魔導技術が知性による産物だということは、神聖騎士国でも認めていますよ。ただ、将来にその技術が終えると理解しているからこそ、魔導技術のみに傾倒せずに、他の技術も育てておくべきなのです。人間は片足では立ち続けていられません」
「魔導技術が終わる日が来るとしても、その日までに培ってきた魔導技術が他の技術に応用されることもあるはずです。その終わる日よりかなり前で、魔導技術の発展を止めてしまう方が損失がデカいと思いますけど?」
話し合いが、魔導技術に対する言い合いに変わっていた。
ジャスケオスは、廃れる技術なら早めに捨てて、育つ望みのある技術に力を入れるべきだと主張。
俺は、将来廃れるにしても廃れる前までは技術を積み上げておくべきだと、その技術が他の技術へ応用することが出来る可能性もあると主張。
お互いに一理ある主張――お互いが考える『正しさ』がぶつかり合う。
「流用できる技術が存在する可能性はあるでしょう。しかし流用できない技術の方が多く出るはずです。その流用できない――いわば無駄な技術に費やした時間を、発展可能な技術につぎ込めば、より高い技術水準へ至れるのではないでしょうか」
「確かに無駄は出るでしょう。しかし、その無駄だと思える技術こそが、思いもよらなかった場所で繋がって技術発展に寄与する可能性を含んでいるのですよ。それに無駄を許容できない世界では、人々の生活は窮屈です。無駄や余裕があってこそ、人は豊かな生だと実感できるものですしね」
互いの主張は、どちらも正しいと思えるものだけど、妥協点が見えないほどに並行線だ。
こうして『正しさ』が歩み寄れないからには、騎士国の流儀に従えば、やっぱり一騎討をするより他はないんだろう。
そう俺が腹を決めると、ジャスケオスの視線が周囲を一巡りした。
「観客は十二分に集まりました。では一騎討と参りましょう」
ふわりと流れる風のように、ジャスケオスは剣を構えた。
あまりに緩やかで無駄のない動きに、相手が剣を構えているという認識が、俺の中で一拍遅れた。
「……構えだけで実力差を思い知らされたのは、これが初めてじゃないかな」
俺は愚痴りながら剣を構える。
そうしてお互いに構えが終わり、いよいよ一騎討という段階で、ジャスケオスが待ったとばかりに片手を上げた。
「そうでした。ミリモス・ノネッテ殿に返すものがあったのです」
ジャスケオスは自身の後ろ腰に左手を伸ばすと、何かを掴む様子を見せる。
なにを出す気だと見ている俺に、ジャスケオスは後ろにある左手を前へと回し振るって何かを投げつけてきた。
真っ直ぐ飛んで来る、刃物の煌めき。
かなりの速さの投擲。不意打ち――にしては、神聖術の使い手を加味すると、ゆっくりめだ。
俺は不思議に思いつつ、飛んできたモノを剣で切り上げて上へと弾き飛ばし、落下して着たところを右手で掴んだ。
「ん? 短剣?」
なにを投げられたと見てみたら、見覚えのある短剣だった。
まさかと思って視線をジャスケオスに戻すと、悪戯が成功した悪童のような微笑みを浮かべていた。
「義妹が貴方に贈った大事な短剣でしょう。お返しします」
「ありがとうございます。戦場であたふたしていて、前騎士王の遺体から回収するのを忘れていたんですよ」
俺は後ろ腰の鞘から、予備の短剣を抜き取り、空いた鞘の中に投げ渡された方の短剣を差し入れた。
「それで、一騎討の前準備は終わりで良いでしょうか?」
「はい。戦う前の用件は終わりました。これで心置きなく、一騎討ができます」
ジャスケオスが構え直したので、今度はこちらが待ったと手を上げる。
「いきなり始めるのも何なので、この予備の短剣が地面に落ちたら開始ってことにしませんか?」
「いいですよ。では、投げ上げてください」
ジャスケオスの了解が得られたところで、俺は短剣を上空高くへと投げ上げた。
くるくると短剣が回りながら空中へ上り、やがてぐるぐると回り続けながら地面へと落ちてきた。
そして短剣が地面に衝突し、俺とジャスケオスの一騎討が始まった。