三百七十二話 魔導技術の進み方
帝国が稼いでくれた三年。たった三年――されど三年だ。
ノネッテ合州国も三年前より、ずいぶんと発展した。
騎士国の目が戦争で帝国に向いていると知り、ノネッテ合州国各州は急いで魔導具を使った領地開発を行ったからだ。
川の支流を引き延ばして用水路を作る。荒れ地を耕して農地へ。野腹を整地して農道に。野道の内、重要な道には石畳を敷設する。集落や村や町を繋ぐ道々の間に宿場を作る。
農耕と建築業が盛んになると、作業に関わる者たちが小金を持つようになり、その小金を狙って行商人が商品を運び入れ、行商人がやってくる場所に職にあぶれた人が流入していく。
突如沸騰するように現れた、急な好景気だ。
金回りが良くなったことで、人々の財布の紐が緩んで消費活動が活発に。
市場に流れる金が増えれば、領主の税収が増える。
集めた税が多いことで、領主は領地開発に更につぎ込んだり、贅沢品に金をかけたりする。
領主が金を多く放出するようになり、さらに領地の経済が回り、好景気に拍車がかかる。
良い金回りが良い金回りを生み、資金注入されて農地開発と建築が進んでいく。
そうした経済活動が、帝国が稼いでくれた約三年の間、ずーっと続いたんだ。
戦争続きで疲弊していたはずの旧小国の土地土地は、今や疲弊具合が一切見えないほどに、領地領民に活力がみなぎっている。
俺も好景気の波に乗ったが、以前から領地開発を続けたこともあって土地の発展性は低かった。
だから余りに余る税収は、魔導技術の推進へとつぎ込んだ。
騎士国と戦争が見込まれていたから、魔導技術の発展こそがノネッテ合州国の生きる道だと判断したからだ。
こうした資金注入の甲斐もあって、帝国から渡された技術の多くの解析は、かなり早めに終わった。
そして帝国の技術という新たな刺激が、ノネッテ合州国の魔導技術を急速に発展させた。
加えて進んだ魔導技術は、民の暮らしを変化させる。
熱くない光が発生する手持ちランタンが開発され、町々を繋ぐ辻馬車の夜間営業が始まり、行商人も御者を交代して夜通しの移動をするようになった。
肥料の分解を促進するシャベルが生まれ、大量の肥料が即時作れるようになり、農地での収穫量が増大して食糧難を駆逐した。
物体から水を蒸発させる呪文が作られ、切り倒した樹木の乾燥が直ぐ終わるため建築材の確保が進み、住居建築が盛んに。陶器の乾燥も直ぐ行えるようになり、食器も多く作られるようになり、陶芸技術も進んでいく。
魔法の紋様を刻んだ棒の表面に水を生む魔道具は、砂漠地帯で携行されるようになり、渇水による死亡率の低減に繋がっている。
しかし、こうした民の暮らしの変化は、あくまで副産物にしか過ぎない。
本命は、これらの技術を軍事に使っての戦力増強だ。
光を発生させるランタンは、夜間行軍を可能にし、より素早い部隊展開が行えるようになった。
兵たちの糞尿の始末は、肥料分解シャベルを使って土をかき回せば、あっという間に処置が終わる。
水分を蒸発させる呪文は、雨に降られた後の乾燥にも使えるが、傷口に巻き付けた包帯に行うことで素早くカサブタを作ることが出来ることが分かった。
水を産む魔導具によって、重たい水を樽で運ぶ必要がなくなり、兵站への負担が軽くなった。
こうした細々とした変化もあるが、一番大きな変化は我が国の主力である魔導鎧にある。
今回、魔導鎧の発展について、俺は何にも指示していない。
今までは前世の知識をそれとなく伝えて手伝ってきたけど、今のノネッテ合州国の魔導技術の水準だと、俺が変なことを言うと逆に停滞するんじゃないかと思ったからだ。
そうして口を出さなかった結果が、新型の魔導鎧という形になって、俺の目の前にある。
「……どうしてこうなった」
俺が呆然と言葉を口に出してしまったのには、ちゃんとした理由がある。
目の前に鎮座している最新型の魔導鎧は、以前の魔導鎧と比べて倍近い大きさの違いがあった。
形としては、以前の魔導鎧の背中に、大きな鉄箱型の背負子を乗せて、鎧の装甲と一体化させたような、そんな見た目だ。
そう、背負子。
つまり、魔導鎧を着る一人と、背負子に乗る一人との『複座型の魔導鎧』だというのだ。
「再び言ちゃうけど、どうしてこうなったんだ?」
俺が研究員に疑問を投げかけると、その研究員は嬉々と答えてくれた。
「魔導鎧を着る兵士の魔力量が、魔導鎧を発展させるうえで、一番多きな問題だったのです。兵士二人分の魔力量があれば、あれやこれやと強化ができるのにと臍を噛み、どうやって魔力量の節約をすればいいのかと頭を悩ませる毎日でした」
「兵士二人分あればいいから、もう一人魔導鎧に乗せようと考えたわけだね」
「その通りです! 二人羽折りにしたことで、従来の魔導鎧の三倍以上の戦闘力を誇るようになったのです!」
どうして三倍かと理由を尋ねると、研究員は興奮気味に話す。
「まず以前と同じ稼働時間であれば、純粋に膂力が三倍にすることができます。稼働時間をより短くすれば、五倍までは可能です。もしくは逆に、一人目が魔力を使って魔導鎧を動かしている間、二人目は魔力提供を休むことで稼働時間を以前の倍に伸ばすこともできます」
膂力と稼働時間のトレードオフか。これは戦術の幅が広がりそうだ。
「続いて、以前の鎧では緊急時以外では難しかった魔法行使も、二人羽折りならば魔力に余裕があるので、ある程度の頻度なら行えます。二人目の方に魔法使いを乗せれば、疑似的な移動砲台にすることもできます」
「砲塔役の魔法使いは、自分で移動する必要もないし、魔導鎧を動かす一人目に守られている形だから、戦場に不慣れな半人前でも役目を与えることができるかもね」
「そう言われてみれば、その通りでしょう。もしくは、傷病で離脱した魔法使いを呼び戻して、二人目に据えることだってできるでしょう」
魔導鎧の多大な膂力による力押しと、背負子に乗る魔法使いによる魔法攻撃。
想像するだけでも、かなり厄介そうな相手だと分かる。
「新型の魔導鎧はかなり有用そうだね。でも欠点もある。人員を二人使うって点は、軍事的には見落とせないよ」
戦争は、お互いの兵士の力量が同じだと仮定すると、数で決まるもの。
それこそ役に立たない半人前が大量にいた場合でも、その半人前たちに盾を持たせて人壁を作れば、敵の行動を阻害することだってできる。
逆に二人分の力量を持つ兵士を揃えたとしても、敵の数が二倍近くあれば負けてしまう。1.5倍の差でも戦い方によっては危うくなる。
やっぱり戦争は数で決まる。
数で決まるからこそ、兵数を二分の一にしかねない新型魔導鎧は、少し難物だと判断せざるを得ないってわけだ。
そんな俺の懸念を、研究員はニヤケ顔で否定する。
「手が足りないというのであれば、手を増やせばよいのです」
どういう意味かと俺が首を傾げると、研究員は新型魔導鎧の奥にあった、シーツがかけられたナニカの近くへ。そしてシーツを取り払った。
シーツの陰から現れたのは、新型魔導鎧の亜種のようだった。
その亜種魔導鎧を見て、俺はまた唖然とした。
「……背負子から手が伸びている」
そう。魔導鎧の背面にある四角い箱の横から、力なく垂れさがった金属装甲で覆われた腕が生えている。
だらりと下がっている様子を見るに、背負子に乗る二人目が手を通して動かすものだと予想がついた。
俺が唖然としたまま四つ腕の魔導鎧を見ていると、研究員はにこやかな顔のまま説明を始める。
「帝国のものを解析し、ノネッテ合州国で製造した魔導杖を握らせるための腕です。ですが、もちろん魔導鎧の腕ですので膂力は三倍あります。杖でなく槍を持たせれば、腕の数という形でなら二倍の兵数と同じとなりましょう」
「確かに、二人目に魔法使いを乗せるなら、魔導杖を支給した方が魔法の威力が上がるのは道理だけど――見た目の形が数奇に過ぎない?」
「見た目は奇抜ですが、必要にかられた上での設置ですし、効果は確かなので問題はないかと」
いやまあ、魔導杖を持たせても、槍を持たせても、中々に活躍しそうだとは分かるよ。
魔導杖なら、純粋に魔法の威力が上がって、敵兵に強力な打撃を与えられる。移動砲台の役割と考えたら、十二分以上だ。
槍なら、大人二人分の背丈の位置から繰り出される槍撃は、敵兵が受け止めようと考えても難しいものがある。そもそも、そんな高い位置から付いてくる槍を防ぐ訓練なんて、攻城戦で梯子を上るとき以外は行わないしね。
「……役立ちそうなのは確かか。それで、箱型と四腕の魔導鎧は、どれぐらい生産できそうなの?」
「箱型の方は、既存の生産工程を少し変えれば良いので、以前と同じ数をすぐに作ることができるでしょう。四腕の方は腕を付ける分だけ作業工程が増えるので、多少生産性が落ちるかと」
「でも、四腕の方が箱型よりも戦果を期待できるんだよね?」
「それはそうですが、それは四腕の二人目に魔法使いや槍働きが達者な者が乗った場合はです。二人目を予備の魔力供給者と考える運用なら、箱型の方が良いかと」
俺は兵数と人員の特色を思い出しながら、箱型と四腕の生産数をどうするか悩む。
「そうだな――箱型と四腕を三対一の割合で作ることは可能?」
「出来ますが、割合の理由を教えていただいても?」
「長槍部隊と魔法使いの数を元に、四腕の数を算出しただけだよ。三対一の割合で作れば、上手い具合に落ち着きそうだなってね」
あくまで概算なので、多少四腕の方が余る肝心の調整ではある。
でも、戦果が期待できる方を多くするのは、真っ当な道理のはずだと信じよう。
俺は「騎士国が何時戦争を仕掛けてきても良いよう、増産体制を作っておいて」と命令し、研究所を後にした。
さてさて、箱型と四腕型の新型魔導鎧の習熟訓練が終わるまで、騎士国がやってこないことを祈ることにしようか。