三百九十一話 不可思議な選択
拠点に、ノネッテ合州国の魔導鎧部隊の第二陣がやってきた。
人数が増えたことで拠点防御力が上がり、騎士国の軍勢がやってきても防ぎきる可能性も上がった。
しかし馬を連続輸送で酷使したため、休ませる必要がある。だから、これ以上の人数の魔導鎧部隊を、本隊より先に拠点にやってこさせることは難しい。
しばらくの間は、いまいる人たちで戦力をやりくりしていかないといけない。
それでも、とりあえず纏まった数――魔導鎧部隊千人と騎馬隊二千の、合計三千が俺の手元にある。
騎馬隊三千は、休憩が必要だから今すぐには動かせないから、少し待つことが必要だけど、何らかの動きをするには十分な人数だ。
このまま拠点防衛をしていても良いし、騎士国の領土へさらに踏み入って騎士国の王都を目指してもいい。
拠点防衛を続ける場合は、安全に勝てる目が高くなる。ノネッテ合州国の本隊や帝国の軍勢が来援することが、確定も同然だからだ。
騎士国の王都へ向かう場合は、騎士国に新たな動きを強制させる働きが期待できる。少しでも戦争を早く終わらせたいのなら、状況を動かせるこの選択肢は有効だ。
どうしようかと考えて、俺は拠点防衛を選ぶことにした。
選択の理由は、こちらが有利な盤面になっているのに、ここで無理する必要がないから。
今の状況を保てば、時間が経てば経つほどに、ノネッテ合州国と帝国へと戦局が傾いてくる。
博打を打って状況を動かす必要は、どこにもないんだよね。
さらに理由を付け加えるのなら、この戦いは帝国と共同で行っているため、あまり独断専行しては足並みを乱すことになりかねないと危惧した。
変に状況を動かしたら、予想外の事態が起こって、それが帝国の被害に繋がるかもしれない。
もしそんな被害が出たら、戦後にノネッテ合州国が賠償を求められる可能性がでてくる。
つまるところ、リスクとリターンを考えると、拠点で待つことが利益が大きいと予想したわけだ。
それに、この拠点にノネッテ合州国の勢力が集まりつつあることは、騎士国の軍勢に伝わっているはず。
それなら、早晩に騎士国の側から何らかの新しい行動を起こすことは分かりきっていること。
相手が動いてくれるんだ、ここはどっしりと構えて待っていることが最善だろう。
輸送移動で疲れ果てていた馬たちが復調した頃になっても、この拠点に騎士国の軍勢はやってこない。
その後、ノネッテ合州国の本隊が到着しても、まだやってこない。
ここまで戦力が集まってしまったら、ノネッテ合州国側としては騎士国の王都へ進出するしか選択肢がないんだけどなぁ。
「誰か、騎士国と帝国が戦っているはずだけど、その戦況について知っている人はいない?」
俺が集結した軍勢の面々に問いかけると、噂話ならと何人か語ってくれた。
「騎士国の連中は見に付けた団体戦術で、帝国の軍勢をズタボロにしていると、戦場近くの村から逃げてきたという男が語ってましたね」
「被害を受けた帝国は、やり返せとばかりに大軍勢を組織して対抗しているとか」
「長年の敵だったからか、お互いのことしか目に入っていない様子だと、そんな噂も」
参考になる噂話だった。
もっとも、話を額面通りに受け取ったりはしない。
騎士国の軍勢は神聖術を見に付けているため、魔法攻撃に強い耐性を持っている。
つまり騎士国の連中は、魔法を主体とする帝国相手には好相性なわけだ。
その上、ノネッテ合州国との戦いで、騎士国は団体戦術をも見に付けている。
それはすなわち、これまでの戦い以上に騎士国は帝国へ被害を与えることが出来るようになった、と言い換えることができる。
帝国の軍勢がズタボロになっているというのは、信じられる噂だといえる。
しかし、騎士国と帝国が相憎しむように戦争をしているというような噂は、かなり懐疑的に見る必要がある。
帝国が騎士国に対抗しようと大軍勢を組織したことは、恐らく間違いないだろう。
ただ、大軍勢を組織しなくてはいけなかったのは、ノネッテ合州国が騎士国の最終防衛地点に拠点を構えたというのに、騎士国が軍勢を引こうとしなかったからに違いない。
帝国は予想で、ノネッテ合州国が最終防衛地点に着いた時点で騎士国は引き返す、と考えていたはずだ。
しかし、その予想は覆ってしまった。ノネッテ合州国が最終防衛地点に居ようと、騎士国の軍勢は引き上げなかったんだから。
底で帝国派、最終防衛地点が陥落しても引かないのなら、騎士国の軍勢を撤退させるには力づくしかないと判断して、大軍勢の力押しで騎士国を退けようとしているんだろう。
一方で騎士国は、戦果に目が眩んで帝国を攻撃し続けているように、噂からだと見えてしまう。
しかし、それはあり得るだろうか。
騎士国は、良くも悪くも『正しさ』を標榜する人たちの集まりだ。
眼前に転がる功名惜しさに、王都が陥落する危険を冒してまで、帝国の軍勢を攻撃することに固執するものだろうか。
むしろ功名を捨ててでも、王都だけは守らんと軍勢を引き返す方が、これまでの騎士国の気風に似合っているはずだ。
そこまで考えたところで、俺は騎士国の狙いに予想が立った。
「もしかして、ノネッテ合州国に騎士国の王都を占領してもらいたいのか?」
以前に俺が考えた、騎士国が生き残るべく取り得る三つの手段があった。
一つ目は、独自にノネッテ合州国と帝国を打ち倒し、大陸の覇者になること。
二つ目は、ノネッテ合州国に出した『魔導具の使用を中止する』という勧告を間違いだったと認めること。
三つ目は、ノネッテ合衆国に降伏して、騎士州という形でノネッテ合州国に併合されること。
この一つ目と三つ目の選択に近いことを、騎士王ジャスケオスは考えたんじゃないだろうか。
恐らくジャスケオスは、配下には帝国を打ち倒した後でノネッテ合州国を打ち倒すのだと宣言して、帝国を打倒しようとする動きを作る。
しかし実際は、ノネッテ合州国の軍勢に騎士国の王都を占領してもらうことで、騎士国がノネッテ合州国の軍門に降る理由付けを得ようとしている。
そんな真似をする理由は、恐らく明確に負けたという事実がない相手に膝を屈することが騎士国が考える『正しさ』に合致しないからだろう。
だからこそ、王都の占領という分かりやすい敗戦理由を得ることで、騎士国がノネッテ合州国に下る道筋を作ろうとしているんだ。
そう考えれば、俺たちが最終防衛地点に居座っているにも拘らず、騎士国の軍勢が戻ってこない理由に説明がつく。
「もしもジャスケオスの考えが、俺の予想の通りだったら、俺が拠点防衛を続けていたことは予想外だったのかも」
今までの俺は、侵攻した国の王都を素早く落として勝利してきた。
その背景を鑑みれば、今回の戦いも好機が見えれば王都に攻め入るだろうと、そんな予想を立てることができる。王都が早く陥落すれば、その分だけ早く降伏することが出来て、戦争も早く終わらせることができる。
そんな算段をしていたのにも関わらず、今回のノネッテ合州国は帝国との関係と安全策を考えて、いつまでもがら空きの王都を狙おうとしない。
きっとジャスケオスにしてみれば、立てた予想と違うと焦ったことだろう。
その結果が、騎士国の軍勢が何時までも帝国の軍勢を攻撃し続けるという、不可思議な状況を作り上げることになってしまった。
俺としては、降伏する用意があるのなら教えてくれれば、それに沿った行動をしたのにと文句を言いたい。
黒騎士を使えば、俺に手紙を届けるぐらいのことは出来るはずだしね。
ともあれ、遅まきながらにジャスケオスの目的が分かった。
そういうことならばと、俺はノネッテ合州国の軍勢を一まとめにして、騎士国の王都へと進出することにした。出来る限り急いで王都を占領するつもりで。
もし仮に俺の予想が間違いだった場合でも、これほどの軍勢が王都に近づけば、騎士国の軍勢は無視できずに引き返してくる。そうなったら、帝国も騎士国の王都へ進出してくることになり、騎士国の王都は遅かれ早かれ陥落することになる。
どちらにせよ、騎士国が負ける未来は決定したも同然の状況だ。