三百八十一話 陣形の運用とは
騎士国が戦術を使ってきた後、戦争の六日目の戦いは、もう一度行われた。
一度目の失敗を気にしたのか、騎士国の軍勢はノネッテ合州国の軍勢と一当たりして直ぐに引き返していってしまった。
瞬く間に戦闘が終わったので、騎士国側とノネッテ合州国側の双方共に人的被害は皆無だ。
もっとも、その一当たりでノネッテ合州国側の盾が何枚かと魔導鎧が何着か壊れたらしいので、全く被害がなかったわけじゃないけどね。
六日目の戦いが終わった後、俺は部隊長級以上の人たちを集めて会議を開き、こちら側の方陣の組み直しを要求した。
今日の戦いは、騎士国の軍勢が戦術に慣れていないことが幸いして、余り大した被害は受けていない。
しかし騎士国の軍勢が誇る打撃力を考えると、彼らが戦術に小慣れた後で対応したのでは危険度が高過ぎるとの予想が立つ。
そのため堅守の陣形は堅持しつつも、戦術を使い始めた騎士国側に対応できる新たな陣形の構築が必要なわけだ。
そうした認識の下で会議で色々と意見を出し合った結果、ある一つの陣形へと行きついた。
七日目。
騎士国は、この日も前日と同じく、騎士を前面に配置した突撃陣形で攻めてきた。
その振る舞いを見るに、こちら側の中央を抜いて、後方陣形に配置の俺を狙うつもりのよう。
昨日失敗したのに、また同じ戦法だ。
代わり映えがないと断じる寸前で、俺は騎士国側の動きを見て、自分の意見を翻すことにした。
昨日に比べて、騎士国の軍勢の動きに統一感が出ている。
どうやら昨日の今日で問題点を改善して、的確な動きが出来るようにしてきたらしい。
一体どうやっているんだと観察してみて、騎士国独自の方法の様だと理解するに至る。
普通、軍隊における部隊行動の指針は二通り。
一つ目は、一番能力が低い者に行動速度を合わせるというもの。
この方法は、行動速度が低速になる代わりに、行動の統一を計ることが容易という利点がある。
こういう特性上、平時における目的地への移動に使ったり、農民兵の運用に適用されることが多い。
二つ目は、軍勢全体の平均値に行動速度を設定するというもの。
この方法だと、能力が低い者に努力を強いることにはなるけど、軍隊行動の高速化と統一化の両方を高い水準に置くことができる利点がある。
基本的に軍隊に所属する兵士たちは、こっちの指針が適応されるし、訓練はこの平均の引き上げを狙って意図されている。
しかしながら、騎士国はその二つの方法以外を選択した。
それは、一番能力が高い者に他の者が動きを合わせるという、とんでもない荒業だった。
用兵の定石をぶっ飛ばすような運用法だけど、俺の見立てに間違いはない。
実際、今近づいてきている騎士国の軍勢の様子を観れば、誰でも同じ見立てをするだろう。
なにせ、明らかに馬術が上手な騎士が突撃陣形の最先端に配置されていて、その他n者たちはその騎士の動きを真似ようとしての一拍遅れで後についていっているのだから。
「あんな無茶をやっているのに瓦解していないのは、それだけ騎士国の軍勢の技量の底が高いってことだろうな」
高い技量を持つ者たちを使った無茶な運用に、俺ですらもう少し上手い運用を思いつくのにと残念に思って、つい口から思わず愚痴が零れてしまった。
いやいや、ここで気にするべきは敵のことではなく味方のことだろうと、俺は意識を切り替える。
味方の陣形は、昨日の会議で決めた通りになっている。
五日目の戦いでは中央を厚くして敵を受け止める陣形だったけど、今回はあえて真ん中の人数をやや薄くしている。
この陣形じゃ真ん中を抜かれてしまうんじゃないかと不安に思うだろうけど、むしろ『敵に真ん中を狙って突っ込ませる』ことが主眼の陣形だったりする。
普通に戦術を知る相手なら、陣形の真ん中という狙い目の場所を薄くしている時点で、罠を警戒して騎馬突撃は取りやめるだろう。少なくとも俺なら、突っ込ませる真似は止めさせる。
しかし戦術素人の騎士国の軍勢ではどうだろうか。
俺が騎士国側の立場で想像するに、狙いだった敵の陣形の中央が手薄なんて幸運に与ったからには突撃するしかないと考えるだろう。
そして俺の想像が当たっているかのように、まさに騎士国の軍勢はノネッテ合州国側の人員が薄い陣形中央に馬の鼻先を向けていた。
少しして、突撃してきた騎士国の軍勢が、少しの突破の抵抗の後に、ノネッテ合州国の陣形の中央から押し入ってきた。
「狙うは、ミリモス・ノネッテの首だ!」
「「「いはああああああああああ!」」」
戦闘の騎士の発破の声に合わせて、後続の騎士が乗馬を急き立てる声を上げる。
このまま行けば、確かに俺のいる場所まで到達されてしまうだろう。
もっとも、そのまま突撃させるはずがないのだけどね。
「陣形の口を閉じろ! 歯で騎士を噛み砕け!」
俺の号令の直後、こちらの陣地内で陣太鼓と銅鑼が慣らされた。
その直後、突撃されて空いた陣地中央へと前線の者たちが集まって防波堤を作り出し、騎士国の突撃陣形の後半部を構成していた兵士のみを陣地の外へと押し返した。
そして陣地中央から陣地後方に位置する俺に向かってくる騎士国の騎士たちを狙って、横合いから新型の魔導鎧を装備した部隊が跳びかかる。
「行かせるかよ!」
「罠にかかりやがったな、馬鹿め!」
「ここで落馬していけ!」
一人の騎士に対して、三人がかりでの跳びかかり。
魔導鎧部隊からの襲撃を察知しても、集団で高速で動いているため、騎士たちは迂闊に止められない。下手に馬の走りを止めようものなら、後続の味方と衝突して事故を起こしてしまう。
常日頃から集団訓練をしていれば、こんな事態でもパッと散開して避けることがかのうだろうけど、昨日今日に戦術を取り入れたばかりの騎士国の騎士たちに、そんな動きが出来るはずもない。
騎士の大半は、跳びかかってくる魔導鎧部隊の一人目か二人目は避けれたが、三人目に捕まって馬上から落とされてしまう。そして馬から落ちた騎士を殺そうと、武器を持った旧式の魔導鎧を着た者たちが近寄っていく。
しかし騎士たちの多くは、咄嗟に神聖術を全開にして魔導鎧たちを跳ね除けて立ち上がり、指笛を鳴らして乗騎を呼び戻して背に乗る。そしてすっかりと囲まれていると知ると、突撃は失敗だと認識したのか、こちらの陣形の横へ逃げる形で走り去っていった。
この攻防で、こちらにとって運よく仕留められた騎士の人数は、ほんの一人か二人のようだった。
「もう少し打ち取れていたら、今後の戦いももっと楽になったんだろうけどなぁ」
なんて俺が感想を零していると、横にいた伝令が慌てた声を上げた。
「ミリモス様! 呑気に構えていないでください! 騎士が、騎士が来てます!」
伝令が指す方を見ると、確かに一騎の騎士が近寄ってきていた。
横合いから跳びかかる魔導鎧たちを、馬術にものを言わせて巧みに躱し、俺を狙って近づいてきている。
いや、伝令に指摘されなくても、俺も騎士が近づいてきていることは、ちゃんと分かっていたよ。ただ単に、感想を呟くぐらいの時間はあると判断しただけだし。
「問題はないよ。相手が一騎だけならね」
俺は部隊指揮の必要性から騎乗していたのだけど、乗っている馬の鼻先を近寄ってくる騎士へと向けさせる。そして勢い良く駆けさせた。
「根競べに付き合ってもらうぞ!」
俺は腰から剣を抜き放ち、人馬一体の神聖術を使って、乗騎の速度を上げる。
向かってくる騎士も、相手が俺だと察知したんだろう、こちらに狙いを据えて駆け寄ってくる。
騎士は、やや左に進路を取り、俺とすれ違う軌道を取ろうとする。すれ違いざまの一撃を狙う気だろう。
しかし俺は別の目的があって、こちらの軌道を修正して近寄る騎士と正面衝突するように乗騎を走らせる。
騎士は二度ほど軌道修正するが、俺が正面衝突の軌道を譲らずにいると、最後には諦めて衝突軌道のままになった。
さてさて、この馬でのチキンレース。俺は勝つ公算があっての行動だけど、騎士はどうだろうか。
二匹の馬が衝突する寸前、俺は手綱を操りながら、鐙から足を抜く。自由になった足で乗馬の鞍を踏んで跳び、手綱を手放した。
俺という操り手が居なくなったことで、俺の乗馬は自由意志の下で衝突を回避しようと身体を捻ろうとする。
空中にいる俺の目の前で、騎士は――恐らく衝突に意識を強く傾けていたからだろう――突飛な俺の行動に戸惑いを見せて、見事だった馬術に一瞬の陰りを生んでいた。
その一瞬の隙を狙い、俺は剣で刺突した。
狙いは、騎士の兜にある目のスリット。
剣先が兜の隙間に入り、騎士の顔に刃が突き刺さり、目の周辺にある骨を突き砕いた感触が走り、そこで俺は剣を手放した。このまま柄を握っていたら、馬の勢いのまま直進する騎士の勢いで、手首を挫くと思ったから。
「よっと。他に騎士は来ていないよね」
俺は用心で短剣を抜きながら、乗騎を呼び戻して背に乗り直し、馬上の高い視点から周囲の状況を確認する。
陣地内に突撃してきた騎士国の騎士たちは、魔導鎧部隊の活躍もあって、陣地の左右へ逃れて戦線離脱していっている。
陣地の前線に押し止められてしまった騎士国の兵士たちも、騎士が逃げ帰る姿を見たんだろう、三々五々に下がっていく。
逃げる騎士国の連中を、ノネッテ合州国の兵たちは追わない。下手に追撃して人員を減らす方が、この戦争の目的である時間稼ぎに不都合だからだ。
さて、今回の戦いもひと段落ついたなと判断を終えたところで、後ろを見る。
俺の剣を頭から生やしている騎士が、ぐらりと乗騎から揺れ落ちた。落ちた後、動かなくなった騎士を心配しているのか、騎士の馬が鼻面を押し付けて起こそうとする。
その馬の健気さに心打たれたというわけじゃないけど、騎士の死体へ向けて少しだけ仏心が湧いた。
「昨日と今日の戦いで打ち取った騎士の死体を、騎士国側へ引き渡そうかな」
思い出すのは、俺がパルベラと初めて会った森の中――あのときアレクテムから教えて貰った、死した騎士の弔い方だ。
俺は近くの兵を呼び寄せて、騎士国の騎士の死体を集めさせ、肢体の様子を整えながら一つの荷馬車に乗せさせた。騎士国の兵士の死体も、馬車の隅に積み重ねる形になったものの、一緒に乗せた。
その後で荷馬車の御者に、松明の先端に水を含ませて煙を吐きやすくした葉や枝を巻き付けた、なんちゃって発煙筒を掲げさせながら騎士国の陣地へと向かわせた。
発煙筒は死んだ騎士の位置を示す狼煙の代わりだけど、騎士国側は気付いてくれるだろうか。
まあ、相手は『正しさ』を標榜する騎士国だ。非武装で近寄ってくる荷馬車を問答無用で襲ったりはしないだろう。
騎士の死体を送り帰した後、荷馬車が空荷で戻ってきた。手に書状を一つ持って。
書状は騎士王からのもので、遺体の返却を感謝するものだった。
そして遺体返却の礼として、明日一日は攻撃しないという宣誓がされていた。
「こんな誓いをしちゃって。俺が騎士国を攻める軍勢を刺し向けると考えないのかな」
いやまあ、時間稼ぎが狙いのノネッテ合州国側が、騎士国の軍勢の心証を最悪にしてまで、あえて明日に軍勢を出す必要は全く無いんだけどさ。