三百八十四話 前騎士王との決戦
俺は、コンスタティナを兵士たちに任せることにして、前騎士王テレトゥトスへと乗騎の鼻先を向けた。
この選択が、最も適していると判断してだ。
「騎乗戦は得意じゃないんだけどなぁ……」
俺は愚痴りはするが、全身に神聖術を施し、テレトゥトスへと乗騎を駆けさせる。
テレトゥトスの方も俺に狙いを定めたようで、こちらへと勢いよく突っ込んできた。
お互いの距離が徐々に縮まるに従い、俺はテレトゥトスの乗馬術に舌を巻くことになった。
なぜかというと、テレトゥトスが両手で馬上剣を握っているから――つまり、馬の手綱を持たずに馬を操っている様子だったからだ。
熟練した騎手は足で鐙を操作するだけで馬を操れると聞いたことがあるけどと、俺は肩をすくめたくなる。
「流石は騎士王だった人ってことか」
愚痴る俺の方はというと、手綱を片手で操らないと満足に乗騎に言うことを聞かせられない。だから、左手に手綱を持ち、右手に剣を握っている状態だ。
剣を両手で持てるテレトゥトスと、剣を片手でしか扱えない俺。
どちらが有利かと言えば、圧倒的にテレトゥトスの方だろう。
というか、馬術の腕と馬上での剣の扱いも、俺の方が劣っていることが事実として認識しておいた方が良いな。
「負けてやる気はないけどなッ!」
俺は乗騎の腹を鐙の踵で蹴って、走る勢いを増加させた。
一方でテレトゥトスは、一定の速度で近づいてくる。
お互いの剣が届く位置まで、三、二、一!
「はああああああああああああああ!」
テレトゥトスの口から、まるで空気の砲弾を放つかのような、大きな気合の声が発せられた。同時に、両手で持った馬上剣を振るってくる。
「おりゃあああああああああああ!」
俺も負けじと叫びながら剣を振るい、テレトゥトスの剣へ打ち合わせに行く。
剣と剣が打ち合った瞬間、肩から先がもげ飛びそうな衝撃が、俺の手に伝わった。
ここで剣を取り落としてしまえば絶体絶命に陥ると分かっているため、柄を強く握って、剣が手から吹っ飛ばないように押し止める。同時に、左手で手綱を操って乗騎を後退させて、剣から伝わってきた衝撃を後ろへと逃がす。
そうやって俺が態勢を立て直そうとしている間に、テレトゥトスから二撃目が放たれていた。
「はあああああああああああああ!」
裂帛の気合の声と共に、今度は俺から見て右から左へ横薙ぎの一撃が来た。
その攻撃を見て、俺は手綱を操って馬を左横へと移動させる。
ここに位置取れば、テレトゥトスの攻撃は彼が乗る馬の首が邪魔になり、攻撃が出来ないはず。
そう目論んだ俺の目に飛び込んできたのは、テレトゥトスの乗騎が、まるで足元の草を食むかのように、急に頭を下げた姿。
それはまるで――いや、明らかにテレトゥトスの攻撃に合わせて、その攻撃の邪魔をしないようにという動きだった。
「チッ!」
目論見が外れたことに歯噛みしながら、俺は剣を再びぶつけに行く。
剣同士が衝突、衝撃が走る。
この衝撃は先ほど体験している。今回、俺はちゃんと体勢を保ったまま受けきることに成功した。
その結果に俺は安堵しかけるが、ここから先こそが気を抜けないと腹をくくり直す。
ここまでの二撃は、馬の走る勢いに任せた威力重視の攻撃だ。
そして、ここから先は、お互いに馬を操りながら剣で斬り結ぶという、連撃での戦いになる。
馬の操作、馬上での姿勢制御と剣を振り方、相手からの攻撃が自分を狙うものなのか乗騎を狙う者なのかの判別。
そんな地上に足を付けて戦うときよりも、気にするべきことが増える戦いになる。
正直言って、俺は馬上での戦いは、それほど得意じゃない。
地上では今の俺はファミリスとそれなりに良い戦いが出来るが、馬上になった途端にコテンパンにやられてしまうほど。
つまるところ、俺の馬上戦の腕前は、目の前にいるテレトゥトスの足元にも及ばないと言える。
「それでも、やりようはある!」
俺は自分に気合を入れ直し、馬上での戦いに身を投じる決意をした。
馬に乗りながらの戦いが始まり、俺はテレトゥトスの馬上攻撃の巧みさに、また舌を巻く羽目になった。
なにせテレトゥトスと彼の乗騎の動きは、まるで一つの生物かのように統一された動きをしているからだ。
テレトゥトスが剣を振ろうとすると、馬は一歩前へ前進して、剣で攻撃する際の踏み込みのような動きをする。それも、剣の軌道を邪魔しないよう、頭を下げるというオマケ付きで。
俺からの攻撃をテレトゥトスが防御する際も、馬は横へ後ろへと動き、俺の攻撃の打点をズラそうとしてくる。
テレトゥトスは手綱を握っていないため、まるで独りでに馬が動いているように見えるが、そうじゃない。
テレトゥトスが鐙を上手く使って馬に指示を出しているんだ。
俺はそう確信しているが、傍目から見ると馬が勝手に動いているようだし、もっと言えばテレトゥトスと馬が神経で繋がっているようにすら思えてくる。
前世で聞いた一説では、騎馬民族が自分の手足のように馬を操る騎乗の上手さに驚愕し、その驚きを伝えるために人の上半身に馬の体をくっ付けたケンタウロスという存在が作られたという。
そんな想像上の生き物を生み出そうとする気持ちに、俺は今まさに共感していた。
テレトゥトスの騎乗の腕前は、なるほど化け物だ。
そして俺は、そんな化け物を討伐しなければならない立場にいることに、嘆きたくなる。
「勝つには、工夫が要る!」
俺は挫けそうな自分の心を奮い起こすため、自己暗示をかけるように、あえて言葉を紡ぐ。
そこから、どんな工夫をするべきかを、テレトゥトスからの防御を何度も防ぎながら、頭の中で構築していく。
そうして紡ぎだせた勝ち筋は、とてもか細い糸のようなもの。
それでも、剣の腕前でも馬の扱いにも劣っている俺が勝つには、その細い勝機を掴むしかない。
「先ずは!」
俺は剣を力強く振るい、テレトゥトスの剣を大きく弾く。
もちろんテレトゥトスは、騎士王にまで上り詰めた存在だから当たり前だが、すぐに構えを取り直す。俺が剣を弾くことで稼げた時間は、一秒の半分にもない。
だが、その半秒の間に、俺は次の行動に移すことに成功していた。
「はッ!」
俺は手綱を操り、鐙の踵で蹴って、馬を休息反転させてから駆け出させた。
まるで逃げるかのような素振りを見せるが、テレトゥトスは追ってこない。それどころか、泰然自若とした姿で、俺の行動を観察している。
このテレトゥトスの判断は正しい。
なにせ俺がここで逃げだした場合、テレトゥトスはコンスタティナと戦う兵士を駆逐してから、コンスタティナと共に俺を追えばいい。それだけで、俺が勝てる可能性は潰えてしまうのだから。
その理屈を分かっているからこそ、テレトゥトスは俺が逃げるために馬を反転させたんじゃないと理解している。
もっと言ってしまえば、俺のこの動きが罠の一部だと見抜いている。
そして、確かに俺の動きは罠だったのだ。
近い位置かつ一定位置に留まって戦う馬上戦は、俺には勝ち目が薄すぎた。
だから、あえて逃げるかのような動きを見せることで、テレトゥトスに後ろを追いかけさせ、馬を走らせながらの戦いへと移行させようとしたんだ。
走りながらの高速戦闘は立ち止まっての戦いより、状況判断の項目が各段に増えるし、咄嗟の判断も生まれやすい。
判断項目が増えればミスも起きやすくなるし、咄嗟の判断を間違えれば隙が生じる。
そのミスや生じた隙を突こうと、俺は考えたのだ。
もちろん高速戦闘は、テレトゥトスだけじゃなく、俺のミスや隙も生まれやすくなる諸刃の剣の戦法だ。
しかしながら、ハイリスクハイリターンを狙わないと、俺には勝ち目すら生じないのだから仕方がない。
そんな俺の目論見は、テレトゥトスの慧眼によって阻まれてしまった。
しかしだ。単なる一つの罠のために、馬を翻したわけじゃない。
むしろ、追ってきても、追ってこなくても、俺はどっちでも良かった。
両方の場合を考えて、策を練っていたのだから。
「立ち止まったままなこと、後悔させてやる!」
俺は乗騎を駆けさせながら、半円を描くような軌道で走る向きを反転させる。
乗騎の鼻先が向かうのは、もちろんテレトゥトス。
「ハッ、ハッ!」
俺は掛け声をかけ、手綱と鐙も使って、乗騎に駆ける速度を上げさせる。
馬の最高速でもって、敵に武器を叩きつける、騎乗突撃攻撃。
それが、俺がテレトゥトスとの戦いで勝機を生じさせる、一段階目の攻撃だった。