三百七十一話 時間稼ぎ
ノネッテ合州国が帝国から魔導技術を与えられて三十日ほどが経った頃、唐突に帝国と騎士国の戦争が始まった。
昨今では起こってなかった両国の戦争の知らせに、ノネッテ合州国の民は驚いたようだった。
しかし、俺を始めとするノネッテ合州国の領主とフッテーロ王には驚きはなかった。
理由は、帝国からあらかじめ連絡が来ていたからだ。
連絡の内容は『騎士国の目を戦争に逸らせている間に、魔導具の使用で領地を発展させろ』というもの。
正直、ノネッテ合州国としては騎士国からの監視が緩むだけでも、十分に有り難いことだ。
それこそ、騎士国と帝国が争い始めたと知った途端、ノネッテ合州国の魔導具の使用を様子見していた領主たちですら、この間に急いで領地開発を終わらせるんだとばかりに魔導具の使用に踏み切った。
もちろん帝国のことだから、ノネッテ合州国のためだけに戦争を起こしたわけじゃない。
恐らくだけど、ここでノネッテ合州国に恩を売っておいて、ノネッテ合州国が騎士国の側に味方しずらい土壌を作っておくことが狙い。
あわよくば、ノネッテ合州国と騎士国とが本格的に敵対関係になれば、帝国にとってみたら敵の敵が増えるのだから有り難いことこの上ないだろう。
そんな帝国の企みもあって、順調にノネッテ合州国は騎士国と事を構える軌跡が敷かれつつある。
俺は騎士国との戦争は既定路線だと思う一方で、戦争になったらどれだけの被害が出るのだろうかと憂鬱な気持ちになる。
騎士国との戦争は、今までの小国を相手にした戦争とは比べ物にならないほど、大がかりな争いになることは疑いようがない。
小国相手の戦争では大活躍だった魔導鎧部隊も、騎士国の騎士や兵士の前では大した威力とならないのも、頭を悩ませる部分だ。
帝国の魔導技術の解析が進み、魔導鎧の性能に変革が起こらない限り、味方の兵士たちの被害が物凄いことになる覚悟が必要になる。
そこまで考えて、俺は自嘲してしまう。
「うまく魔導鎧の技術革新が起こるまで、何年かかるのやら」
帝国だって、利益の出ない戦争を続けることは嫌に違いない。
ノネッテ合州国の戦力がいつまでも増大しないと分かったら、路線を変更する事を躊躇わないだろう。
ノネッテ合州国に騎士国との開戦を強要してくるか、それとも帝国がノネッテ合州国を併合して国土と人員で騎士国を押しつぶしに行くか。
どんな未来が来ようとも、ノネッテ合州国は戦争を避けられそうにない。
帝国は時間稼ぎを、三年も続けてくれた。
そのこと自体は有り難いことなんだけど、帝国との戦争によって騎士国の新騎士王の体制が固まってしまったことは、ノネッテ合州国にとって痛恨事だった。
ファミリスから聞いた話だが、新たに騎士王になる者は、個人戦力で最強であることが求められる。
しかし歴代の騎士王の中には、単独戦では無敗の強者でも、集団戦はからきしという者もいたのだという。
だから騎士国の騎士や兵士は、騎士王個人の力量は認めても、戦争手腕を認めるまで時間がかかるものだった。
しかし帝国との戦争で、新騎士王とその妻であるコンスタティナは存在感を示し、騎士国の騎士と兵士たちに我らの王だと認めさせてしまった。
そうして騎士国内が、騎士王の下に纏まったことで、ノネッテ合州国は追い詰められることになった。
個人でも集団でも騎士王が強いと分かったからか、ノネッテ合州国に対して強権的な要望を出してくるようになった。
『今すぐに魔導具の使用を止めるよう要請する。受け入れられない場合、実力行使も辞さない』
要望書に書かれてあった内容のうち、虚飾を剥ぎ取ってまとめるとこうなる。
いよいよ、騎士国との戦争が避けられない状況になってしまったようだった。