三百八十八話 ノネッテ合州国の先遣隊、出発
一日かけてノネッテ合州国の軍勢を編成し、俺は逃げた騎士国の軍勢を追いかけることにした。
いまある陣地は中継補給地点として構築し直し、怪我の程度が軽い者と多くの簡易魔導鎧を拠点防衛に残し、その他の兵士で騎士国の領土へと踏み入る。
「騎士国の軍勢は急いで移動したはずだ。足跡を消す真似はしていないだろう。行き先は足跡を調べればすぐにわかるはずだ!」
俺の命令を受け、斥候が先行して騎士国の軍勢が移動した先を洗い出していく。
騎士国の軍勢は、俺が予想していた通りに、足跡を多く残していた。
しかし、すぐに道なき道を行くようになり、痕跡を追うことが難しくなってしまう。
そこで痕跡を元に行き先の大まかな方向を予想し、地図の上で進行方向になにがあるかを見ることにした。
その行き先が示すのは、騎士国の軍勢は帝国の侵攻を止めるべく向かったのだろうという予想だ。
「戦争が始まる前に予想した、騎士国の最終防衛地点よりも帝国側に寄っている。ということは、俺たちを無視して、帝国に狙いを変えたのか」
騎士国があのまま戦い続けていれば、ノネッテ合州国の軍勢の敗けは近い将来に約束されていたも同然だった。
しかし騎士国は、俺たちを打ち破ることを止めてでも、帝国の軍勢を叩くことに決めた様子だ。
この事実、不可解ではあるけど、事情を予想できないわけじゃない。
「帝国の軍勢は騎士国の最終防衛地点に急いでいたから、補給も隊列も伸び気味になっていたんだろう。そして、騎士国はノネッテ合州国と戦っているという先入観がある。効果的に一撃を与えるには好条件が揃っている。そして騎士国が持つ神聖術は、帝国の魔導技術に対して相性が良い」
ノネッテ合州国と帝国は、同じ魔導技術を使ってはいるが、使い方が異なっている。
ノネッテ合州国では、武器に付加能力を施したり鎧を強化したりと、物理の方向で使用している。
一方で帝国は、魔法の威力を向上させる方向で使っている。
神聖術の効果は、身体能力の向上と、魔法威力の減退だ。
物理方向で魔導技術を使うノネッテ合州国を相手だと、単純に向上した身体能力での戦いとなり、戦う利点は一つだけになる
魔法威力の方向で技術を使う帝国が相手だと、身体能力の向上と魔法威力の減退と、利点は二つ。
その利点の多さの違いから、騎士国にとって、ノネッテ合州国よりも帝国の方が戦い易いのだろうという予想が立つ。
「しかし困ったな。騎士国の軍勢が帝国の侵攻軍に襲い掛かっているとしたら、この状況は事前に決めていた役割が逆になったってことだよなぁ」
当初は、ノネッテ合州国が騎士国を足止めし、その隙に帝国の軍勢が騎士国の領土深くに侵入することになっていた。
しかしいま現在、帝国が騎士国の軍勢を留める役目を持ち、ノネッテ合州国が騎士国の領土に侵攻する役目になっている。
役目が交替したと考えるのなら、ノネッテ合州国の軍勢の動きは、騎士国の後を追うことではないと考えるべきだ。
俺は思考が纏まったところで、天幕に追撃編成にした軍勢の隊長級以上の者たちを集めた。
「騎士国の足跡を追うのは、今日で止めにする。そして次の目標は、一日でも早く、騎士国の最終防衛地点にまで進出することとする」
俺の宣言に反論はなく、全員が頷きと建設的な意見を返してきた。
「一日でも早くということは、いま現在の編成では難しいでしょう。軍勢を移動に特化した体制に組み直す必要があるかと」
「素早い移動なら、騎馬隊を先行させるべきだ。馬の足を使えば、徒歩で進むより、何倍も早く場所に到達できる」
「しかし、早く着いたところで、引き返してきた騎士国の軍勢に敗けてしまえば意味がない。騎馬隊は、防御ではなく攻勢に長じる部隊。不釣り合いでは?」
「少し移動力は落ちるが、馬に二人乗りすれば良い。そうすれば、単純に二倍の人数で守れる」
「人数が二倍となろうと、相手は騎士国の騎士と兵士だぞ。簡単に吹き飛ばされてしまいかねない」
部隊長級以上の者たちが意見をぶつけ合う中、いよいよ建設的な意見が生まれた。
「では騎馬隊と共に、新型魔導鎧も運べばよいのでは」
「それでは――なるほど、鎧という荷物がある分、人数は運べない。しかし魔導鎧の防御力があれば、後続が応援に駆け付ける時間は稼ぐことができるな」
「では馬は全頭使用しつつ、その半分の馬には騎馬隊と魔導鎧部隊の兵の二人乗りを、もう半分の馬には魔導鎧を乗せるということで」
「魔導鎧部隊を、騎士国の最終防衛地点に残した後は、騎馬部隊は引き返して来ればいい。その後で、再び人と鎧を乗せて地点へと向かわせれば、より早く援軍が送れる」
一同の意見で、次の作戦が組み上がってしまった。
文句ない作戦なので、俺が口を挟む隙間すらなかったな。
まあ、俺としては楽が出来たんだし、指揮官級の人たちが育ってきた証拠だから、喜んでおくとしよう。
新たな作戦が立てられて、騎馬隊が魔導鎧部隊の搬送を行うことになった。
馬にはタップリと餌と水を与えて、長丁場の移動に備えさせた。
少しでも早く騎士国の最終防衛地点に行かなきゃいけないのだけど、しかし馬を潰してしまっては後の展開に響いてしまう。ただでさえ、二人乗りと重たい鎧の運搬だ。馬の負担を考えると、駆け足の移動ですら厳しいものがある。
だから馬を潰さない程度に急ぐためには、馬の移動は速足以下の速度に限定するしかないな。
しかし速足といっても、それは馬の脚でのこと。人間が歩いて移動する速さに比べたら、三倍ほど速い移動になるのは間違いない。
要するに、普通に移動するよりも三分の一の時間で、ノネッテ合州国の軍勢の第一陣は騎士国の最終防衛地点に着けるということだ。
「そして当たり前のように、俺はその第一陣に組み込まれていると」
俺は手配してもらった新たな馬に乗りながら、自分の背後を見やる。
俺が座る鞍の後ろには、中身のない魔導鎧一つと、人間と馬兼用の食料が入った袋が三つあった。
明らかに馬一つに積載オーバーな重量なのだけど、俺と乗騎には他と違う点があり、この重量でも大丈夫だったりする。
「そう『人馬一体の神聖術』ならね」
俺は神聖術を発動し、乗騎も術の影響下に加える。そうすれば、俺の乗騎は荒れ地も崖も踏破し、重たい荷物も苦にしなくなる存在と化す。
事実、乗騎の今の様子はというと、鞍に俺と荷物という重りが乗っているにも関わらず、軽い歩調で調子良さそうにしている。何も問題はなさそうだ。
「それじゃあ先遣隊、出発だ!」
俺の号令に合わせて、大荷物を乗せた騎馬隊が速足で道を進み始める。
今回の移動は、馬の体力消費を軽減させるためにも、騎士国領土に敷設された街道を使うことに決めていた。
街道を大っぴらに使うと、敵側に察知されやすいという欠点もあるけど――まあ、騎士国には黒騎士がいる。
黒騎士は気配を消して監視することが任務みたいだし、いまでも俺たちの様子を監視しているはず。
どうせ動向がバレているのだから、街道を使う欠点は考える必要がないものといえる。
ともあれ、俺と先遣隊はこの戦争の趨勢を決するためにも、少しでも早く騎士国の最終防衛地点に辿り着くことを意識すればいい。