三百六十二話 俺にとって正しいこと
視察団は俺の考えを聞いて驚き、そして不愉快そうな顔になる。
「詳しい理由を聞いたうえで、なおもそう判断するとは」
信じられないと言いたげな彼に対して、俺はなにが不思議かとばかりに言い返す。
「私の決断が『正しい』ことだと、貴方たちはどうして分からないのですかね?」
「……なんですと?」
正しさという指標を持ちだしたからか、視察団の面々は一層に不機嫌な調子になる。
まあ俺からすると、わざと怒らせるように言ったのだから、当然と言えば当然な反応だけどね。
「私が魔導具の使用を止めないことが『正しい』理由は三つあります。一つは、フッテーロ王から領地を繁栄させるよう命令があること。魔導具を使えば、国土開発や道路の敷設などの公共事業を、手軽に素早く効率的に遂行できる。それなのに、やらない理由はないでしょう?」
「ノネッテ合州国の各州へ、領地発展の命令が出されていることは、こちらとて承知しています。しかし魔導具を使わない方法など、いくらでも」
「言ったでしょう。効率の問題だと。あえて悪い効率の方法で作業をさせる場合、増える負担のしわ寄せは国の礎である民へ向かう。増税や人足の強制徴収などが、それにあたります。逆に良効率で作業を行えば、かける資金や人数を減らすことができ、その結果で余った予算は他の事業に回すことができます」
俺の言葉が視察団の面々に浸透するのを待ってから、次の言葉を吐き出す。
「さて、民に大きい負担を強いる方法をあえて選ぶことは、果たして領主として『正しい』のでしょうか?」
問いかけに、視察団の面々は反論したくても出来ない様子だ。
それはそうだろう。
ここで騎士国の方針である魔導具の使用中止を強弁してしまうと、騎士国は民へ負担を強いる国策が正しいと言ったも同然になってしまう。見ようによっては、圧制を許容したように捉えかねない。民を虐げる政治などを、騎士国は『正しい』と言うことは絶対にできない。
そして逆に、民のことを思って魔導具を使い続けるという、俺のお題目を肯定することもできない。騎士国の目算として、未来の人間は全て魔力を失うことになっている。その魔力を失う未来に人々が備えられるよう、魔力を使って動く魔導具の使用は事前に止めておきたいのだから。
議論を前にも後ろにも進められない様子の視察団を見て、俺は自分が『正しい』次の理由を語ることにした。
「二つ目。既に多くの魔導具がルーナッド州とロッチャ州とで使われ、日常生活で活躍しているものも多くあります。日常生活に密接している魔導具の一切合切を中止するということは、民の生活を困難に落とすことに繋がりますよね。民に不便な生活を強いることは『正しい』のでしょうか?」
「そ、それは……」
「三つ目。仮に将来、人々の身体から魔力がなくなるとして、どうして魔導具の技術発展を止めなければいけないのでしょう。魔導具の仕組みや理論を詳しく分析すれば、魔力によらない便利な道具を生み出す技術が見えてくるかもしれませんよね」
俺には前世の日本暮らしの記憶がある。
日本では当たり前にあった様々な電化製品たちは、それこそ今世の魔導具のような存在だ。
この世界では魔力という便利な動力源があるから研究されていないけど、蒸気動力や電気動力さえ発明できれば、魔導具の多くの機能を置換可能だろう。
まあ、前世が機械屋じゃなかった俺からすると、どうやって電化製品を作ればいいか分からないから、絵にかいた餅でしかない話だ。
でも、魔導具の研究開発をする中で、もしかしたら別の動力への置換を思いつく技術者が現れるかもしれない。
そういった未来の可能性のためにも、今は魔導具の研究開発を止めることは悪手でしかないと、俺は思っている。
「以上の三つの理由から、ノネッテ合州国、ルーナッド州及びロッチャ州領主であるミリモス・ノネッテは、神聖騎士国が求めた魔導具使用中止を受け入れることは出来ないと判断しました」
俺が言葉を結ぶ。
視察団は反射的に何かを言い返そうとし、しかし咄嗟に口を噤み、やがて感情を押し殺したような声を出した。
「一番魔導具で発展している地域の領主に話を通すことが筋として『正しい』と思って話を持ちかけましたが、見当違いだったか。やはり一領主ではなく、国の王へ話を持って行くべきであったな」
冷静な口調に努めてはいるけど、典型的な負け犬の遠吠えな台詞を聞かされて、俺は思わず面白さから口の端を歪めてしまう。
「言っておきますけれど、ノネッテ合州国では州法を作ることが認められています。仮にフッテーロ王がノネッテ合州国で魔導具の使用が違法であると決めたとしても、私の名の下でルーナッド州とロッチャ州での魔導具の使用は許可されると法を作ることができます」
だから、フッテーロ王に泣きついたところで、俺に魔導具の使用を止めるさせることは出来ないと教えてやった。
すると、視察団の目つきが剣呑なものへと移っていく。
「その物言い、我ら神聖騎士国と矛を交えようと考えているとしか聞こえませんが?」
「失礼な。私は神聖騎士国にあやかって『正しい』物の判断をしているだけですよ。さっき話した三つの理由。どれも領主としては正しい判断ではありませんでしたか?」
「では、我らの認識が『間違っている』とでも?」
「まさか。貴方たちは貴方たちにとって正しいことを言い、私も私の正しいことを言い返しただけのこと。立場が変われば正しいことも変わるのは、ごく普通の道理でしょう?」
言外に、お前の正しさを、こちらに押し付けてくるなと告げた。
視察団の面々は、この場面で意外なことに、すっと表情を消してきた。
「どうあっても、魔導具の使用を止める気はないと。我ら神聖騎士国に悪感情を持たれようと構わないと?」
下手な脅しだと、俺は鼻で笑い、王子口調を止めて問い返す。
「ハハッ。神聖騎士国が悪感情を持つだって? 俺は『正しい』物の見方をしていると説明したのに、どうしてだ? まさか、どんな理由であろうと騎士国からの要望を跳ね除けることは『正しくない』とでも言う気か? 強国の言い分を唯々諾々を承知することこそが『正しい』のだと、騎士国の代表として言いたいのか? どうなんだ?」
俺が不愉快を隠さない口調で問い詰めると、視察団は表情を消したまま身を翻す。
「国へ話を持ち返させていただく。そして話を聞いて、騎士王様が判断を下す。その結果いかんでは、神聖騎士国とノネッテ合州国は戦争になる。それでよろしいな?」
「戦争をチラつかせれば、こちらが折れるとでも?」
「ミリモス殿は折れないでしょうな。しかし他の州やフッテーロ王では?」
そうやって他の人を持ち出すことは、予想済みだ。
「ふんっ。他の人のことなど知ったことじゃない。俺は俺の領地の州民に対して恥ずかしくないことをやっているんだ。後ろ暗いところはなにもない」
「……その判断が間違いでないといいですな」
捨て台詞を吐いてから、視察団は玉座の間から出ていった。
俺は彼らを追い出してから、玉座に背中を押し付けるようにして体重を預ける。
正直言って、視察団の要求を飲むことだって、俺には出来た。
騎士国との諍いを嫌い、魔導具の使用を止めるぐらいならと、認めてしまうことだってできた。
しかし、帝国から貰った同格国証明書があるから騎士国に甘い顔が出来なかったことを抜きにしても、俺は視察団の要求を飲むことが正しいことだとは思えなかったんだよね。
さらに言えば、戦争や他者を引き合いに出してでも翻意を促そうとしてくるあたりが、俺が騎士国に持っていた認識とズレている。
俺の予想では、俺が『魔導具の使用を中止しません』と言えば、騎士国側は『正しいかどうか判断します』と返してくるものだと思っていた。
だから俺は、自分の正しさを証明するための弁舌を行った。
しかし弁舌の結果は、反感となってやってきた。
この反感という部分も、いままでの騎士国ではあり得ない。
感情的な判断なんて、騎士国が掲げる『正しさ』とは逆位置にあるような気がするんだけどなぁ。
「騎士王が新しくなったことで、騎士国も混乱中ってことなのかな。それとも王が変わったことで、正しさの基準も変わったとか?」
ともあれ、視察団とは喧嘩別れのような形になってしまった。
これからは騎士国の動向を注視する必要があるだろう。
それと騎士国の事案としては――
「――視察団を追い返した手前、前騎士王テレトゥトスにも帰ってもらったほうがいいかもしれないな」
俺が直接言うと角が立つかもしれないから、テレトゥトスの娘であるパルベラからお願いしてみるべきかもしれない。
そう考えて、俺が家族がいる場所へと向かったところ、意外な展開が待っていた。
視察団を追い返してから小一時間ほど経った頃、俺はテレトゥトスと剣を手に向き合うことになっていたのだから。