表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
427/497

三百七十八話 休息へ

 戦争の一日目が終了し、ノネッテ合州国と騎士国の軍勢は、それぞれの陣地へと引き上げた。

 戦場からやや離れた野原にある自陣へ入ると、俺は配下に被害状況をまとめるように伝えた後で、夜警の指示をするため農民兵を集めて編成を行った。


「ということで、君たちには夜通し、陣地周辺の警戒をしてもらうから」


 俺がそう伝えると、農民兵の一人がおずおずと手を上げてきた。

 なにか質問だろうかと発言を許可すると、その農民兵は俺からの叱責がなかったことに安堵するような表情で喋り始める。


「あのぉ。夜の見回りなんて、必要なんですかね?」

「夜となると、周囲の光景が見えなくなる。その夜陰に紛れて敵兵がやってくることは、戦場では良くあることだ。その隠れてやってくる敵に対して――」


 夜警の意味に付いて聞いていると思って説明しようとしたところ、その農民兵に違うと身振りされた。


「そうでなく。あのぉ、相手は騎士国のお方でしょう。なら、夜に襲ってくるなんて盗賊みたいなこと、やってこないでないかと」


 農民兵の言い分を、俺はようやく理解した。

 夜襲なんて真似を、『正しさ』を標榜する騎士国の連中はしないんじゃないのかと、そう思っているんだろう。

 軍事に詳しくない農民の意見としては、そう考えてしまうことは当たり前だろう。


 市井に暮らす人たちにとって、夜闇に紛れて動いたりする者は泥棒かそれに類する後ろ暗い連中、という認識が強いことは間違いない。

 特に農民にとってみたら、農作物を盗んでいく者たちは押し並べて夜に活動するもの。

 夜に活動する人、イコール、悪い人だという認識は、町の中だけで暮らす人よりも強いかもしれない。

 そういった認識の上で、悪い人の行いを正しい騎士国の人たちがするはずがない、と思ってしまうことは道理に合っているだろう。


 しかしながら、それは農民兵が勝手に騎士国に抱いている印象だ。

 そもそも、騎士国が言う『正しさ』とは、その時や場所によって変化するものと、俺は知っている。

 日常なら、夜に出歩くことは夜盗に間違われる可能性があるから手控える、という行動は『正しい』だろう。

 だが場所を戦場に移した場合、夜に出歩くことは敵情の視察や夜襲などの軍事的に効果の高い行動があるため、夜動くことは『正しい』ことと言える。


 そういったことを、懇切丁寧に教えてあげようとして、途中で俺は思いとどまる。

 いま目の前にいる農民兵が必要なのは、正しい理由じゃなく、納得できる理由を教えて欲しいんだ。

 それも、例え騎士国が夜襲をしかけてこないことが確実だとしても、夜警を行うべき理由をだ。

 そう察した俺は少し考えてから、もっともらしい理屈付けをすることにした。


「これは決まっていることなんだ。だから、騎士国の人たちが夜に来ようが来まいが、君たちには夜警を行ってもらう」

「決まり事なんで?」

「ああ。夜に警戒してくれる人がいることで、陣地にいる人たちが安心して休息できるようになるんだ。絶対に敵が夜に来ないと分かっていても、もしかしたらと不安になると、寝つきが悪くなるからね」


 俺の説明を受けて、農民兵たちはなるほどと頷いている。

 きっと彼らは、村落で暮らしている際に、野生動物か夜盗のどちらの襲来は知らないけど、夜が不安に思う日があったんだろうな。そして夜の見回りをする人を出したことで、安心して眠ることが出来た経験があるんだろう。

 俺はそう予想しつつ、農民兵たちが『どうせ夜襲はないんだから』と職務を放棄しないよう、きっちり釘を刺すことにした。


「陣地で休憩する人たちの安息のためだ。見回りに手を抜いちゃダメだからな。もし手抜きをしているとバレようものなら、偉い兵士に怒鳴られることになるからな。お前らがちゃんと夜警をしなかったから、不安で不安で眠れなかった! なんてな」


 俺の冗談口調に、農民兵たちは笑い顔になりつつも、その瞳には緊張感があった。

 俺に思惑を見抜かれたことで気持ちを引き締めたのか。それとも兵士に怒られる未来を想像して、そうなりたくないと考えたのか。

 どちらにせよ、農民兵たちがやる気を出してくれてよかった。

 俺は農民兵に三交代制での夜警を命じ、軍隊の主要陣が集まる天幕へと向かった。もうそろそろ、被害報告の概算が纏まっているだろうと予想して。



 日が明け、俺たちは軍を編成して再び戦場へと向かった。

 昨日、心身を削るようにして戦線を維持してくれた魔導鎧部隊――その着用者は、この陣地で一日の休息に当たらせている。

 その原因は、魔導鎧が着用者の魔力を吸って、強大な膂力を発揮する魔導具だから。つまり昨日の着用者は、ほぼ全てが魔力切れとなっていて、魔力を回復しきっていない今朝では動くのすら億劫という有り様なのだから仕方がない。

 今日、魔導鎧を着ている者たちは補充要員――といっても、ちゃんと訓練を積んだ者たちなので、昨日と比べて戦力が落ちるということはない。

 俺は問題はないと判断した後で、昨日集めた被害報告を想起していた。 


 被害報告では、人的被害については、とても軽微なものとされていた。

 ぜいぜい百人規模の死傷者が出ただけ――それも大半が軽傷の部類だった。

 この被害の少なさは、人的被害がでないよう堅守での戦いに終始したから、当然の結果といえた。

 しかし問題はある。

 それは、装備の損害だ。


 騎士国の兵士や騎士の猛攻に晒されて、魔導鎧部隊が持っていた盾はかなりズタボロになってしまっていた。

 騎士に当たった者の盾の中には、上下に両断されたものがあるほど。

 両断した騎士の容姿を教えてもらったが、どうやら前騎士王のテレトゥトスにやられたようだ。前騎士王の所業なら、まあ納得できる被害だな。

 ボロボロになって使えそうにない盾は、もう予備のものと交換してあるから、今日も防御は完璧に行える。

 とはいえ、このままの消耗速度だと、戦いが厳しくなってくる。

 修復可能そうなものは、陣地に連れてきている鍛冶師に直して貰っている。両断された盾も、上と下に持ち手を付けることで白兵戦用の盾として作り直される予定だ。

 そうやって、どうにか損耗を抑えようとしているけど、やっぱり盾の消費が早い。

 後から戦場に来る補給物資を運ぶ輸送隊には、盾の補給も持ってくるよう命じてはある。

 けれど、消耗速度が予想以上なため、いつか近いうちに盾の在庫が切れる日が来るのは目に見えている。


「どうにか日数を稼ぐ戦法を考えないとな……」


 頼みの綱である帝国の軍勢は、昨日一日で騎士国の領土のどの辺まで進むことが出来たんだろうか。

 その情報を知る方法は、悲しいかな今の俺にはない。

 前世なら、ネット上のニュース速報なんかで、最新の情報が入手し放題だったのになと、思わず肩を落としてしまうのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版1巻 令和元年10月10日から発売してます! 書籍版2巻 令和二年5月10日に発売予定?
61kXe6%2BEeDL._SX336_BO1,204,203,200_.jp 20191010-milimos-cover-obi-none.jpg
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] 鳥魔道具発展してないんやな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ