三百八十七話 思惑とは
消えてしまった騎士国の軍勢をすぐに探したいところだが、ノネッテ合州国の軍勢の状況では、そうもいかないのが実情だった。
「壊れた魔導鎧は一ヶ所にまとめておいて。使えそうな部分を食い合いにして修復する。重傷者は応急治療後に後送。死体も死体袋に入れて、怪我人とは別の馬車で送って」
俺は指示を出しながら、被害状況を確認していく。
ノネッテ合州国の軍勢は十万人いた。
しかし先ほどの戦闘で、怪我人や死亡者を除くと、数は八万人まで減っていた。
被害の多くは、前線で戦っていた魔導鎧部隊の者たち。そのため魔導鎧の損傷数も、この被害数に比したものとなっている。
一万着あった魔導鎧は、現在で稼働可能なものは一千着程度――修復可能なものまで含めたら四千着程度だ。
もちろん、こちらがこれほどの数の被害を出したからには、騎士国の軍勢の方にも被害を与えている。
我が軍の兵士たちからの報告では、騎士国の軍勢の二千人は確実に死亡させ、もしかしたら三千人の兵士と騎士を仕留めたという。
互いにこれほど多くの被害を出したのは、前騎士王テレトゥトスと今代騎士王の妻のコンスタティナという二枚の切り札を投入しただけあって、騎士国の側は先の戦いで決着をつけようとしたのが原因だろうな。
ともあれ、この被害の修復が粗方でも終わらない限り、騎士国の後を追うことは難しい。
ここで無理を押して追跡したところで、戦力が整っていないのだから、騎士国の軍勢に返り討ちにされる可能性が高い。
そもそも、ノネッテ合州国の軍勢は堅守を意識した軍勢構築をしていた。つまり、追撃には向いていない構成だ。
騎士国の軍勢を追撃しようとするには、軍備を再検討して配置し直す必要があるわけだ。
いや、そもそもの話だ。
どうして騎士国は、この戦場から去っていったのだろうか。
その理由を考えておかなければ、なんらかの罠にハマる可能性が高い。
だから俺は、隊長級以上の人たちを天幕に集めて会議をすることにした。
「――というわけで、騎士国の軍勢が消えたのは、なんらかの理由があると思うんだ。それで皆には、どんな理由が思い浮かぶかを発言して欲しい」
俺が議題を告げると、ドゥルバ将軍が真っ先に手を上げた。その見た目に以前と変わったところはないが、前線で指揮をして怪我でもしたのか、ドゥルバ将軍からは治療薬の臭いがしている。恐らく服で隠れている体には、包帯が巻かれているんだろう。
「騎士国の連中は、我らを誘引しようとしているのではないかと」
「誘引――ってことは、騎士国の領土内で待ち構えているってこと?」
「はい。この地は、我らが防御しやすいと判断して選んだ場所。この場所で雌雄を決することができないとなれば、今度は騎士国の側が有利な土地で戦いを挑もうと考えるのは、扱くと当然のことかと」
ドゥルバ将軍の意見は、もっとものように思えた。
しかし疑問点はある。
「騎士国の狙いは、少しでも早く俺たちを倒して、騎士国領土を侵攻中の帝国に専念することだ。こちらが多数の魔導鎧が壊れて弱体化しているのに、それを見逃して後方に陣地転換するのは理屈に合わないんじゃないか?」
「騎士国の側も、多くの兵と騎士を失っています。特に、ミリモス様によって、前騎士王が打ち取られています。その被害の大きさを考えれば、次の帝国との戦いのために、少しでも戦力を温存したい。それならば有利な戦場まで後退するのが最適解かと」
それは十分にあり得る話だ。
騎士国にとって、ノネッテ合州国との戦いは、あくまで前哨戦。本命は帝国の軍勢だ。
仮にノネッテ合州国の軍勢を壊滅させたとしても、悪戯に戦力を消費しては帝国との戦いに支障がでてしまう。だから騎士国は、ノネッテ合州国の軍勢を打ち負かしつつも、戦力の温存が可能になる有利な地形へと移動した。
ドゥルバ将軍の予想は、的を得ているように感じる。
そう思ったのは俺だけでなく、会議に参加している殆どの人物が同じようだった。
しかし、意見を違える人物がいた。
それは、先の戦いで後方部隊の指揮をしていた――コンスタティナの足止めをしてくれた部隊長だった。
「本当に我らを待ち受けているのでしょうか。自分はコンスタティナ殿と戦っていたのですが、彼女は撤退するとき口惜しげでした。それはまるで、我らを倒し得る最後の機会が失われたかのような様子でありました」
後方部隊の長の言葉を受けて、前線で戦った者たちを指揮していた部隊長からも意見がでてきた。
「そういえば、騎士国の連中は殿部隊を出していたけど、戦いを継続させようとしている様子はあまりなかったな」
「そもそも逃げ方が素早かった。殿部隊も、十二分に本隊が離れたと見るや、すぐに逃げていった」
「我らに対する敵意というか敵愾心といおうか、そういうものが小さくなっていたような?」
感覚を元にした意見を述べる部隊長たち。
その話を聞いて、俺は考えを巡らしながら、考え付いたことを口の端に乗せていく。
「騎士国は、なんらかの意図があって撤退したことは間違いない。けど、俺たちを待ち伏せする場所に移動したと考えるには、先の戦いでの終わり際の様子が変だった。それこそ、きs国の連中は、俺たちともう戦おうと思っていないように見えた。なら、撤退したのは、単純に俺たちから逃げるためってことか?」
俺は自分の言葉を、自分自身で否定する。
「いや。騎士国が負けを認めたのなら、撤退するのは変だ。この場でノネッテ合州国に下ってしまった方が、後々のためになる」
もし騎士国がノネッテ合州国に敗北宣言をしたら、それは騎士国がノネッテ合州国の下につくということ。
ノネッテ合州国だけの下につけば、俺が今までに支配した国と同じく、騎士国は騎士州と名前は変わるものの以前と変わらない政治体制でいられる。
しかし一度撤退してしまえば、ノネッテ合州国と帝国の連合に攻められる状況になる。その状況で敗北を宣言すれば、それはノネッテ合州国と帝国に下ることになる。
ノネッテ合州国がどんなに便宜を図ろうとしても、帝国は長年戦ってきた相手に容赦しないはずなので、騎士国の政治体制は変化せざるを得なくなる。それこそ、帝国が勝者だと分からせるために厳しい措置をするであろうことは、簡単に予想がつく。
名前を失っても以前と変わらないか、名前を失った上に虐げられる立場に置かれるか。
どちらが良いかなんて、子供でも分かる理屈だ。
つまり、本当に騎士国が負けを認めているのなら、この戦場でノネッテ合州国に下った方が騎士国にとって利点が多いといえる。
そんな簡単な理屈にも関わらず、騎士国の軍勢はどこかへと去っていってしまった。
不可解な行動をするからには、それに見合った目的があるはずだ。
それが何かを探り当てるために、俺は騎士国が置かれている状況を言葉で表すことにした。
「騎士国は、ノネッテ合州国と帝国が合同した軍勢に太刀打ちできない。だから騎士国は、ノネッテ合州国と戦って打ち破り、その後で帝国と戦おうとしていた。しかしノネッテ合州国が予想外に奮闘し、多くの騎士と兵士、そして前騎士王という切り札の一つを失った。この状況で、騎士国の勝ち筋はどこにある?」
俺が仮に騎士王だったとしたら、どんな手段を用いて、この戦争に勝とうとするだろうか。
力量にものをいわせた騎馬突撃は防がれ、指揮官を殺す斬首戦法も不発に終わった。結果、兵士と騎士の四分の一と、前騎士王という切り札を失っている。
ここから逆転の一手はあるだろうか。
「逆転――そうだ、逆転だ!」
騎士国が戦争に勝つには、ノネッテ合州国か帝国かの『どちらかを先に叩き潰す』必要がある。
それは必ずしも、ノネッテ合州国だけを叩き潰せば良いというものじゃない。
仮に帝国を先に叩き潰しても、騎士国は戦争に勝てるんだ。
なぜ騎士国がノネッテ合州国と先に戦っていたのかといえば、ノネッテ合州国の方が帝国よりも弱くて戦いやすいという判断からだ。
だからノネッテ合州国が予想以上に手強いと判断したのなら、戦いを切り上げて、帝国の戦いに挑んだっていい。
そして、この思考の転換は、かなり良い手のように俺には思えた。
「やばいぞ。帝国は、ノネッテ合州国が時間稼ぎをしている間に、騎士国の最終防衛地点まで侵攻しようと急いでいる。速度を得ようと思えば、軍勢の隊列は伸びざるを得なくなる。そんな伸びきって脆弱さを晒す横腹を、もしも騎士国の軍勢が突いたら」
俺は自分が思い至った作戦を口にして、背筋が寒くなった。
もしも俺の考えが当たっていたら、ノネッテ合州国の軍勢は騎士国の軍勢を止めることは出来ない。
仮に今から追撃したところで、騎士国の軍勢は全員神聖術を使えるんだ。並みの兵士と比べたら、段違いで進む速度が素早い。魔導鎧という重たい荷物を持つノネッテ合州国の軍勢では、その速度に追いつけない。
俺は『やられた』という気持ちで、思い至ったことを全員に話した。
最初は全員が疑問顔だったが、筋道を立てて説明したら、顔色が青く変わる。
「帝国がやられてしまえば、騎士国に勝つのは不可能だ!」
「すぐに我らも騎士国の領土へ踏み入るべきかと! 役割が逆転しているのであれば、こちらが騎士国の最終防衛地点に到達しても、こちらの勝ちは拾えます!」
やっぱり進軍するしかないよな。
けど、速度だけを重視した強行軍をすれば、今度はこちらの横腹が突かれる危険性がある。
だから騎士国の軍勢が戻って来ても戦えるように、ある程度隊列を整えた状態で移動する必要があるな。
「無理しない程度に移動速度が必要になる。なら無事な魔導鎧と物資を持って、健全な者のみで騎士国の領土へ入る。この陣地は物資の中継地点として残し、軽傷の者はここの護衛として残す。魔導鎧の修復師も、ここに置いていく。修復し終わった魔導鎧は、輸送隊に乗せて、物資共に移動させるようにする」
怪我のないものだけで進めば、怪我人に移動速度を合わせる必要がなく、素早く移動ができる。
これでどうにか、油断している帝国が騎士国に打ち破られる前に、俺たちが騎士国の領土深くへ侵攻することができれば、戦争に勝てる目算が立った。
この吶喊工事の作戦が成功するかどうかは、俺とノネッテ合州国の軍勢の運次第。
どうなるかは、やってみなければわからない。