三百七十七話 一日目の戦い
ノネッテ合州国と騎士国との戦争が始まった。
ノネッテ合州国側は、巨大な盾を装備した魔導鎧部隊を前面に置いた、堅守の陣形。
騎士国は、帝国との戦いのときと同じように、個々人がバラバラに突撃してくる戦法だ。
個人技によるゴリ押しが騎士国の戦い方とはいえ、相も変わらずだなと感想を抱いてしまいそうになる。
けど、こんな緩んだ気持ちのままじゃダメだと気付いて、自分で自分に喝を入れた。
「よしッ! 全隊、油断するなよ! 相手は、あの恐ろしい騎士国の軍勢だ! 相手がバラバラにせめて来ようと、侮らずに防御を確りと固めるんだ!」
俺の大声が浸透していき、軍勢全体の士気が引き締まった感じがでてくる。
もっとも、俺の声が遠くの前線に届くわけもないので、きっと全体に声が伝わるように伝令が伝えてくれたんだろうけどね。
そうこうしている間に、ノネッテ合州国と騎士国の前線が衝突した。
「おおおおおおおおおおおおおお!」
「耐えろおおおおおおおおおおお!」
騎士国側からきた鬨の声に反応するように、ノネッテ合州国の軍勢からも大声が発せられる。
その直後、ノネッテ合州国の大盾と騎士国の剣が打ち合う音が、戦場に響いた。
普通の装備なら、騎士国の軍勢と衝突すれば、こちら側の兵士たちが空中へと吹き飛ばされていたことだろう。
しかし今回、ノネッテ合州国の軍勢が吹き飛ばされることはなかった。
その様子を見て、俺だけでなく、俺の周囲にいる部隊長たちや参謀たちも安堵した様子だった。
「あの大盾は、ちゃんと騎士国の軍勢に耐えられるようです」
「耐えてもらわねば困るぞ。あの魔導鎧部隊じゃなければ持てないような超重量の盾こそが、我々の命綱なのだからな」
周囲の部下たちが語るように、本当に大盾だけが唯一騎士国に対抗できる防御力を持っている。
その大盾、実は戦車の装甲かといった感じの、かなり厚みのある鉄の板で出来ている。
流石にこれほどの厚みのある鉄の板だと、並の装備なら一撃粉砕してくる騎士国の軍勢であろうと手を焼いている。
まあ、俺やファミリスが神聖術を使っての試し切りして、盾が一撃で斬り捨てられないことは実証済みだから、当たり前の事実なのだけどね。
もっとも、斬れなかったことに腹を立てたファミリスが、何度か挑戦して最後には斬ってみせた。
それでも、それはあくまで盾を据え置いた状態でのこと。
兵士が支える状態だと、盾の角度は毎秒変わっていく。盾の角度が変われば、斬りつける角度も変える必要がでてくる。そんな微妙な調整、周囲を敵味方で囲まれた中で行えるのは、よっぽどの達人以外にはいない。
つまりそれは、相手が騎士国であろうと、その軍勢の大半を占める兵士では突破不可能ということだ。
「さてさて、盾の防御力が証明されて、味方に余裕がでてきたな」
やっぱり騎士国という、昔から武名を轟かせていた存在が相手だ。
俺がどれだけ盾は硬くて丈夫だと説明しても、ノネッテ合州国の兵士たちは不安な様子は隠せていなかった。
しかし、現実に騎士国の兵士たちを押し止めた事実を前にして、兵士たちは『やれるじゃないか』と実感できた様子だ。
その証拠に、衝突する前まで動きが鈍かった部隊運用が、騎士国の前線を押し止められた直後から、動きが滑らかになってきている。
「受け止められる! なら倒せるはずだ!」
戦場の最前線からの声が、風に乗って俺の耳に届いた。
その声が聞こえた直後、前線で動きが出た。
ノネッテ合州国の最前線には、新型の魔導鎧が多数配備されている。
新型魔導鎧は二人乗りということもあり、稼働時間が長い。その稼働時間の長さが、盾で前線の壁を形成するのにとても役立つと判断したからだ。
そして新型の魔導鎧は、二種類存在する。
今までの魔導鎧に背負子を乗せたような形の二つ腕と、同じ背負子を乗せた形でも背負子に腕が二本付いている四つ腕。
前線に動きをもたらしたのは、四つ腕の新型魔導鎧だった。
背負子に付いた二つの腕が動き出し、それぞれ握っている長柄の武器が持ち上がったのだ。
そして、それらの腕は握っている武器を、騎士国の兵士に向かって、大盾の上を越すように振るった。
直後、悲鳴とも驚きともとれる声が、騎士国側から出てきた。
生憎と俺の場所と戦場が離れているため詳しくは聞こえなかったけど、四腕の魔導鎧の奇妙ないで立ちに戸惑っているようだった。
「普通、腕が四つある相手と戦ったことないだろうしね」
「ははっ。我らも四腕との訓練をした際には、今までの常識が崩れる音を聞いた気分でしたな」
可笑しそうにいうドゥルバ将軍に、俺は横目を向ける。
「ドゥルバ将軍の魔導鎧部隊のお陰で、ああして変わった戦い方ができるようになった。これで騎士国の軍勢に耐えられる目が増えたよ」
「おや。あの戦い方で勝てる、とは思われないので?」
「冗談言わないでよ。あれぐらいの小手先で騎士国の軍勢が打ち破れるなら、とっくに帝国が騎士国を滅ぼしているって」
「傷つかぬ盾で壁を作り、その壁を越える長尺の武器で攻撃することで、一方的に敵を叩くことができる。戦況を見るに、勝てそうに思うのですが?」
「騎士国の兵士が相手なら、まあそうだろうね。でも、騎士国の騎士が相手になったら、そうはいかないよ」
俺の言葉を証明するように、前線の一角で大盾がいくつか空中へと吹き飛ぶ姿が見えた。
そちらに目を向けると、馬に乗った騎士ばかりが五人ほど、一塊になってノネッテ合州国の前線から離脱する様子があった。
「どうやら騎馬突撃を食らわせてきたようだね。でも、騎馬突撃したのはいいけど、大盾との衝突で勢いが死んじゃったから、ああして踵を返して引き返すんだろうね」
「……やはり、一筋縄では行かぬようですね」
「それは俺たちも分かっていたことでしょ。それに、この戦いは長丁場の想定だよ。少なくとも、ノネッテ合州国の側ではね」
「焦らず、じっくりと、粛々とした対応を、ですな」
そう。大盾の守りは硬いんだ。焦って変な真似をしなければ、戦線の維持は難しいことじゃない。
そして俺たちは時間稼ぎが目的。変に攻撃を意識しないで済む分、防御に注力することができる。
四腕の魔導鎧には攻撃させているけど、その主目的は牽制。こちらの攻撃が届くと知れば、騎士国の兵士や騎士の勇猛果敢さに陰りが出ることに繋がる。
俺は戦場を見て、今のところは上手くいっているなと、胸をなでおろす。
そうこうしている内に、最前線は膠着状態になり、激しく攻め立てる騎士国側と必死に防御するノネッテ合州国側という構図が固まりつつあった。
「どうやら、騎士国の殆どの手勢が前線に出てきているようだね。それじゃあ――弓隊、敵を狙い、曲射を放て!」
「弓隊! 曲射、放て!」
俺の言葉が伝言され、弓隊へと送られる。
すぐに弓隊は動き始め、斜め上空へ向かって弓を引き絞り、矢を放った。
ざざっと音を立てながら飛んでいった矢は、やがて重力に引っ張られるようにして、最前線の向こう側へと落ちていく。
その落ちる結果を見る前に、第二射、第三射が放たれる。
断続的に続く矢雨の光景を遠くに見ながら、ドゥルバ将軍が俺に質問してきた。
「この矢は、騎士国を相手に通じるのでしょうか」
「さてね。通じれば儲けもの、多少動きが鈍ってくれれば上々の結果って、俺は考えているけどね」
神聖術を使える俺だから知っているが、神聖術と鉄の鎧で身体を覆おうと、身体に鏃が突き刺さらなくても矢が当たれば痛いもの。
その痛みによって身動きが鈍れば、敵の勢いは削がれる。削がれた分だけ前線への圧力が弱まるのだから、これは立派な味方への支援になる。
とはいえ、俺も運よく騎士国の兵なり騎士なりに矢が刺さってはくれないかなと、密かに願ってはいる。
騎士国の軍勢は、圧倒的に少数だ。少人数であっても矢が刺さって戦線を離脱してくれるだけで、敵の戦力が大幅に減少することが見込まれるから、願わずにはいられない。
「さて。この序盤戦で、こちらが一筋縄では行かない相手だと分かったはずだ。ここは一度引き返して、作戦を練った方がいいんじゃないか?」
俺が独り言を向けた先は、敵側の騎士王とコンスタティナ。
この独り言が通じて、騎士国側が引き返してはくれないものかと願ったものの、中天にあった太陽が傾くまで――おおよそ三時間ほども、今日の戦いは続くことになったのだった。