三十四話 対応策
遅くなりました。
山の上にある野戦陣地に戻ってきたところ、俺はアレクテムに捕まってしまった。
「ミリモス様は、ご自分が元帥かつ王子であることをお忘れのようですな!」
「嫌だな、覚えているって。そうじゃなきゃ、自分から敵軍に被害を与えに行かないって」
「そも元帥や王子という立場のお方は、最前線には立たないものですぞ!」
怒り心頭のアレクテムから、小一時間説教を受ける羽目になった。
「――これだけ言えば、お分かりですな!」
「分かったってば。そんなとより」
「そんなこととは、まだ反省が足りぬようですな!」
「いまのは言葉の綾だってば。そうじゃなく、本当にちょっとまずい事態かもしれないんだよ」
俺が真剣に言っていることが伝わったようで、アレクテムの表情も子供の守役から兵士らしい引き締まったものに代わる。
「魔法使いたちと共にロッチャ国と戦ってみて、なにか気付かれたのですな」
「彼らの不可思議な行動が気になったんだ」
俺はロッチャ国の侵攻方法の予想――先遣隊を囮にして、本隊は別の場所からノネッテ国に入るのではないかと伝えた。
アレクテムは一通り聞き、半信半疑といった態度だ。
「ミリモス様が考えたこと、戦略的には正しいように感じますな。しかしながら、実行が可能かと言われると、疑問がありますぞ」
「わかっているよ。なにせこの山を越えることが、ロッチャ国からノネッテ国への道行きの中で一番楽なんだからね」
「冬でさえなければ、馬で越えられるほどの、低い標高と優しい斜面の場所ですからな。この山は」
「でも、ここ以外にも、軍隊が越えられる山はあるでしょ。それこそ、俺たちが帝国から帰ってくるときに使った道順とかさ」
「メンダシウム国との戦いの際にも言いましたが、あの道を大軍で通ると、いたずらに魔物を刺激して、兵士たちに被害が出ますぞ。現実的ではありませんな」
「ロッチャ国は経済的に国が亡ぶかの瀬戸際なんだ。兵士たちの損害なんて、気にしないよ。事実、この山を登ってきている先遣隊は、体が冷えて病気になっている仲間が出ているっていうのに、諦めずに進み続けているしね」
「……兵たちを使い潰す気でいるのなら、確かにどこからでも侵攻はできますな。なにせノネッテ国は周囲に山々を囲まれておりますが、その山の殆どは手付かず。監視の目もありませんからな」
アレクテムは一応の納得を得たようで、陣地内にある天幕へ俺とともに移動すると、ノネッテ国とその周辺が描かれた地図を開く。
「ミリモス様は本隊が七千人と目されているのでしたな。それだけの人数を『なるべく』無事に山を越えさせるとするなら、この山の近くを越えていくはずですが」
「それじゃあ、先遣隊を囮にする意味がない。どれだけ被害を出しても構わないとして、アレクテムがロッチャ国の指揮官だったら、どこから侵攻する?」
「そうですな。演習と割り切って考えますならば、一番山岳部が厚いところですな。ノネッテ国に住む誰もが、そんな場所から進軍してくるとは思いもしませんのでな」
アレクテムが示すのは、ロッチャ国の領土からノネッテ国の真ん中へ至る真東側のルートだ。
俺は地図上に広がる山岳部の厚みを見て、ざっとロッチャ国が受けるであろう被害を試算する。
「山々の出来るだけ山裾に近いところを通ったとしても、今は冬だ。魔物にも襲われることを考えると、千人規模で凍死や死傷者がでそうだね」
「この山で戦うことになった場合でも、同じ数を失うであろうことを考えますと、被害は少ないともいえますぞ」
そういう考え方もあるか。
荒唐無稽かと思っていたけど、現実味を帯びてきたな。
「後方に心配があるなら、ノネッテ国の全兵士をここに置くのはまずいよね」
「こちらの予定では、ロッチャ国は全軍でこの山を越えてくると考えておりましたかな。この場で一当てして敵兵の数を減らし、山の下にある森林地帯で伏兵や夜襲戦術を繰り返して出血を強いる遅滞戦闘を行い、敵側の継戦能力を奪う。しかしその方式が崩れる可能性があるとあれば、ここを保持する理由はありませんぞ」
「けど、ロッチャ国がどこから侵攻してくるのか、確たる情報はない。けど各地に分散配置するほどに、兵の数はない。寡兵の軍の欠点が出ちゃっているな……」
人手が要るのに、頼るあてはない。
頭を悩ませるが、打つ手が思い浮かばない。
俺が考えに沈んでいると、アレクテムから提案がきた。
「ミリモス様。この山は明け渡してしまい、軍を内地へと引き上げた方がよろしいかと。そしてロッチャ国の本隊の発見は、村人に任せるしかないのではありませんか」
「そんなこと、できるの?」
「ノネッテの村人は森に接して生きる山の民で、獣や魔物が森からくれば、総出で撃退する強者ですぞ。ロッチャ国の本隊が襲い掛かってきたら、侵攻を阻止しつつ後方に情報を伝えることが出来るはずですぞ」
「うーん。村人に被害を出す戦術かぁ……」
正直、国同士の諍いに国民に迷惑をかけるのは、ちょっと道義的に心苦しい。
そんな俺の気持ちは、どうやら前世的な価値観なようで、アレクテムが言ってくる。
「この国――棄民だった祖先が切り開いた土地を奪われるぐらいならと、村人たちは喜んで身命を戦いに投げ捨てる覚悟を持っておりますぞ」
「国を統べる立場としては、ありがたい話だけど。本当に任せてもいいのかな?」
「なに。なにも村人全員に死ねと命じるわけではありませんからな。命の危険がないよう戦う術も、村人たちは弁えていますぞ」
俺はアレクテムの話を信用しつつ、どうするべきかを考えた。
「よしっ。それじゃあ、逃げ足が速い人だけをここに残して、ロッチャ国の先遣部隊を打撃する。国の内地に戻した兵は国の東側の村々に分散配置して、村人が戦う際の指揮や後方への伝令にする。ロッチャ国の本隊がどこにいるか分かったところで、兵士たちが集合する地点を改めて伝える。これで、どうにか対応できるはずだよね」
「そうですな。可能な限りに上等な策であると思いますぞ。問題があるとするならば、改めて兵を呼び寄せねばならないため、敵本隊に内側深くまで侵攻される心配がある点ですな」
「けど、どうしようもないでしょ。兵士を分散配置させて監視網作らなきゃ、網の目を抜けてロッチャ国の本隊が王城にきちゃったらノネッテ国の終わりなんだし」
「その通りですが、兵たちを集めて休ませる時間を作らねばいけませんぞ。ここは、敵本隊を発見した兵士たちに、遅滞戦闘をするよう命じてはいかがですかな」
「数人で伏兵や夜襲を行えって? そんなのむざむざ死なせるようなものじゃないか」
「森林の多い場所であれば、逃げ切れるはずですぞ。さらに言えば、少数の死を許容すれば、その後の戦果に繋がるのであれば、そうするべきですぞ」
「……戦術は支持するよ。けどダメ。無駄に命を散らせるような真似はしないようにって、分散配置させる兵士たちと協力を仰ぐ村人に伝えおいてよ」
人死を強要することは賛成はできないので、アレクテムの提案は一部だけ取り入れることにした。
さて、俺のこの判断が吉と出るか凶と出るか。
それはロッチャ国の本隊が現れるまでは、知りようがないのであった。