三百七十話 帝国から来た魔法紋様
帝国からの技術が供与されたことで、ノネッテ合州国の魔導技術が飛躍的に上がる――なんてことはない。
俺はそのことを、ロッチャ州の魔導技術研究所で知ることになった。
「つまり、帝国から貰った技術は有用だけど、それを扱う下地がノネッテ合州国にないってこと?」
俺が研究所で伝えられた内容を要約して問い返すと、研究所員たちが大慌てで首を横に振ってきた。
「下地は、ちゃんとあります。ただ、帝国が渡してきた魔導の紋様の多くは、純粋な攻撃や防御へと高度に特化しているのです。それら攻撃や防御の紋様を我らが研究し直したとしても、帝国の後追いにしかならないと判断したわけです。そのため攻撃と防御の魔法については、我らが研究するよりも、帝国から買った方が安くつくかと」
騎士国に睨まれている現状を思えば、研究費はもとより研究に費やす時間を考えれば、帝国から大枚吹っ掛けられた方がマシではないかと、研究所員が語った。
その考えには一理あった。
「とはいっても、帝国に全部おんぶに抱っこはできないよ。そうできれば楽ではあるけど、帝国がノネッテ合州国に望んでいるのは、騎士国と対等ぐらいには渡り合えるようになることなんだからね」
『対等』と俺は言ったけど、帝国の目論見を考えれば、実質的には騎士国の戦力を足止めできる程度で良いとも考えられる。
しかし、ここであえて低い目標を掲げる意味はない。
実現出来るのなら、ノネッテ合州国が騎士国と対等に渡り合える力を手にする方が、万倍も良い結果に繋がることは間違いないんだしね。
ともあれ、帝国が望み、俺が企んでいるように、ノネッテ合州国は騎士国と渡り合える力を手に入れないといけない。
その力を手に入れるための手っ取り早い方法として、帝国からの技術に期待したのだけど、そう上手くはいかないらしい。
どうしてものかと俺が悩んでいると、研究所員の一人がおずおずと声をかけてきた。
「ミリモス様。帝国から渡された紋様の多くは、確かに高度に技術化された攻撃と防御のものでした。しかし、それなりに多くの研究途中とされる紋様もあるのです」
「研究途中? どうして途中なんだ?」
「攻撃にも防御にも使えないと判断されて、研究途中で放棄された紋様とのことです」
「放棄された紋様――でも『攻撃にも防御にも使えない』ってことは、どういう性質の紋様かは分かっているってことだったりする?」
「その通りです。でも、研究途中で放棄された紋様だからか、目だった威力のあるものではないようです」
研究所員が渡してきたのは、その途中放棄された紋様を抜粋して書き出した資料だった。
俺が目を通すと、なるほど放棄されるわけだと感想を抱く。
書かれている紋様を抜き出してみると、熱くない光を発生させる、肥を高速分解して肥料を作る、物体から水分を蒸発させる、物体表面に水を滴らせる。
なるほど、生活の役には立ちそうだけど、戦闘には使えそうにない。
「まあ、魔導鎧の油圧駆動に使っている『流動』の魔法も、攻撃や防御には役に立たない分類だし。この使えないとされている魔法の紋様にも、意外な使い道があるかもしれないね」
「そう、まさにそれです!」
急に大声を出してきた所員に、俺は驚いて目を向ける。
すると、その所員は我が意を得たと勘違いした様子で、口早に捲し立て始めた。
「帝国が研究し尽くした攻撃と防御の模様は捨ておいて、途中で放棄された紋様を研究し直す方が、ノネッテ合州国の溜めになるのではないかと判断したのです! ですので、研究費を費やす方向は、この役に立たないとされている紋様にお願いしたいのです!」
「わかった、わかったから。ちょっと落ち着いて」
俺は手振りで、早口に喋っていた所員を落ち着かせる。
その後で、他の所員たちに目を向けた。
「他の皆も、彼と同じ意見なのかな? 異存がないのなら、途中放棄された紋様の研究に全力を向けて貰うことにするけど?」
俺の言葉を受けて、所員たちは回りと二、三言葉を交わした後で、不服はないと頷いて返してきた。
「じゃあ、放棄された紋様を研究し直そう。まずは使い物になりそうな紋様の選定からだね」
「わかりました。急いで見繕います!」
「そうして欲しい。ああ、俺もちょっと探してみようかな」
俺には前世の知識がある。帝国が研究中止にした紋様の中に、なにか前世の知識を流用できる紋様があるかもしれないし。
俺と研究所員たちは、研究放棄された紋様一覧の紙を手に、あれはどうかこれはどうかと意見を出し合った。
あまりにもその作業が楽しかったからか、一昼夜ぶっ続けで選定作業をしてしまい、俺が研究所から出てこないと心配した使用人が様子を見に来る事態になった。
その後、研究だけにかまけてないで領主の仕事もしなさいと、使用人は俺を研究所を追い出して仮眠を強制的に取らせた。
俺は、何年か前に使って以来のロッチャ州の領主館のベッドに寝転がって目を瞑ったものの、つい先ほどまで議論していた研究途中の魔法の紋様について、ついつい考えを巡らせてしまう。
そうして仮眠らしい仮眠を取れなかったため、ルーナッド州に帰る路で馬に揺られて眠りそうになってしまい、危うく馬から落ちる場面を何度か招いてしまうのだった。