三百六十一話 魔道具使用中止要請
神聖騎士国の視察団から『魔導具の使用停止』を要求されたことは、俺にとってとても以外なことだった。
「……その要求の理由を聞く前に、あえて言っておきます。ルーナッド州――いえ、ノネッテ合州国に住む民は、魔導具の恩恵によって豊かな生活を送っています。魔導具の使用を止めるとなれば、民の生活に大混乱が巻き起こります。そのことを念頭に置いての要請なのですよね?」
回りくどく言ったけど、俺が言いたいことは一つ。
魔導具の使用停止要請が、騎士国にとって『正しい』ことなのかということ。
この俺の意図はちゃんと視察団に伝わったようで、視察団の人たちの顔が緊張した面持ちで固まっている。
「無論のこと。民の間に混乱が起ころうと、魔導具の使用は停止することが望ましいと、そう視察の結果を出したのです」
俺は、じっと視察団の人たちの目を見る。
俺は王子教育を学んでは来なかったけど、長年に渡る領主としての経験がある。
その経験から、面会者の目を見れば隠し事のあるなしが分かるぐらいの芸当は出来るようになっている。
そして視察団の人たちはというと、隠し事をしているような目をしていなかった。
どうやら本当に、掛け値なしで、魔導具の使用中止が、ノネッテ合州国にとって『正しい』ことだと信じているらしい。
「主張は理解しました。次は理由を聞かせてください」
俺は口調では会話を望んでいると言いつつも、態度ではそちらの要求に従う気がないと示す。
視察団の人たちも、俺が素直に中止要請を認めてくれるとは思っていなかったようで、真摯な態度で経緯説明を始める。
「我々は確かに、ルーナッド州の各地が魔導具によって発展していることを認めます。しかし、その発展の仕方は、魔導具の下支えがなければ脆くも崩れ去る、砂上の楼閣とも言えるもの。そのような足場不確かなものが社会の根底をなすことは危険であると認識したのです」
ルーナッド州だけでなくノネッテ合州国の各州の発展が、魔導具頼りなことは事実ではある、
仮に、魔導具が一斉に使えなくなる日が来た場合、国が崩壊するような混乱が巻き起こることは間違いない。
だから魔導具を使わなくて良い国づくりをした方が良いという主張は、筋道が通っているような気がしないでもない。
でも、これは意味のない話だ。
前世風に言うなら、機械に頼らない生活を送るべきといっているようなもの。
今世風に例えるなら、 人の生活に火は欠かせない存在だ。それこそ、火を使うことを前提にして人の生活が成り立っている、と言い換えても良いほど。その火を、将来使えなくなる日が来るかもしれないという理由で、人の生活から追い出すべきだと主張する。
視察団の意見は、そんな荒唐無稽な話でしかない。
「魔導具を発展の礎にしてはいけないとは、変なことを言いますね。魔導具とて、人間が生み出した技術の一つ。技術を下敷きにした発展をしてはいけないとは、とても許容できる話じゃないですよ」
「それはミリモス殿が考え違えをしている。我々は――否、神聖騎士国では、将来人間は魔法を失うと考えている。故に、未来の人は魔導具を使うことができなくなる」
「未来で人は魔法が使えなくなるだって?」
唐突かつ突飛な主張。
俺には、なんの根拠もない妄言のように聞こえて、不愉快に感じた。
「どうしてそんな考えを持ったのか、お聞かせ願いたい」
俺の態度が硬化したことを悟ったようで、視察団の面々は真面目腐った態度に変わる。
「ミリモス殿は、神聖術の使い手。魔法や魔導具が使えなくなる体験を、したことがおありでは?」
「ある。しかし俺は、君たち神聖騎士国の人たちとは違い、神聖術も魔法も使えるけどな」
いまでも使い分けがちゃんと出来ることを見せようかとも思ったが、視察団の話が先に進む方が早かった。
「それはミリモス殿が稀有な存在であるから可能なこと。大多数の人間は、神聖術を修めた瞬間から、魔法を一切使えなくなるものです」
神聖術のキモは、人間の細胞が生み出す温かい力――気功のようなものを、極大化することにある。
そして、その温かい力は魔力を反発する性質を持つため、極大化した際は体内を流れる魔力の経路を圧迫遮断してしまう。
経路が遮断されて魔力が流れなくなることで、魔力を原動力とする魔法と魔導具は使えなくなる。
この点だけを見れば、なるほど神聖騎士国では魔導具を使えない人が多数いるだろうと予想がつく。
しかしそれは、神聖術を修めた人に限った話だ。
世間一般の人に対して、魔導具の使用を止めるように言うほどじゃない。
と、ここまで理屈立てて考えたところで、俺はおやっと思った。
「神聖騎士国の騎士の中でも、黒騎士なら魔導具は使えるんじゃないのか?」
黒騎士が使う気配を消すタイプの神聖術は、温かい力を極力小さくすることで発動する。
言い換えれば、身体にある魔力経路を堰き止める物体を小さくするのだから、魔力が良く流れるようになる気がする。
そんな俺の気付きは、しかし視察団から否定された。
「黒騎士の中に、魔法が使える者がいるとは聞いたことがない。仮に黒騎士が魔法を使えるのであれば、ミリモス殿の存在を『稀有』と我らが認識するはずはないでしょう」
視察団の意見は、きっと騎士国での共通認識だ。
俺の思い付きは、単なる勘違いだったか?
しかし直感では、気配を消す神聖術と魔法の併用は出来るような気がしている。
あとで確かめてみようと心のメモに書置きつつ、話を魔導具の使用に関することに元に戻すことにした。
「話が神聖騎士国での魔導具の使用についてなら、貴方がたの主張は一考するに足るとは分かります。しかしノネッテ合州国では、神聖術を使える者は限られています。それなのに、未来で魔導具が使用できなくなると考えるのは、行き過ぎではありませんか?」
「その認識が違うのです。神聖騎士国では、将来人は神聖術を習うことなく修めるようになると、そう予想しているのです」
またまた突飛な話が来た。
「俺のように、騎士国に頼らないままに神聖術を使える者が現れると考えているのですか? 私は『稀有』なのではなかったのですか?」
視察団が使った言葉を引用して皮肉ってみたが、彼らの反応は静かなものだった。
「ミリモス殿はご存知だと考えるが。神聖術は、身体の奥底にある力の源泉を体中に行き渡らせて用いるものです」
認識に少し違いがあるけど、大まかには合っているので、俺は頷いて続きを促す。
「神聖騎士国では、身体の奥底にある源泉について、長年に渡って研究を行っております。そして最近、発見したのです。昔よりも今の人間の方が、源泉の量が多くなっているということを」
俺は、それのなにが問題なのかと考えて、なんとなく彼らが主張したいことに思い至った。
「つまり神聖騎士国だと、未来の人間は『源泉』の量が増えに増えていて、それこそ何もしなくても体中に源泉の水が行き渡るような状態になる、と考えているわけかな?」
「その通り。そして、なにもせずとも神聖術と同じ状態になるため、未来の人間は魔法を使えなくなってもいると考えております」
突飛な話の連続に、俺は頭の情報処理が追いつかない気分だ。
「一つ聞かせて欲しい。その未来は、どれほど先のことだと考えている?」
「詳しい時代は分かっておりません。しかし、必ず来る未来だと信じております」
信じているという点は、時期の予想は立っていないと見るべきだな。
それなら、俺が下す判断は一つだ。
「悪いけれど、時期が確定している未来じゃないのならば、私は今ある民の生活を優先する」
「つまり?」
「魔導具の使用中止は受け入れない。少なくとも、私が治めるルーナッド州とロッチャ州では、貴方たちが懸念する未来が訪れる日まで使用を続けるでしょう」
俺の表明に、今度は視察団の方が片眉を上げる驚いた顔をしたのだった。