三百六十六話 フッテーロ王と面会
人馬一体の神聖術を使って馬で爆走し、ノネッテ本国に到着した。
城の門番にフッテーロに呼び出されたことを伝えたところ、すぐに王の執務室へと向かうように言われた。
「執務室? 謁見の間じゃなくて?」
「はい。そう伝えるよう、申しつけられております」
普通、王の名前で呼び出しをしたときは、公式の場――玉座が据えられている謁見の間が面会に使用されることが多い。
そして執務室に通すときは、内々の密談や私的な面会であることが多い。
俺が領地で執務室と玉座の間を使い分けているのは、この辺りを意識してのことだったりする。
俺は言われた通りに執務室へ向かいながら、呼び出しを受けた意味を考えていた。
順当に考えれば、騎士国の視察団の件なはずだ。
なにせ、他に思い当たる話題はないんだしね。
俺が執務室に着き、扉をノックする。
「ミリモスです。お呼びと聞き、参上しました」
俺の声に反応して、扉が開かれた。扉を開けたのは、執務補助をする使用人の男性。俺が城に住んでいた頃から見覚えのある人で、今は初老に差し掛かっている見た目に変わっている。
懐かしい顔に俺が会釈していると、執務室の中から声が来た。
「ミリモス、来たか。入ってくれ」
声は、明らかにフッテーロのもの。
俺は言われた通りに部屋の中に入ると、少し厚めの書類が執務机に見えた。その机の先に、フッテーロが座っていた。
俺はフッテーロの顔を見て、意外に感じた。
数年前に見たときにはなかった髭が、フッテーロの口と顎を薄く覆っていたのだ。
「フッテーロ王――いえ、執務室内なので、フッテーロ兄上と呼ばせていただきますけど。どうしたんですか、そのヒゲ?」
髭は王様らしく綺麗に整えられてはいるのだけど、正直言うと、細面のフッテーロに似合っていない。
そういった気持ちを込めて問いかけると、フッテーロの顔に苦笑いが浮かんだ。
「ノネッテ国は、いまや第三の大国だからね。王にも、それ相応の威厳が必要なんだよ。だから先ずは、形から入ろうとね」
「ヒゲのあるなしで、威厳の有無が決まるようなものなんですか?」
「他の二国の主が、騎士王と帝王だからね。こうでもしないと、多少すら張り合えないからさ」
俺は、そういうものかと首を傾げつつ、今回の用向きはフッテーロの髭面ではなかったと思い出す。
「それで、俺が呼ばれた理由を聞かせて貰ってもいいですか?」
俺が問いかけると、フッテーロは身振りで人払いをした。
部屋に居た使用にが全て去ってから、フッテーロは俺に半目を向けてきた。
「聞いたよ、ミリモス。騎士国に喧嘩を売ったそうだね」
非難する目つきに、俺は肩をすくめる。
「喧嘩は売ってません。ただ、騎士国の要求は受け入れられないと突っぱねただけですよ」
「……相手はあの騎士国だというのに、どうしてお前は、そうも強気なんだい」
「強気とは違いますよ。ただ、相手は『正しさ』を標榜する騎士国ですからね。こちらが『正しい』と信じる理屈を言わないのは、逆に騎士国に対して礼を失していると思っているだけですよ」
と詭弁を弄したところ、フッテーロに溜息を吐かれてしまった。
「はぁ~。ミリモスの言い分も分かるんだよ。ロッチャ州で作られる魔導具は、ノネッテ合州国の国民の生活に密接している道具だ。あったらとても便利だし、各地の発展にも繋がる。それでも、騎士国と事を構える覚悟をするほど必要不可欠なものとは、どうしても思えないんだよ」
フッテーロの言い分も、確かにその通り。
圧倒的武力を誇る相手を刺激するような真似は、国の安全を脅かすことに繋がる。
ノネッテ合州国の王というフッテーロの立場からすれば、魔導具の使用を禁止して騎士国に媚びを売ることで自国の平和を維持することも、有力な選択肢の一つと言えた。
俺だって、それを考えなかったわけじゃない。
しかし魔導具の使用禁止は、ノネッテ合州国の未来を閉ざす選択であると、俺は見抜いただけだ。
「フッテーロ兄上。言っておきますが、魔導具の使用を禁止し、魔導具の開発を中止にしたら、今度は帝国に狙われることになりますよ」
「帝国に? ノネッテ合州国と帝国は、友好的な関係で推移しているけど?」
フッテーロが不思議そうにするのは当然だ。
フッテーロは、フェロニャ地域の領主だった頃から、帝国と外交する際に一番の代表者を務めていた。
だからノネッテ合州国と帝国の間柄を、肌感覚でよく分かっている。
事実、現状のノネッテ合州国と帝国は友好的で、むしろ帝国がノネッテ合州国に便宜を図っている節すらある。
まあ便宜の部分に関しては、帝国の要望でノネッテ国が第三の大国に成り上がったことに対する、お礼のようなものだけどね。
でもフッテーロは、ちゃんと分かっていない部分がある。
「帝国が友好的なのは、ノネッテ合州国が同じく魔導具を扱っているという部分もあります。魔導具を止めるとなれば、帝国からの心象は悪くなることは間違いありません」
「それにしても、狙われるほどじゃないだろう?」
「魔導具はノネッテ合州国の武力の生命線でもあるんです。魔導具の使用を止めて武力が低下したノネッテ合州国を、帝国が放っておくはずがないですよ。むしろ魔導具の使用と開発を活発にさせるという目的で、ノネッテ合州国を占領統治するでしょう」
「占領してまで、帝国はノネッテ合州国に魔導具を開発させたいのかい?」
「それはそうでしょう。現状でも、帝国とノネッテ合州国の全戦力で戦争を起こせば、騎士国に辛勝はできるはずです。ノネッテ合州国の魔導技術がさらに進めば、もっと楽に騎士国に勝てるでしょうからね」
俺の分析を話すと、フッテーロは大袈裟なほどに眉を寄せた。
「あの騎士国に、帝国とノネッテ合州国が手を結べば、現時点でも勝てるのかい?」
「ノネッテ合州国が魔導鎧を兵士全てに配り、騎士国の兵士を重点的に攻撃。帝国は魔導技術の粋を込めて、騎士国の騎士を狙い撃つ。この方法なら、戦力の多さで、こちらが勝つでしょうね」
ただし、こちら側には多大な犠牲を出してしまうという覚悟が必要だ。
なにせ現状で取れる方法は、魔導具で底上げした上で、数の暴力で殴りつけるという力技だけ。
机上での戦力の概算では、騎士国の兵士一人を殺すのに魔導鎧の兵が三人が死ぬし、騎士国の騎士一人に対して帝国は五人から十人の死者が出る。生き残る兵士は、ノネッテ合州国と帝国を合わせて、全戦力の十分の一以下だ。
それでも、それほどの犠牲を出すと決意さえしてしまえば、ノネッテ合州国と帝国が組めば騎士国に勝てる。
そう説明すると、フッテーロは頭が痛いとばかりに額に手を当てた。
「勝てる公算があることは分かったよ。きっと騎士国にも、それを分かっているから魔導具の使用の中止を要望してきた、という面もあるだろうね」
「ノネッテ合州国が魔導具の使用を止めれば、戦力が低下する。その低下した戦力なら、帝国と合わせても、騎士国が勝つ可能性が高いでしょうね」
なにせノネッテ合州国は、元小国が集まってできている国だ。数だけは揃えているものの、魔導具のない兵士の力量は、帝国や騎士国と比べれば弱兵もいいところ。
そんな弱兵を山と揃えたところで、騎士国の騎士にとってみたら、カカシにすら成れない吹けば飛ぶ存在――鎧袖一触に打ち倒される雑魚でしかない。
「なににせよ、ノネッテ合州国が生き残るには、魔導具の使用中止は絶対に避けなければいけなかったんです」
「使用し続ければ騎士国に、中止しても帝国に狙われてしまう。なら、領地を発展させる手段が残る分だけ、使用継続を選ぶ方が賢いってわけだね」
「付け加えるなら、もし魔導具の使用中止で帝国と戦うことになったとして、騎士国が助けに入ってくれるか未知数という部分があります」
「魔導具の使用を止めたから帝国と戦うことになった場合、騎士国からの援助は来ないと、ミリモスは見ているのかい?」
「騎士国が重視する点は『正しさ』です。帝国が十全に大義名分を整えて進軍してきたら、はたして騎士国は助けに来てくれるのかどうか」
魔導具の使用中止が戦争の引き金になったと判断してくれれば、騎士国は助けに来てくれるだろう。
しかし、もし関係ないと判断したら、助けに来てくれないに違いない。
そして仮に助けに来てくれたとしても、共に帝国を打ち倒そうとしてくれるのかについても疑問がある。
これまでの傾向から、騎士国は敵国の侵攻を止めて戦争を終結させはしても、戦争に肩入れして敵国を攻め滅ぼしたりはしなかった。
帝国相手限定で、初めて逆襲に参加してくれるかもしれないと考えはできるけど、不確定要素が強すぎて判断に困る。
要するに、騎士国は戦争で共闘する相手にするにしては、少々扱いづらくて心許ないんだよね。
逆に帝国は、戦争目的さえ共有できれば、共闘しやすい相手だ。
どちらか一方に肩入れできないとしたら、どちらを選ぶかは自明の理だろう。
「ともあれ、騎士国とは協調が取れそうもないんです。騎士国の御機嫌を伺うことは止めた方が良いでしょうね」
「まったくミリモスは、簡単に言ってくれるよね」
フッテーロは苦笑いを濃くしながらも、俺の言い分に理解を示してくれた。
「とりえあず、騎士国に対しては時間稼ぎをすることにするよ。ロッチャ州の魔導具研究が発展するまでね」
「いざとなったら、帝国に助けを求めることも手です。折角、手には『同格証明書』があるんです。有効活用するべきです」
「帝国の手を借りたら、次は帝国と主導権争いで戦うことになりそうだから、それは最後の手段だけどね」
フッテーロは心痛が増えたと言いたげな顔で、俺に下がるよう身振りした。