三百六十八話 特訓続き、帝国から使者
今日も今日とて、相変わらずファミリスとの特訓をしていた。
毎度のことながらボロボロにされるので、数日前から目標を定めることにした。
俺が立てた目標は『防御と回避でファミリスの攻撃を食らわないようにする』というものだ。
ファミリスに勝つでもなく、攻撃を当てるでもない、端的に表現すれば『逃げ切る』という目標は、字面からして情けないことこの上ない。
しかし、俺は言いたい。
騎士国の騎士を相手に時間いっぱいまで逃げ続けることが、どれだけ大変か。
少し目を離せば、瞬間移動のように目の前に移動してくる。剣の一振りで、大岩を砕くほどの破壊力を出す。単純な殴りや蹴りですら、俺を軽々と吹き飛ばす。
そんな化け物のような相手だからこそ、まずは満足に防御が出来るようにならないといけない。
防御が出来るようになってからじゃないと、それより後の段階へと進むことができないしね。
そういう風に考えて、俺はファミリスの特訓を受けているのだけど、ここで俺の考え違いが起こる。
ファミリスは、俺が攻撃する気がないことを悟ると、一気呵成に攻め立て始めた。
それも、防御を捨てての攻撃一辺倒の戦い方でだ。
「攻撃の受け手の勉強がしたいのでしたら、存分に学ばせて差し上げます」
攻撃をするのが楽しいといった笑顔を浮かべて、ファミリスは剣を素早く振り回す。
その剣の軌道は上下左右に縦横無尽に動き回り、しかも目に映るかギリギリの速さ。
これほどの剣の動きと速さだ、防御し損ねたら骨の一本は折れることを覚悟しないといけない。
俺が意地で防御をし続けるが、それでも少しずつ追い詰められていく。
剣で防御する際、どうしても俺の視界の中には、俺の剣と保持する腕の姿が入る。
その剣と腕の像は、その先を見通すことのできない、いわば死角となってしまう。
そういった、得てして出来てしまう死角の陰に潜り込むように、ファミリスは自身の剣撃を放ってくる。
もちろん俺も、ファミリスの剣の動きだけをみて防御してはいない。
ファミリスの動かす腕の位置、踏み出す足の場所、体の向きや体勢。それらも見て、どういう攻撃が来るかを予想することで、防御をこなしているわけだ。
それらの要素は見て取れるから、防御できないというわけじゃないん。
しかしファミリスほどの手練れが相手だと、剣の動きという要素が一つ欠けただけで攻撃の予想が確定できなくなるため、こちらが劣勢を強いられてしまうんだよね。
俺は劣勢に立たされていることを自覚しながらも、どうにかこうにか防御を続けることで、少しでも被弾するまでの時間を伸ばそうと試みる。
そうやって時が過ぎていって、どうがんばっても数手順の後には攻撃を食らってしまうという状況に押し込まれてしまう。
それでも必至に防御を続得けていると、横合いから声がきた。
「ミリモス様! 帝国からの使者が参っております!」
言葉の内容を理解した瞬間、これは天の助けだと思った。
俺はファミリスの攻撃を剣で付け止めつつ、自分から跳んで大きく後退する。
これ以降も訓練が続くなら、ここからファミリスが素早く追いかけてきて、空中に俺を串刺しにするような突きを放ってきただろう。
しかし、追撃はない。
帝国からの使者が来たと知って――俺がその対応をすることが領主として『正しい』ことだと判断して、ファミリスは訓練を止めたからだ。
「あと少しで詰めでしたが――予想以上に粘られてしまいましたね」
「ははっ。必死に防御してたからね」
「それほど防御が上手なら、次はもう少し本気を出しても大丈夫そうですね」
次の機会にはもっと早く仕留めると言わんばかり目を向けてくるファミリスに、俺は苦笑いを浮かべるしかできないのだった。
訓練で浮かんだ汗を拭い、身なりを整えてから、帝国からの使者と面会することにした。
ルーナッド州にまで来る帝国からの使者ということは、例のあの人しかいないよな。
長年かけてすっかりと顔馴染みになった男性の顔を思い浮かべながら、俺は帝国の使者を通したという執務室へと踏み入った。
果たして帝国の使者は―ーやっぱりフンセロイアだった。
「お久しぶりです、ミリモス領主」
ふてぶてしい笑顔に、俺は逆に相変わらずだなと安心感を抱いていた。
「お久しぶりです、フンセロイア殿。それで、今日はなんの用件でしょうか。俺には思い当たる節がないのですが?」
俺が用向きを尋ねると、フンセロイアは笑みを深くしながら、内緒話をするように前傾姿勢になった。
「今回はとても耳よりな提案をしようと思い、こうして足を運ばせていただいたのですよ」
さんざんに利用されてきた俺の方からすると、耳よりという表現が胡散臭く聞こえてしまう。
それでも、帝国の使者がどんな提案を持ってきたかには興味がある。
「その提案は、フンセロイア殿が個人的に?」
「いえいえ。今回は帝王様から直々の許しが出ている事柄です」
帝国の帝王が絡んでいる提案とは、思いもよらないことだ。
「なんか、とても嫌な予感がするんですが?」
「はっはっは。それはミリモス領主の勘ぐり過ぎというものです。なにせ――」
フンセロイアは一度言葉を切ると、十秒近く勿体つけてから、ようやく言葉の続きを放った。
「――帝国が持つ魔導技術をいくらか、ノネッテ合州国に無償で提供しようという提案なのですからね」
嬉しそうにフンセロイアが語った内容を、俺はすぐには理解できなかったのだった。