三百八十話 付け焼刃
騎士国が戦術を使う。
この衝撃的な報告に驚いてしまったが、すぐに対応しなければ被害が出ると気付き、俺は意識を切り替える。
「今日、最前線にいる兵たちは、どの兵か分かる!?」
「は、はい。ドゥルバ将軍麾下の、前々から魔導鎧の部隊を任されていた者たちです。そのほぼ全員が、新型魔導鎧を着用しているかと」
その返答を聞いて、俺は胸をなでおろした。
敵が新たな動きを見せたときに、こちら側の精鋭が前線に出ているなんて、不幸中の幸いだな。
安心はできるけど、騎士国が相手だからこそ、指示を出す必要がある。
「騎士国がどんな戦術を選ぶかさえ分かれば、対応できるんだけど……」
俺は口を噤んで、思考に没頭する。
騎士国は、今まで戦術や戦法なんて使ってこなかった。
つまるところ、個人的な武勇に優れてはいるが、隊列や団体行動に関しては素人と言える。
そんな素人の集まりには、複雑な団体運用は難しい。
だから取れる戦法は、極めてシンプルなものになるはずだ。
そして騎士国の軍の編成は騎士と兵士――言い換えるなら、騎馬隊と歩兵隊の集まり。
たった二兵種で、簡単かつ有用な戦法となると、さらに数が限られてくる。
俺はあり得そうな戦術を知識の中から列挙して、一番確率が高そうな一つに絞り込んだ。
「きっと騎士国は、騎馬突撃を仕掛けてくる。しかも、こちらの軍隊の中央を抜く形でだ。前線には、中央部の守りを厚くするように指示を出してくれ」
この俺の指示は、伝令によってすぐに前線へと伝えられ、ノネッテ合州国の軍隊の隊列が整えられていく。
隊列の中央部には多くの新型魔導鎧が配置され、持たせる盾も新品のものに交換される。万が一、最前線を突破されても後続が支えになるように、二列目三列目にも熟練の兵が集まるようになる。
普通、こうした大規模な転換を行うと、こちらが警戒していることが相手に伝わるもの。
しかし、今日前線に立つ兵たちが熟練ばかりということもあってか、傍目には昨日までと変わらない配置のように見せかけている。
俺みたいに詳しく部隊の装備や兵員を知っているのなら、昨日までと違うと理解することができるけど、きっと騎士国に見破れないだろうな。
隊列を組み直して準備万端整ったところに、騎士国の軍勢が陣地を出て、こちら側へと突っ込んできた。
騎士国の陣形は、先頭に騎士たちを楔形に配置した突撃陣形。騎士の後ろには、兵たちが走りながら追従している。
これで俺の予想は当たったことが確定だ。
けど問題は、この後の騎士国の狙いが二通りに分かれることなんだよな。
一つは、損害を覚悟で強引に中央突破をした後に、俺という指揮官の首を取ることで、ノネッテ合州国の兵隊の士気を瓦解させることが目的の命令系統の斬首型。
前世風に言うなら、川中島の合戦で武田信玄を狙いに行った上杉謙信の戦い方だ。
もう一つは、一当てした後に引き返し、また勢いをつけて突撃してくる、波状攻撃型。
この戦法の目的は、昨日まで以上に、こちら側の装備と兵員を削り、将来的な優位性を確保すること。
さて、どちらが騎士国の目的かなと見守っていると、最前線で両軍が衝突した。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
雄叫びを上げながら騎士国の騎士たちが一団のなって、こちら側の隊列中央に突っ込んでいく。
「耐えろ、押し返せええええええ!」
最前線にいる魔導鎧部隊から大声での死守命令が上がる――聞きなれた声だと思ったら、ドゥルバ将軍が前線指揮を担っているようだ。
きっと騎士国の動きが変化したことを知って、不測の事態が起きても即時対応ができるように、自分から前線指揮に赴いたんだろう。
ドゥルバ将軍が戦前に出張ってくれているのなら、俺は後方部隊の援護を指揮することにしようか。
「弓隊は、曲射で矢雨を敵へ。騎馬隊は陣形の左右に移動し、敵が中央部を抜けてきたら左右から挟撃し、反転して逃げるようならその背後を一突きするための準備を行うように」
伝令を走らせて命令を伝えさせると、程なくして弓矢が放たれ、騎馬隊の位置が変わる。
さてさて、これで受け止める準備はできた。騎士国の動きはどうか。
最前線では、中央へ突撃してきた騎士国の騎士を、魔導鎧部隊が大盾を用いて受け止めていた。そして、乱打戦へと移行している。
騎士国の騎士が剣を振るうたび、魔導鎧や大楯が空中を飛んでいく。
「分かっていたけど、騎士の個人的な武力が高過ぎる――けど、やっぱり戦術は素人同然だ」
騎兵突撃は、突破できれば最上で、出来なかった際には即座に引くことが次善だ。
いま騎士国の騎士がしているように、最前線で留まって剣を振るうなんて真似は、戦術の上での評価なら下策も下策だ。
その騎士国の騎士の対応の不味さについて、ドゥルバ将軍も見取ったのだろう、最前線の動きが変化する。
新型の魔導鎧を来た人物が数人、それぞれ騎士に跳びかかっていく。その魔導鎧たちは、武器どころか盾も装備していない、無手の状態だ。
一瞬、ドゥルバ将軍がとち狂ったのかと誤解しかけたけど、その直後の光景を目にして、俺は勘違いだったと安堵した。
「うおおおおおおおおおおお!」
決死で飛び込んでいく魔導鎧へ、騎士国の騎士が剣を振るって弾き飛ばそうとする。
その直後、魔導鎧の眼前に半透明の大きな板――魔法の盾が出現した。
騎士の剣は、神聖術を纏っていることもあり、魔法の盾を切り払う。しかし魔法の盾を両断する際に、ほんの一秒程度、剣の動きが止まっていた。その一秒の間に、魔導鎧は騎士へと組付き、馬上から抱え落としてみせた。
「退くがいい!」
組付かれた騎士は急いで魔導鎧を蹴り剥がそうとするが、新型魔導鎧は膂力だけなら神聖術を使う者に匹敵するため、すぐに退かせられない。
そうこうしている間に、その近くに他の魔導鎧の者たちが近寄る。その手には、ロッチャ製の質の高い武器が握られている。
「やれええええええええええ!」
組付いている魔導鎧の者が指示を出した直後、近寄ってきた魔導鎧の者たちは横合いから武器を繰り出し、組み伏せられいる騎士へと突き立てた。
その攻撃の成果については、最前線の人垣に邪魔されて、俺の目からは見えなかった。
しかし直後、組み伏せられていた騎士を他の騎士が助けに入って身柄を確保したことで、攻撃の可否を見ることができた。
組み伏せられていた騎士の鎧の側面には、武器で付けられた大穴が開いていて、真っ赤な血が零れ落ちている。
一目で致命傷かは分からないけど、相当な重傷であることは間違いない。
そして騎士の一人が大怪我を負ったからか、今まで前線に留まって剣を振るい続けていた騎士国の騎士たちが、一斉に引き上げていく。
ドゥルバ将軍は魔導鎧の兵たちを用いて、その後を追おうとする。
しかし騎士たちに追いついてきた騎士国のの兵士たちに足止めを行い、ドゥルバ将軍の追撃は食い止められてしまった。
そして騎士たちが十二分に戦場から離れたところで、騎士国の兵士たちも撤退行動に入る。
騎士国の兵士たちのバラバラに走って後退していく姿を、こちら側の魔導鎧部隊の者たちは見逃して、自分たちの隊列を整えることに努めていく。
下手に追おうとして隊列を崩せば、その隙を騎士国の騎士が引き返して狙ってくるかもしれないため、的確な判断と言える。
「さて、こちらにも多少の被害はでたけど、騎士国の騎士の一人に大怪我を負わせた事実は大きい。騎士を抱き着き落として突く戦法は、これからの戦いに組み込めそうだね」
今の戦いの成果は、嬉しい誤算だ。
それにしても、騎士たちの動きが下手なせいで、騎士国がどんな目的で中央突撃を狙ったのかは分からなかったな。
ちゃんと判明するまでは、指揮官狙いか消耗狙いか、どちらでも対応できるように準備を進めないといけないな。
「騎士国の突撃の第二波、三波がくるかもしれない。警戒は厳密にすることを周知徹底させてくれ」
俺は伝令を走らせ、軍隊全体の士気の引き締めにかかった。