三百九十話 拠点で待つ
俺とノネッテ合州国の魔導鎧部隊の精鋭たちは、いそいそと拠点作りを続けていく。
といっても、死守を前提とした堅さを求めたりはしない。
この拠点に居る意味は、俺たちが騎士国の最終防衛地点に居ることで、騎士国の軍勢に帝国と戦い続けるか戻って拠点を取り戻すかの判断を迫るため。
騎士国が帝国と戦い続けることを選ぶのなら、ノネッテ合州国の軍勢の後続が俺たちに合流し、その軍勢でもって騎士国の王都へと進めばいい。
逆に騎士国が拠点を取り戻そうとしてくるのなら、俺たちは拠点を防御してもいいし、放棄しても良い。なぜなら、騎士国の軍勢が戻ってきたことで、ノネッテ合州国と帝国の軍勢が深く騎士国の領土内へと進出できる。そうなったら、本格的な二正面攻撃だ。ノネッテ合州国と帝国の合同軍の勝ちは揺らがない。
つまり、俺たちがこの拠点を取った時点で、騎士国は数手で詰むような状況になってしまっているわけだ。
この状況をひっくり返そうとするのなら、騎士国が取れる手段は二つだけ。
ノネッテ合州国か帝国の軍勢を叩き潰し、もう片方と決戦して勝利し、大陸の覇者となる。
もしくは、ノネッテ合州国に対して『魔導具の使用を将来に渡って認める』と宣言して戦争の手打ちをする。この戦いは、騎士国が『魔導具の使用を咎めて』が理由で起こったもの。その判断が間違いだったと謝罪すれば、ノネッテ合州国には戦争を続ける理由がなくなってしまう。ノネッテ合州国が戦争を止めれば、帝国は騎士国との一対一の戦争を続けることを忌避するはずなので、自ずと戦争は終結する。
この二つの手段には、それぞれ問題がある。
一つ目の大陸の覇者ルートでの問題は、ノネッテ合州国と帝国をそれぞれ打ち負かす戦力が、騎士国にあるかどうかだ。
正直、そんな戦力があるのなら、戦争が起こってから現在まで、騎士国はノネッテ合州国ないしは帝国の軍勢を各個撃破しようとしている理由がない。素直に二正面で戦い、勝てばいい。しかし戦力がないからこそ、騎士国は各個撃破を狙って来たわけだ。
つまり一つ目の選択肢は、とても現実的とは言い難いといえた。
二つ目のノネッテ合州国との和議ルートでの問題は、騎士国が己の『間違い』を認めなければいけないというもの。
騎士国の国是は『正しさ』だ。
その正しだを掲げていた存在が、自分の考えが間違っていたと認めた場合、その存在自体に価値がなくなってしまう。
騎士国が大陸中の人々に敬われていたのは、その『正しさ』からくる公平正大さを信じて貰えていたからだ。
その信用が揺らいでしまえば、騎士国の正しさを信用することができなくなってしまう。
騎士国の行動は正しくないのではないかと疑われてしまえば、騎士国は大陸の調停者という立場を失ってしまうし、もしかしたら神聖術を使って問題を解決しようとする乱暴者という価値観に刷り替わるかもしれない。
つまり二つ目の選択肢は、対外的な信用を使い尽くして、どうにか騎士国という国体の存続を保つ方法といえた。
さてさて騎士国は、この二つ手段を取るだろうか。
俺が騎士王なら、間違いなく二つ目の選択肢を選ぶ。
国の信用は失われてしまうかもしれないが、信用は時間とともに積み立てることが可能なものだ。
現段階の騎士国は、今まで正しくあり続けた、という形式は残せる。
『魔導具の使用中止の判断は間違いだった』という過ちも、以後の活動で正しくあり続けようと努めたのなら、誰しも一度ぐらい過ちはあるものだと人々に納得してもらえる機会が訪れるはずだ。
再び人々からの信用を勝ち取れれば、再び世界の調停役という立場に戻ることができる。
「でもまあ、俺のように割りきった考え方はできないもんだよなぁ」
と俺が思わず独り言を漏らしてしまったのは、騎士国の人たちが『正しさ』に固執していると理解しているからだ。
騎士国の『正しさ』は国是――下ろせない看板だ。
その看板を下ろすぐらいなら、騎士国が滅んでもいいとすら思っている節すらある。
そう思ってしまうほどに、騎士国の連中にとって『正しさ』とは、生きる指針であり自分の誇りだ。
それを捨て去ることは、きっとできないだろう。
だから、騎士国はこの戦争に負ける。
一縷の勝てる可能性に望みをかけ、帝国とノネッテ合州国を撃破しようとし、そして華々しく散るわけだ。
そこまで考えて、俺は騎士国が選べる選択肢が、もう一つあることに気付いた。
「騎士国がノネッテ合州国に降伏を願い出る。その後で、共同で帝国を潰そうと持ちかける。そうすれば、ノネッテ合州国は大陸の覇者になり、騎士国は騎士州としてノネッテ合州国の一部として存続を許されることになる」
現段階で、これが一番可能性が高い『騎士国らしさを後世に残す』方法だ。
もちろん、この選択しにも問題がある。しかも三つも。
一つ目は、国体を捨てる選択をしなければいけない。
二つ目は、ノネッテ合州国が帝国と敵対することを選択するよう仕向けないといけない。
三つ目は、ノネッテ合州国と共同で帝国に勝たなければいけない。
この三つの問題をクリアしてようやく、騎士国は騎士州としてノネッテ合州国の中で残ることができる。
どの選択肢を取ろうと騎士国は辛い状況だなと、俺は拠点構築の手伝いに戻りながら、騎士国の判断を待つことにしたのだった。