三百七十四話 帝国は企んだ
フンセロイアは俺と面会するなり、人払いをお願いしてきた。
意外な申し出に、俺の方ではなく、フンセロイアの方の護衛たちが驚いた様子を見せていた。
「フンセロイア様。護衛の立場として言わせていただきますが、ここでお一人になるのは……」
「これは必要なことですよ。さあ、早く外へ」
フンセロイアの頑なな様子に、帝国の護衛たちは仕方がないといった顔つきで、そろそろと部屋の外へと出ていく。
フンセロイアが率先して人払いをしたからには、こちらも応じなければいけないよな。
「皆。外してくれ」
こちら側の人員も部屋の外に出たところで、フンセロイアとの密談となる。
「それで、人払いをしてまで、こちらに伝えたいことってなんでしょう?」
俺が会話の水を向けると、フンセロイアはいつも通りの胡散臭く感じる笑みを浮かべた。
「ノネッテ合州国と騎士国とで、戦争になると伺いましてね。これは早速、ミリモス殿とお話をしなければと、こうしてはせ参じたわけです」
騎士国空の宣戦布告は、俺だって先ほど知った内容だ。
フンセロイアの移動時間を考えれば、帝国は十日以上も前に、この事実を知っていたという計算になるんだけどなぁ。
「確かに、騎士国から宣戦布告を受けました。それで、帝国はなにを望んで、俺のところに来られたので?」
「はははっ、決まっているでしょう。騎士国を潰す機会を逃さないためですよ」
フンセロイアは笑みの具合を少し落として、目つきを真剣なものに変えた。
「以前にもお伝えしたと記憶しておりますが、騎士国をノネッテ合州国と帝国とで打ち倒す算段をしたいのです」
「ノネッテ合州国と騎士国が戦争を起こすときに便乗して、帝国が参戦するわけですね?」
「いいえ。帝国とノネッテ合州国が手を取り合うことはできません。もしそんな真似をすれば、騎士国は先に帝国を叩いてくるでしょう」
フンセロイアの確信を持った言動だが、俺は意味が分からずに眉を寄せる。
「ノネッテ合州国との戦争を控えているのに、騎士国が帝国と戦うなんて――」
と懸念を口にしている間に、俺の頭の中で情報整理がついた。
「――なるほど、騎士国がノネッテ合州国に準備期間を与えたことに疑問があったけど、この期間は帝国を牽制するためのものだったのか」
「ノネッテ合州国が戦争を準備する期間の間に、帝国がノネッテ合州国と共同戦線を張ろうと動けば、騎士国は帝国に対して戦争を起こす手筈のようですね。例年通りの、帝国対騎士国の戦争という位置づけで」
先に帝国を叩き、続いてノネッテ合州国と戦う。そんな連戦は騎士国にとって負担だろうけど、一度の戦争で帝国とノネッテ合州国を二正面で相手にするよりかはマシだな。
「でも、フンセロイア殿は、いまこの場にいますよ。これじゃあ、騎士国が帝国を叩く口実に使われるんじゃ?」
「ふふっ。帝国が、そんな片手落ちをするはずがないでしょう。すでに手は打ってあるのですよ。騎士国が二正面作戦を行わざるを得ないように」
自信満々なフンセロイアの様子を、俺はいぶかしむ。
現状の状況を考えると、騎士国が連戦に動き出すことは考え付くが、わざわざ二正面作戦に出るよう動くとはとても思えない。
「どういう手品で、騎士国を動かすんですか?」
「流石のミリモス殿とて、方法は考え付きませんか?」
「生憎、俺は凡材ですよ。兵法書にないような、突拍子もない方法を考え付く能力の持ち合わせはありませんって」
「ははっ。ご謙遜を」
フンセロイアは、俺が考え付かないと表明したことに対して、気を良くした様子で方法を説明する。
「なに、簡単な方法ですよ。帝国から騎士国に宣戦布告を行ったのです。今までの両国の関係に決着をつけようと、戦争開始日時と場所を沿えて。それも騎士国がノネッテ合州国に宣戦布告するより、ほんの半日だけ前にです」
帝国からの布告を知って、騎士国の使者がノネッテ合州国へ宣戦布告を止めないよう、時期を見計らったのは分かる。
けど、半日前を見計らうような職人技を、この情報の流通が遅い世界で行えるのだろうか。
どれほどの情報収集能力を持っていれば、そんな都合の良い真似ができるのだろうか。
俺には想像もつかないな。
「時系列的に言えば、帝国が騎士国に宣戦布告し、続いて騎士国がノネッテ合州国に宣戦布告を行った。傍から見れば、騎士国が自分から望んで二正面作戦に打って出たように見えなくもないですね」
「その通り。そして騎士国は『正しさ』を標榜する国家。挑まれた戦争を受けずにはいられないでしょうし、自ら打診した戦争を取りやめには出来ません。真っ当な理由なくば、面子が立ちませんからね」
「それにしたって、真正直な二正面作戦にはならないんじゃないか。戦争をする時期がズレれば、騎士国は片方の戦争を全力かつ短時間で攻め破り、次の戦争に注力すればいいんだし」
俺の真っ当な疑問に対して、フンセロイアの上機嫌さ具合が上がった。
「その心配は御無用です。なにせ、騎士国がノネッテ合州国に戦争を起こすと示した日時と、帝国が騎士国へ示した日時は、せいぜい二日三日ほどしか違わないでしょうからね」
だから同時に騎士国を攻めましょうとフンセロイアに言われ、俺は溜息が尽きたくなった。
「……本当に、どんな情報収集をしているんだか」
「詳しくは秘密ですが、方法の足がかりを二つだけ教えましょう。一つは、王の変更による混乱は暗躍する者にとって絶好の機会なのですよ。もう一つは、情報というものは、どうあっても漏れるものです」
ヒントを純粋に読み解けば、騎士王が交代した隙を狙って間諜を潜ませ、漏れてきた情報を救い上げたってことか。
でも、それだけじゃないだろうと、俺の勘が囁いている。
しかしどんな方法かまでは、俺の勘働きは至らなかった。
「とにかく、ノネッテ合州国と騎士国が戦争を行うとき、帝国も騎士国を攻めるということでいいんですよね?」
「はい。あくまで、別々に行った宣戦布告が、たまたま同じような日時になっただけですが」
そういう建前で、騎士国に対して二正面作戦を行うわけだな。
これは嬉しい情報だ。
突然の宣戦布告の所為で、製造期間が短くならざるを得ない新型二種類の魔導鎧は、数が少なくなる見通しだ。
その新型の数の少なさを、帝国が騎士国を叩いてくれることでカバーできるのなら、ノネッテ合州国が騎士国に勝てる目が高くなる。
「なるほど、あくまで『たまたまな状況』だから、変に噂が立たないように人払いを行ったわけですね」
「ええ。帝国が特定の日時を狙って宣戦布告をしたと、あらぬ疑いを立てられてはいけませんからね」
騎士国が難癖をつけて二正面作戦を回避するような未来が来ないよう、この真実を知る者は少ない方が良いというわけだ。
だから俺も、帝国の思惑に乗ることにした。
あくまでノネッテ合州国と帝国は、それぞれ独自の戦力でもって、騎士国と戦争を行うという建前にだ。
「同じ時期に戦争をするなんて、数奇な運命もあったものですね。ここは、お互いへの健闘を祈ろることにしましょう」
「話が速くて助かります。ノネッテ合州国と帝国は、手を取り合わずに、それぞれが自由に騎士国を叩きましょう」
お互いに薄笑いを浮かべながら、対騎士国への共通認識のすり合わせを終えたのだった。