三百八十九話 あっさりと長閑に
馬に乗り、駆けて、駆けて、駆け続け、五日が経過。
途中、騎士国の妨害部隊らしき人たちと出くわしたこともあった。けど、本当に妨害用のためだけの人たちだったようで、大した力量のない兵士ばかり。突破するのは難しくなかった。
出来る限り急いで移動してきたから、もう馬はバテバテ。騎乗している人たちも、長時間の乗馬で疲労が溜まっている様子だ。
それでも出来るだけ急いだことで、たった五日で騎士国の最終防衛地点と思わしき場所までやってくることができた。
「野戦陣地が作られているね。でも、そんなに人数は居ないようだ」
広い場所に天幕が点在している。その天幕がある場所を囲うように、空堀が作られている。防壁の類はない。
拠点にしては粗末に見えるけど、防壁は作ったところで帝国の魔法で吹き飛ばされてしまうので無駄になるけど、帝国の兵の身体能力は並なので空堀を跳び越えることが出来ないことを噛んげると、合理性で言えばアリな防衛拠点だろう。
遠目からの確認だけど、あの陣地に居る人達は、陣地の保守を最低限にこなせる数しか居ないように見える。
そして陣地内に馬の姿がないことから察するに、騎士国の騎士は駐在していないようだ。
「よしっ。あの陣地を接収してしまおう。俺たちの軍勢は守勢に特化しているんだ。拠点を得て籠城戦ができるようになれば、後続の援軍を待つ時間が稼げるはずだ」
俺は持ってきた物資を馬から下ろし、騎馬部隊と馬は本隊へと帰らせる。
その後で、俺と魔導鎧部隊だけで騎士国の防衛拠点を攻めることにした。
拠点の制圧は、あっという間に終わった。
拠点にいた人たちが、抵抗らしい抵抗をしないまま逃げてしまったからだ。
戦闘にならなかったことは良いことだけど、あの人たちを逃がしてしまったのは痛恨事だ。
「逃げた連中は、仲間に異常を知らせに走ったと見ていい。のんびりしていると、騎士国の騎士や兵士が取り返しにくる! 急いで拠点化を推し進めるぞ!」
俺は魔導鎧部隊を指揮して、この拠点とも言えない粗末な場所を、それなりに守れる拠点へと改造していく。
空堀の幅を広げ、掘って出た土を積み上げて防壁にする。土の防壁は、空堀の外側と拠点の外側の二段にする。一番外の外壁を不用意に乗り越えたら空堀に落ちるし、知っていて跳び越えようとしても二つ目の防壁が飛び移る妨げになる、という仕組みだ。
本当は堀の底に尖った杭を敷き詰めたいところだけど、そんなことができそう木材は周辺にないため諦めるしかない。
魔導鎧は土木作業に使われていた実績がある装備だけあり、物凄い速さで作業が進んでいく。
もちろん稼働時間には限りがあるため、休憩しつつの作業になる。それでも倍の人数を動員するよりも早く、空堀の掘削と土の防壁作りが行われていく。
俺たちが拠点を奪取して一日後には、とりあえず全周に渡って、空堀の拡張と防壁作りが完了した。
「作業が終わったから、皆は休憩に入って。俺が陣地の周辺の警戒をするからさ」
「お願いします、ミリモス様」
「いやぁ、もう体の魔力が空っケツでして。休ませてもらいます」
一仕事終えた兵士たちが、食事をとった後で休息に入る。
俺は防壁に上り、ゆっくりと防壁の上を歩きながら、全周の警戒に入る。
周辺は開けた平原だ。人が隠れられそうな場所はない。一人での見回りだとしても、近くに人が来た際に見逃してしまう可能性は低い。
もっとも騎士国には、気配を消して見つからなくなる黒騎士がいる。そんな黒騎士の場合は、近づいてきても察知することは困難だ。
しかし困難さでいえば、見回りが一人であろうと百人であろうと、黒騎士を発見することはどちらでも難しい。むしろ百人も人手を使って成果が得られない分、大人数の方が費用対効果で不利といえる。
とまあ色々な理由から、俺は一人で見回りをすることにしたわけだけど、こうして一人だけで動き回ることは随分と久しぶりだということに気付く。
「日頃は執務室でも部屋でも嫁たちと子供たちが近くに居たし、戦場では護衛やら伝令やらが常に近くに居たしなぁ」
久々の一人きりを堪能しながら、周囲に人影のない場所を歩いていると、なんとなく散歩気分になってくるのだから不思議だ。
もちろん周辺の警戒はしているのだけど、気が抜けていることは否めない。
「あー、早く戦争を終わらせて、日常に戻りたいもんだ」
正直俺は、戦争が好きじゃないし、得意でもない。戦功を夢見るよりも戦費の多さに頭を抱える性質だし、戦術や戦略に関しては兵法書から摘まんで使っているぐらいだからな。
日頃ファミリスと手合わせしているのだって、どちらかといえば運動目的というか、死なないための自衛目的の面が強いし。
今回騎士国と戦争になったのも、騎士国が変な言い掛かりをつけてきたからで、いわば俺は戦争を吹っ掛けられた側だし。
「俺たちが、この拠点を押えたことで、戦況は一気にノネッテ合州国と帝国の有利になっている。あとは、ノネッテ合州国と帝国の軍勢が、騎士国の最終防衛地点までやってくれば、騎士国は降伏するしかない。あと少しで戦争は終わる」
戦争の終わりが見えてきたが、それは新たな問題の始まりであると、俺はよく知っている。
国を攻め落として支配したのなら、その国を治める方針を打ち立てないといけない。
特に今回は、ノネッテ合州国と帝国が合同で軍を出す形になっているため、騎士国の国土を切り分ける必要が出てくる。
俺としては、騎士国の土地なんて興味はないけど、ノネッテ合州国の利益を考えたら少しでも多くの土地を取らないと割に合わない。物資も兵士も多く使っているから、その補填が必要だしね。
「それに帝国は、この戦いで良いところないんだから、譲歩してもらわないと」
そこまで言葉を口に出したところで、戦後のことに頭を使っている場合じゃないと、俺は思考を切り替える。
まずは拠点の防衛。続いて騎士国の打破。
いまは、これだけに意識を集中する場面だからな。
「そう分かっているけど、周辺の景色が長閑なんだよなぁ……」
丈の短い雑草が生い茂った平原を、一陣の風が吹き抜けていく。
さわさわと草が鳴り、風で巻き上がった葉と土の匂いが俺の鼻に届く。太陽は暖かな日差しを送ってくるが、気温は過ごしやすい温度を保っている。
まさに昼寝日和と言って良い天気かつ、眠気を誘うほど長閑な風景が、この場所には広がっていた。
「ふわ~~~。このまま平和な景色が続くようなら、俺も明日は昼寝してみようかなぁ~」
いま休憩中の兵士が羨ましいと思いつつ、俺は周辺警戒を続けることにしたのだった。