三六十話 視察結果
視察の結果を伝えに、騎士国の視察団が俺に面会を求めてきた。
以前のときと同じく、玉座の間に通しての面会となった。
「どうでしたか、私の領地の様子は。民にとって住みやすい場所だと、そう自負していますが」
俺は笑顔を浮かべ、努めて何にもやましい事はないという態度を取る。
俺の余裕っぷりが気になったのか、視察団の人たちは警戒する表情を少しだけ浮かべている。
「貴方が言われたように、民の暮らしぶりは、確かに良いものでした。税率はあまり褒められた割合ではないものの、一部の地域以外は治安が良いため、民が安心して暮らせているようです」
やっぱり手放しには褒めてくれないか。
それにしても、気になる点があるな。
「税率? それと一部の地域で治安が悪い?」
税率は他の州と比べれば平均値だし、街道上に現れる野盗は駆逐し尽くしている。
どちらも、視察団に指摘されるほど酷くはないと思うんだが。
俺が疑問に思っていると、視察団から鋭い視線がきた。
「税率は、この州の経済規模を考えれば、もう少し減らせるのではありませんか?」
「経済活動が活発なことで、税収が多いことは確かです。でも、支出も多いので減らす気はありませんね」
「私欲のために、税収は減らせないと?」
「まさか。州の各地を開発するために、必要な支出だからですよ。個人的な収入に限って言えば、私は他の州の領主の中で、一番低いのだそうですよ」
領主の中で一番低い収入ではあるものの、前世の日本で一市民だった価値観からすると、十二分に過ぎる収入だったりする。
ちゃんとした食事と、領主として見苦しくない服と装飾品を買い、家族の世話をする人たちの給料を払っても、収入が使いきれなくて貯蓄が増える。
その貯蓄額がかなりに上ったところで、一度だけ少し減らしても良いんじゃないかと文官に問いかけたことがあった。その時は、領主の歳入が低くする場合には、部下の給料も低くしなければいけなくなる慣例があるので止めてくれと苦情を言われたっけ。
「ともあれ、民から受け取った税は、適切に民の暮らしに還元できていると認識しています。民からだって、税が負担に過ぎると意見を言われたことはありません。問題はないでしょう?」
「民のために使っているから良しと考えていると。なるほど、道理です」
俺が見当違いの意見だと一蹴すると、視察団はあっさりと主張を止めた。
あまりにも簡単に取り下げたことを見るに、本命は次なんだろう。
「治安の点については、この首都にある貧民地区のこと。民のために税を使っているにしては、貧民を根絶できていないように見受けられますが?」
彼らの言いたいことは分かった。
しかし、こちらにも言い分はある。
「貧民地区のことは、行政が手を出す段階を過ぎているんですよ」
「貧民たちのことは見捨てていると?」
「そうではなく、助け舟を出し終えた後ということですよ」
視察団が理解していないようなので、詳しい説明に入る。
「現在、ノネッテ合州国の各州では、領地発展の御触れに従い、大規模に領地を開発している最中です。働き手は、いくらあっても足りないほど。それこそ、力仕事しか出来ないような人足であろうと、即日雇用が確実なほどです」
「それと、貧民地区と、何の関係が?」
「関係は大ありです。首都の貧民地区にいた働く気があった人たちは、既に働きに出てるんですよ。つまり、現在あの地区にいる人たちは、真っ当に働く気のない人たちしかいない、ということです」
「働く気がない?」
「ええ。ルーナッド州の首都は、好景気ですからね。真っ当に働かなくても、小狡い手を使えば、気楽に生きていけるだけのお金を手に入れられます」
好景気で財布の膨らみが厚いから、強面が軽く脅すだけで、気の弱い人が一食分のお金を出してくれる。
犯罪まがいの事じゃなくても、商店の裏口で物乞いをすれば、パンの一つぐらいは渡してくれる。
そんな感じで、働かなくても食べていける方法を見つけた人たちが、現在の貧民地区の住民だ。
「恐喝する者を野放しにしていると?」
そんな視察団の指摘に、俺は半笑いを返す。
「犯罪者の取り締まりはしています。でも、金を脅し取ったぐらいの軽度の犯罪だと、強制労働を数日行わせることが精々です。そして貧民地区に住み続ける者は、強制労働を終えたら、また同じ道に戻ってしまうんですよ」
視察団には言っても無駄だから話さないが。
実は強制労働では給金は出ないが食事は出る。
そこでの食事目当てに、貧民の中には、街の住民にお願いして恐喝とか窃盗とかの軽犯罪を犯したことにしてもらい、わざと憲兵に捕まる人がいる。
こういう人たちは、自分から働き出す気はないけど、誰かから無理矢理働かされる分には働いても良いという、難儀な性格なのだという。
俺からすると、どうせ労働することになるんだから普通に働けよと思う。
だけど、その厄介な性格は当の本人にもどうしようもないらしい。
「ともあれ、行政的には救いの手を常時差し出している状況です。あとは貧民地区の人たちが手を取るか否かでしかない。強制的に手を取らせる方法もありますが、それは『正しい』行いでしょうか?」
俺が嫌味を込めて告げたものの、視察団は理由に納得したという顔をしただけだった。
「話は分かりました。しかしながら、貧民地区には魔導の武器が流入している現状を、ミリモス殿はご存知か?」
「魔導の武器? 我が領地では軍でしか扱わせていないはずですが?」
前世の日本の知識がある俺は、手軽に扱える武器の怖さを知っている。
だからこそ、帝国では誰もが手に入れることができるような魔導の武器であろうと、ロッチャ州とルーナッド州では一般民は入手不可にしている。
貧民地区に魔導の武器が流入するはずがない。
そんな俺の認識について、視察団は訂正を入れてきた。
「どうやら、ご存知ないご様子。だが現実、視察団の一人が貧民窟において、魔導の剣を持つ者に襲撃を受けたのですよ」
「……それは申し訳ない。こちらの認識不足でした」
俺は素直に自分の治世の誤りを認めつつも、普通の視察団なら貧民地区になんて入らないだろうと苦情を言いたくなる。
そも貧民地区に足を踏み入れるなんて行為をしたら、襲われても仕方がないだろうに。
「襲われた視察団の人を私が心配することは、神聖騎士国への無礼だと思うので手控えますが、襲った者をどうしたかお尋ねしても?」
「無論、捕まえて、巡回の兵士に突きだした。襲撃者が所属していた一団と諸共に」
この発言を聞いて、俺はある報告を想起した。
貧民地区にあった犯罪者組織を、一網打尽に出来たという報告だ。
貧民地区の犯罪者の取り締まりは活発に行っていないから、珍しいことだなとは思ってはいた。
でも、取り立てて大事ではなかったようだったので、立役者に金一封を出すことと命じて処理した。
だって、まさか視察団が絡んでいるなんて報告書にはなかったし、俺も思ってもみなかったしね。
「我が州の治安回復に尽力いただき、感謝いたします」
「魔導の武器をどこで手に入れたか、それを知るために行ったこと。感謝されるいわれはないと認識しております」
「それは私も興味があること。魔導の武器の流通は、厳しく制限をかけています。それにも関わらず、貧民地区の者が手に入れたとなれば、制限の方法を変える必要がありますから」
本当にどこから手に入れたんだろうと、俺はとても気になっていた。
しかし、この後の視察団からの話を聞くに、どうやら俺の制度の失敗じゃないと知ることになる。
「当方を襲ってきた賊の手には、折れた魔導の剣がありました。聞けば、ある程度の魔導の武器は人知れず世の中に流通しているのだと、その賊は語っていました」
「流通路が形成されているほどの大規模なものなら、ノネッテ合州国の軍から流出しているとしたら気付かないはずがないのですが?」
「……それもそうでしょう。流通に乗っている魔導の武器は、戦争中に遺失したものが主なようですので」
「遺失した武器? ノネッテ合州国で扱っている魔導の武器は、ごく限られた種類しかありませんよ?」
魔導具の生産拠点であるロッチャ州は、俺の領地だ。生産される魔導の武器の種類も知っている。
現在は、最新式の魔導鎧と、魔導鎧に装備させるための大型の武器が、続々と生産されている。
しかし戦争をしていた時代に限ると、生産していたのは主に魔導鎧だけ。魔導鎧は仕組みが複雑で手間がかかるため、他の種類の武器を作っている余裕がなかったのが理由だ。
となると、俺が把握していない流通路に流れているという魔導の武器は、ノネッテ合州国製ではあり得ない。
「遺失武器の多くは、帝国からのものということですか」
「はい。我が国との戦いで帝国軍が使っていたもの、ノネッテ国と小国の戦いの際に帝国が配ったものが、流通されている魔導の武器の正体となります」
言われてみれば、なるほどだ。
俺はロッチャ州で生み出す魔導具の事だけ注意していたけど、既に世間にある魔導の武器について注意はしてこなかった。俺の片手落ちだ。
これは反省すべき点だけど、不幸中の幸いで、流通している魔導の武器は帝国製だ。
帝国製の魔導の武器は、主に二種類。
刃の切れ味を増すタイプの、魔導の剣や槍など。
魔法の威力を増すタイプの、魔導の杖。
どちらも、一般市民が手にしたところで、大した脅威じゃない。
帝国製の正規品は、魔法を扱う才能のないものが持ったところで、なんの効果も現れない。
ノネッテ国と小国との戦い――主にキレッチャ国が購入してばらまいた魔導の武器については、素人が握っても効果は出る。
しかし剣や槍は、確かに切れ味は無比のものだけど、剣や槍を扱う技量があって生きるもの。まともに訓練していない人が持ったところで、切れ味の増加はお守り程度の意味しかない。
杖の魔法の威力を増大させる効果は驚異なので、回収する方向が望ましいけど、魔法を使えるものが手にしないと意味がないため、取り立てて急いで取り締まる必要はないだろう。
総合して考えるに、巷に流れているという戦争で遺失した魔導の武器は、気長に回収する方向でいいんじゃないかな。
と、ここまでの話をまとめようとして、ハタと気づいた。
「――税収も遺失武器についても興味深い話でしたが、視察団の目的は魔導具の使用の有無についてではなかったでしたか?」
ノネッテ国が魔導具を扱うことが『正しい』のかの判断をすることが、視察団の任務だ。
ここまでの話は余談でしかない。
どう判断したのかと問いかけ直すと、ようやく視察団の見解が出てきた。
「ノネッテ合州国において、魔導具の使用は止めていただきたい」
視察団が告げた言葉を聞いて、俺は意外感から片眉を大きく上げたのだった。