三百五十八話 視察団にやきもき
俺が騎士国視察団の監視を止めるようにと言ったのには、一応の理由がある。
視察団の団員たちは、十中八九神聖術が使える。他国の様子を見る役目という事から考えると、気配を消す方の神聖術も使える可能性がある。
そのため、下手な監視をつけようものなら、視察団が監視を察知して『視察団に見せたくない何かを隠しているんじゃないか』と変な勘繰りをされてしまう可能性が現れてしまう。
そして、そんな勘ぐりの所為で、視察団の調査が長引くことが懸念される。
どれだけの長い時間、痛くない腹を探られたところで、俺としては大した問題じゃない。
だが、それは領主の立場の話。
騎士国の人間は、いわば『正しさ』の代表者だ。
正しさの体現者が街の様子を探っていると噂になれば、それだけで民に『領主は悪い事をしているんじゃないか』と疑いを持たれる結果に繋がる。
そういう類の疑いは、社会不安に繋がり、やがては治安の悪化へと向かう。
そんな最悪の事態を訪れさせないためにも、視察団の連中にはさっさと調査を終えてもらわなければならない。
だからこその、視察団への監視の撤廃だった。
とはいえ、視察団がどんな事を調べているのか、気にならないと言えばうそになる。
だから俺は、騎士国視察団がルーナッド州の首都でどんな動きをしているかの情報を、早くて一日遅れで手に入れる算段をつけていた。
どうして『一日遅れ』なのかというと、情報元は首都に住む民からの善意の情報提供――民と巡視とが行う世間話に頼っているから。
あくまで集めるのは世間話の内容なので、こちらが視察団の動向を探っていると悟られにくい。だから視察団に悪感情を抱かれにくくなる。
そんな、狡すっからい手法で、俺は視察団の動きを掴んでいく。
「それにしても、本当に魔導具関係の場所にしか行っていないな……」
集めた世間話を精査した報告書を見ながら、俺は苦笑いする。
普通、他所から来た視察は、目的のモノを見て回りつつも、その他の部分にも目を向けることが多い。
例えば、農業の仕方を見に来たという目的を持ちった集団が、ルーナッド州の魔導具店で便利な魔道具を買い集めたりする。男だらけの集団なら、自由時間に色街に繰り出すこともある。
目的外のことに現を抜かすのはけしからん、という意見もあるだろう。だけど、折角遠方まで足を運んだのだから、その土地の名産や名所を楽しみたいと思うことは、人情として当然のことだろう。
特に、この世界には一日に何百キロ以上も移動できる車はないため、旅は日程が長くなるため旅程が辛いものになりがちだ。視察先に楽しみの一つでも見出していなければ、視察なんて誰もやりたがらない貧乏くじになってしまうだろうからね。
ともあれ、この世界で視察団は、視察先で羽目を外すことが慣例になっている。
しかしながら騎士国の視察団は、厳格というか生真面目というか、本当に魔導具に関連する場所にしか出没していない。
いやまあ、街のゴロツキに絡まれたり、迷子の世話をしている様子もあったらしいけど、それは状況に巻き込まれただけの例外だろうしね。
「領主としては、魔導具のことだけ見てくれるのは、良い状況なんだろうけどね」
俺としては、魔導具の使用は問題ないと思っている。
俺が市井に流通させている魔導具は、主に生活の役にたつもの限定だ。
人を傷つけるためだけの危険な魔導具――武器関連は、ロッチャ州で作ってはいても、納入先は軍隊に固定されていて、民間人が手に入れることは困難だ。
だから心配はしていないが、それでも気にかかることはある。
建築重機代わりに使用している、魔導鎧の簡略化版。
あれも、重たい資材を運ぶのに重宝する便利な道具だ。
でも、簡略化版とはいえ、除外したのは、鎧の装甲と魔法を展開させる魔導紋の部分。
言い換えれば、普通の大人の何倍もの膂力を発揮できるという、魔導鎧の要の部分に関しては、そのままだ。
だから鎧を来た者が暴れれば、周囲に甚大な被害が出てしまうだろう。
その点だけは、視察団に目を付けられかねないなと、俺も察していた。
でも、悪意を持って用いられたら、どんなものでも危ないのは当たり前のこと。
それは魔導具に限らず、すべての道具に当てはまること。
飲み水を貯めておく水瓶だって、人へ振り下ろせば高重量の鈍器になる。
荷物を纏めるのに便利な縄も、人間の首にかければ絞め殺す道具だ。
そう、全ての道具には危険性が含まれていて然るべきものだ。
もし全ての道具に危険性が大なり小なりあるにも関わらず、視察団が魔導具だけを目の敵にしたのならば、俺は視察団へ指摘することができるようになる。
その判断は、神聖騎士国の代表として胸を張って『正しい』と言えるのかと。
俺は、そんな風に色々と考えを巡らせた後で、これ以上視察団のことを考える必要はないと結論付けた。
視察団の結果を待たなければ、こちらが次の手を打てない状況だ。
そして、どんな結果がやってきても対応する心構えさえできていれば、後はどうにかなるだろうからね。
俺は肩の力を抜きつつ、報告書を机の上に置こうとして、一つだと思っていた報告書が上下二つに分かれていることに気付いた。
上の報告書は、先ほどまで読んでいた、視察団に関する内容だ。
では下の報告書はと目を向けて――俺は再び苦笑いしてしまった。
なにせ表題が『前騎士王はパルベラ様のお子様を見て、ジジ馬鹿と化したご様子』と、見る者が見たら不敬だと感じるような言葉で書かれていたからだった。