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三百六十四話 模擬戦は終わる

 俺は短剣一本で、剣身の長い馬上剣の攻撃を防がないといけない。

 戦う相手が素人なら、間合いを離した場所で安全に防御し続ける自信がある。

 しかし前騎士王という出鱈目な強さを持つ相手だと、そうはいかない。


 どうして素人相手なら距離を離せるのに、玄人相手では無理なのかというと、長剣の使い方に熟しているか否かが焦点だ。

 素人が剣で攻撃しようとすると、必ずと言っていいほど、大きく前準備をする。

 剣で斬りつける前に、振りかぶる。突く前に、剣の位置を引く。それら剣の前動作を極力小さくしても、素人は攻撃しようとする場所を目で確認する。

 こうした前準備をしてくれるからこそ、戦い慣れた者だと素人の前準備を見て来る攻撃を予測し、その予測に基づいて防御することができる。


 では玄人同士だと、どういう戦い方になるのか。

 簡単に言えば、相手に攻撃を悟られないように、前準備をなくすのだ。

 先ほど挙げた、振りかぶる、剣を引く、目で確認する。それらの行動をしないよう心掛けながら、構えた状態のままで斬りかかってくる。

 攻撃をする前動作がないから、防御する側は攻撃が来ることを予想できず、反射行動で防御するしか手がなくなるって寸法だ。

 あとは、剣の位置や身体の体勢を絶えず動かすことで、何時攻撃するか悟らせないという方法もある。

 俺が良く使うフェイントを使う攻撃なんかは、敵に本命の攻撃を誤認させることを目的としているため、こちらの部類だ。


 それは兎も角として、前騎士王テレトゥトスの戦い方は、攻撃の前準備を排した戦い方だ。

 さっきまでは、ちょっとだけ攻撃の前兆が見えていた。けれど、それはお互いに距離が離れていたから――お互いの距離を縮めるために、力を溜めての移動が必須だったからだ。

 しかし今は違う。

 俺は既にテレトゥトスが一挙動での攻撃が届く範囲内。力を溜めて行動する必要がない距離だ。

 ここから先、テレトゥトスの攻撃はいきなり来ると心構えをしておいた方がいい。


 俺は緊張から早まる鼓動を、呼吸を整えることで抑えつつ、生理現象の瞬きを一つ。

 その瞬きに合わせて、テレトゥトスから攻撃が来た。

 俺が瞬きを終えて目を開け直したときには、もう剣先が鼻先にまできていた。


「くうぅ!」


 俺は短剣の根本でテレトゥトスの剣先を受け止めて、横へと払う。

 少しでもテレトゥトスの剣筋を乱そうとしての行動だったけど、テレトゥトスの剣は横に払われた反動で素早く戻ってきた。

 出鱈目な!――なんて言葉を出す暇もなく、俺は柄を両手で包み込むように持った短剣で、テレトゥトスの斬撃を受ける。

 衝突ど同時に、ビリビリと痺れるような衝撃が、俺の手に走る。

 俺が全力で神聖術を使っていて、コレだ。もし神聖術を使っていなかったら、この攻撃で短剣を手から吹っ飛ばされていたに違いない。


 こんな攻撃を受け続けたら、やがて攻撃の衝撃だけで潰されてしまう。

 俺は意を決し、自分からテレトゥトスの間合いの内側へと踏み込む。

 剣の攻撃とは、てこの原理と円運動とを攻撃力に変えるもの。そのため、手元から一番離れている剣の切っ先が、一番攻撃力が高くなる。

 逆に手元に近い柄の部分での攻撃力は、素手で戦うときと大差ない力しか出ない。

 だから、息がかかるほど接近すれば、剣の脅威度は剣身の長さに比例して下がる。

 それこそ、テレトゥトスが扱う長剣よりも、俺が持つ短剣の方が超接近戦では有利になるほど。


 そういった目論見があってこその、テレトゥトスの間合いの内側への踏み込みなのだけど、流石は前騎士王だけあって一筋縄ではいかない。

 俺が間合いの内に踏み込んだ瞬間、剣身で斬りつけるのではなく、剣の柄にある鍔で打ち据えにきた。

 鍔は防御用の剣の装具だけど、材質は鉄だ。両手持ちで振るわれる柄の鍔は、同じ柄の長さと鉄頭を持つハンマーと大差ない。

 当たれば俺の頭が割れると察知し、こちらも短剣の鍔でテレトゥトスの柄を打って防御する。


 このまま鍔迫り合いになるかと思いきや、俺が防御した瞬間にテレトゥトスが曲げた肘で攻撃してきた。

 俺が首を仰け反らせて肘打ちを回避すると――テレトゥトスの構えは既に剣を横薙ぎにする形になっていた。

 このままだと胴を横一文字に薙ぎ斬られてしまう。

 俺は首を元に戻す勢いを利用して、さらにテレトゥトスの間合いの内へと踏み入る。もはや抱き着こうとするかのような距離だ。

 これほど接近してしまえば、おいそれと剣の刃による攻撃は受けない。

 しかしそれは刃を食らわないというだけで、距離が近すぎるからこそ、その他の攻撃は一瞬にして届いてしまう。


「ふんッ」


 テレトゥトスが鼻から息を吐きつつ、俺の横腹へと剣の柄頭を打ち込んだ。

 呼吸の音なんて、典型的な攻撃の前準備。通常の距離なら、攻撃を察知して避けられる。

 しかしこれだけ接近していたら、呼吸の音が聞こえた瞬間には、俺に攻撃が届いている。だからこそ、テレトゥトスは呼吸を隠す必要がないと判断したんだろうな。


「ぐべっ」


 横腹を強かに打たれて、俺の口から汚く変じた息の音が出た。

 柄頭で打たれた衝撃で止まりかける呼吸を、俺は無理やりに肺を動かすことで呼吸を確保。

 そして自分の腕と身体でテレトゥトスの剣を持つ腕を押さえつけて、これ以上の攻撃を行えないようにする。

 その瞬間、理解する。

 俺とテレトゥトスでは、神聖術の出力に差がある。もちろん俺の方が負けている。

 だから全力で腕を押さえつけておかないと、テレトゥトスの攻撃を封じることが出来ない。


 それでもテレトゥトスの動きを封じて余裕が持てたことで、俺の中に愚痴が生まれる。

 なんでこう、騎士国の騎士って存在は、やることなすこと規格外ばっかりなんだ。

 不満と嘆きを半々に混ぜて心の中で呟いていると、テレトゥトスの声が聞こえてきた。


「その程度か?」


 端的に問われた内容に、俺は眉を寄せる。


「間違いなく、全力を出してますよ」

「……そうか」


 テレトゥトスの口から失望に似た感情が乗った声が漏れた直後、俺は彼から膝蹴りを食らった。


「げぐっ」


 膝蹴り一発で、俺は後ろへ吹っ飛ばされ、再びテレトゥトスの剣の切っ先の間合いに強制移動させられた。

 俺は警戒して、短剣を油断なく構える。

 しかし意外なことに、テレトゥトスはここで剣を収めてしまった。


 どういうことかと不思議に思っていると、テレトゥトスは独り言のような言葉を放ち始める。


「『正しさ』に唯一はない。唯一でないからこそ、『正しさ』が二つ並び、衝突することもある」


 いったい何の話かと疑問に思いながらも、俺はテレトゥトス放つ言葉に耳を傾けていく。


「二つの『正しさ』が衝突した際、片方がどうやって残るか。それは力だ。力あるものこそが、自身が信じる『正しさ』を保持することができる」


 どれだけ正当なお題目があろうと、勝てば官軍で負ければ賊軍となるってことだな。

 どうして、そんな話を今しているのだろうか。

 そう俺が疑問に思っている間に、テレトゥトスは踵を返してしまう。

 こちらの油断を誘う行動かと警戒したのだけど、テレトゥトスはそのままパルベラと子供たちの近くへと歩き寄り、二つ三つの言葉を交わした後で、敷地の外へと出ていく道を歩いていく。

 一体どういうことかと、俺がポカンとしていると、パルベラが近寄ってきた。


「御父様は、ミリモスくんが神聖騎士国からの要請を断ったと聞いて、激励する気で稽古をつけようとしたのです」

「稽古って、今のが?」


 模擬戦中のテレトゥトスの覇気は、気を緩めたら死にかねないものだった。

 稽古にしては死を感じるものだったけど――それは置いておこう。


「それに激励って、俺が騎士国と事を構えることを望んでいたってこと?」

「う~ん。望んでいたのとは少し違って、ミリモスくんの『正しさ』も認めたって事です」

「テレトゥトス殿は、魔導具の使用を容認する立場だったと?」

「民の生活のために必要なものなのなら、使用中止させるのは酷なことだと思ってくれた――と思います」


 最後の部分が自信なさげだったので、俺は思わず苦笑いしてしまう。


「思いますって、それってパルベラの感想じゃない?」

「だって御父様、あまり口数が多い人じゃないんですもの。御父様の考えを知るには、そのときの態度や行動から推し量らないといけないんです」

「それだと、テレトゥトス殿が王の座にいたときは、側近は大変だったんじゃない?」

「御父様の側近は、神聖騎士国の騎士でも御強いかたばかりでしたから、それとなく気配で通じると言ってましたね」


 なんだそりゃと、俺は肩をすくめる。

 ともあれ俺はテレトゥトスが模擬戦を求めてきたことの理由を、こう解釈した。


『神聖騎士国と事を構える気があるのなら、もっと強くなるべきだ』と。

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[一言] 最後殺し合いになるなら正しさなんて虚しいだけだから、最初からそんなもん掲げなきゃいいのにという矛盾に気づいてくれる騎士国の人はおらんのか 真理が話し合いや人生経験だけでわかるわけないのに
[一言] 「正しさ」という抽象的なものを掲げる国が国として機能していたという事実、その騎士なりの「正しさ」を共通認識的な正しさに照らし合わせて「それは凝り固まった正義だ」と断じて追放した事実、新王の「…
[一言] 魔術使ってないから本気じゃないじゃんね
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