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三百九十二話 門前で騎士王が待つ

 邪魔らしい邪魔もないまま、ノネッテ合州国の軍勢は騎士国の王都まで、あと少しという場所まで来た。

 ここまで素通りできてしまうと、俺の予想――騎士国はノネッテ合州国に攻め落としてもらいたがっている――が、信憑性を帯びてきたんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていると、俺の元に偵察兵が走ってやってきた。この兵は、確か騎士国の王都の様子を探らせていたはずだ。


「王都に不審な様子でもあった?」


 俺から先に声をかけると、偵察は首を横に振った。


「王都の様子自体は、とても静かなものでした。それこそ、我々の支配を受け入れようとしているような、そんな粛々とした雰囲気が漂っていたかと」

「問題がないのなら、どうして急いで戻ってきたんだ?」

「それがその、王都の門前に居たのです」

「居たって、誰が?」

「今代の騎士王が、です」


 偵察の言葉を聞いて、俺は思わず眉を寄せてしまった。


「騎士王が一人だけで、門前で待ち構えていると?」

「はい。どうやら、我々の到着を待っているようで」 


 偵察が視認できたということは、神聖術を使える騎士王からも確認ができたということ。

 偵察が、こうして殺されずに戻ってきたことを考えると、騎士王が見逃したということ。

 こちらに易々と情報を与えたということは、なるほど確かに、俺たちを待っているってことに違いない。


「帝国との戦闘を一人抜け出して、ノネッテ合州国の軍勢を単身で待つだなんて、どういう考えなんだか」


 俺は疑問を独り言の形で口に出しつつ、偵察に戻るようにと身振りで指示した。

 騎士王の思惑は分からないけど、ノネッテ合州国の軍勢を預かる身としては、やることは一つだけ。

 俺は軍勢を、騎士国の王都へと進ませることにした。




 王都の最外周に作られた外壁。その壁にある大きな門の前に、騎士王が一人立っていた。

 しかし、騎士王の周りに人の姿がないわけじゃなかった。しかし、その人物たちは兵士や騎士と言うわけじゃなさそうだった。

 恐らくだけど、王都に暮らす住民だ。大門を通って内外を行き来して、横を通る際に騎士王に会釈を向けている。

 

「……なんというか。ノネッテ合州国の軍勢が近くにいるのに、長閑な光景だ」


 普通、これほどの兵力が近くにあったら、住民は怖々と家の中に閉じこもるものだ。

 それなのに騎士国の王都の住民は、普通の日常を送っているように見える。

 あの余裕っぷりは、騎士王が門前で立っているからだろうか。

 俺は疑問を抱きつつ、軍勢を進ませて、騎士王の前まで行くことにした。


 俺は王都の門前で軍勢を止めると、一人だけ先へと出て、騎士王の前へと進んだ。

 そして馬から降りて、騎士王と相対することにした。


「騎士王ジャスケオス・シルムシュ・ムドウ殿で間違いないでしょうか?」


 俺が質問を投げかけると、騎士王は微笑みを見せた。


「貴方は、ノネッテ合州国の軍勢を与る、ミリモス・ノネッテ殿で間違いありませんか?」


 俺たちは、互いの疑問に対し、お互いに視線で是であると告げた。

 その中で、俺は騎士王の姿を観察する。

 体には騎士国の騎士らしい全身鎧を着ている。しかし、その鎧越しでも分かるほどに、かなり細身の体型をしていた。

 微笑みを浮かべる顔つきも、清潔さのある美青年といった風で、精悍さとは程遠い印象。

 俺は前騎士王のテレトゥトスの偉丈夫さを知っているから、つい彼と比較して、優男風のジャスケオスのことを侮って見ようとしてしまう。

 しかし俺の勘が告げている。ジャスケオスはテレトゥトスとは別種の強者なのだと。

 この勘のお告げを無理矢理に言語化するなら、テレトゥトスは大剣のように外見から破壊力を察せられる者で、ジャスケオスは剃刀みたいに小さな刃の切れ味を味わうまで危険度が分かりにくい者といった感じだろうか。いや、肌に感じる危険度を表すのなら、剃刀じゃなくて日本刀とするべきだろうか。日本刀、前世では直接見たことなかったら、例えに出すのもどうかとおもうけど。

 ともあれ、要するに外見で判断したら痛い目を見そうだということだ。


 俺は気持ちを引き締めて、ジャスケオスに向き合い直すことにした。


「それで今代の騎士王が、どうして王都で門番のような真似を? 騎士国の軍勢は帝国と戦っているはずでは?」

「貴方たちを出迎える役目なら、我が身が一番適していると判断したからですね。それと当方の軍勢は、今でも帝国と戦っています。戦術に小慣れて来ましたので、後を任せてきました」

「ノネッテ合州国の軍勢が王都に到着している。普通なら、騎士国の軍勢は王都へ戻すことが普通では?」

「ええ。しかしながら、今の内に少しでも帝国の戦力を削いでおくことが、『我々』のためになると判断したものですから」


 騎士王の我々とは、騎士国だけでなくノネッテ合州国も含まれているような口振りだった。

 でも、改めて考えたら、すぐにわかることだった。


「騎士国が、ノネッテ合州国ないしは帝国のどちらに吸収されることになったとしても、大陸は二つの国が分け合う形になる。あと一国を倒せば大陸を制覇できる段階だ。帝国は大陸統一の野心の下、ノネッテ合州国に戦いを挑むのは既定路線だと?」

「付け加えるのでしたら、騎士国という「目付け役」が居なくなるので、帝国は大義名分を準備する必要がなくなります。ですので、この戦争が終わってすぐに、帝国は次の戦争を起こそうとすると見ています」


 いまノネッテ合州国の軍勢は、騎士国との戦いで人員と物資に装備を多く消費している。

 この戦力が減少している隙を、帝国が突かない理由がない。

 そのジャスケオスの見識は、俺も認めるものだった。


「帝国の次の動きを抑制するために、騎士国の軍勢は帝国の兵力を減らしていると?」

「場当たり的な対処療法です。そも、有効かすら分からない類ですよ」

「帝国は兵の数が減ったままでも、ノネッテ合州国に戦争を挑んでくると?」

「帝国は機に敏感なところがあります。多少兵が少なかろうとも、侵攻できると見たら躊躇わないでしょう」


 帝国に対する助言は有り難く受け取るけど、そうなると、いよいよ疑問だ。


「この情報を伝えるために、門番の真似をしていたと?」


 情報を伝えるだけなら、なにも門の前で待ち構える必要はない。

 ノネッテ合州国の軍勢が王都を抑えた後、占領政策を告げる場で、情報を教えてくれたっていいはずだ。

 そんな疑問を俺が持っていると、騎士王は微笑みながら首を横に振る。


「情報を伝えたのは、単なる好意からです。こうして門番の役目を負ったのには、別の思惑があります」

「その思惑とは?」

「ええ、そうですね。では、単刀直入に申し上げましょう」


 騎士王は微笑みながら、腰から剣を抜き放った。その剣は、片手半剣と俗に呼ばれる、片手でも両手でも使える大きさの直剣だった。


「騎士国の代表、騎士王ジャスケオス・シルムシュ・ムドウが、ノネッテ合州国の総大将たるミリモス・ノネッテに一騎討を申し込みます」


 なんとなく察していたけど、やっぱりここで一騎討か。


「一応、一騎討の作法を言っておきますが。一騎討に勝ったからと、戦争を騎士国の勝ちにしたり、ノネッテ合州国の軍勢を王都から引き返したりはできませんよ?」


 一騎討で賭けられるものは、一騎討が起こった戦場でのみ叶えられる事柄だけ。

 例えば、仮にこの場でジャスケオスが一騎討に勝利した場合、ノネッテ合州国の軍勢は一日休憩にしろという命令は可能だけど、ノネッテ合州国の軍勢は戦争を止めろという命令はできない。一日休憩は戦場の場所で留まる内容だけど、戦争を止めるという命令だと、戦場へ向かっている輸送部隊や援軍など、戦場以外の場所にまで影響が波及してしまうためだ。

 だから、ノネッテ合州国の軍勢が王都に着いてしまった段階だと、一騎討に勝ち続けてたとしても、征服される時間が延びるだけで根本的に跳ね除けることは出来ない。


 そんな一騎討の作法は、騎士国は分かっていて当たり前のもの。

 それにも関わらず、どうしてジャスケオスが一騎討を申し込んできたのか。

 俺の疑問に答える形で、ジャスケオスが微笑みと共に語り出す。


「この一騎討は、ミリモス・ノネッテ殿の力量を騎士国の民に周知するためのものです。強者に従うこともまた、この世の正しい在り方の一つです。民からの納得は得られやすいと思いますよ」


 確かに、王都の民に実力を知らしめることが出来たら、反発する者を減じることができるだろう。

 しかしそれは『出来たら』の話だ。


「……言っておきますが、小細工なしで騎士王に勝てるほど、俺の実力は高くないないんですが」

「もしも、こちら側が勝ってしまった場合は、多少有利な条件での降伏を認めてくだされば、それで構いませんよ」


 なるほど。騎士王の本命は、こっちか。

 ノネッテ合州国と帝国に攻められては戦争に勝てないと悟り、少しでも条件良く負けるために、帝国の足止めと俺への一騎討を狙ったわけだな。

 そして上手いことに、一騎討で賭けられるものは現時点の戦場に適応されるものという形式を、巧みに逃れる提案をしてきている。

 一騎討の勝敗に、降伏後の良条件を持ち出すことはできない。降伏の調印は、戦場ではなく、戦争が終わった後になされるものだからだ。

 しかしジャスケオスは、一騎討の勝敗に関わらず、騎士国はノネッテ合州国に下ると言った。そして下った後、もしも一騎討に勝てていた場合、騎士国の側に配慮してくれと『お願い』をした。

 そう、あくまで一騎討後に関するお願いであって、一騎討で得られる権利ではないという形を取っている。

 あたかも、願いを聞き届けるか否かは、ノネッテ合州国側に委ねると言っているように。


 要するに、この一騎討は一種の興行セレモニーみたいなものだ。ジャスケオスが先に語っていたように、王都の民を安心させるために必要な演目と言い換えてもいいかもしれない。

 なににせよ、ここで一騎討を認めなければ、このままジャスケオスは一人でノネッテ合州国の軍勢と戦おうとする雰囲気を出している。

 こんな戦争の詰めの詰めの場面で、無用に兵力を失う必要もない。

 俺はジャスケオスの提案を受け入れて、一騎討を行うことにしたのだった。

 

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[気になる点] 主人公側が勝って上手い具合に編入出来たら黒騎士さん達で諜報暗殺し放題では… 正しさの枷が外れるので…
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